05話 パラケルススがやって来た
そもそも。
一か所に集まったとは言っても、全員、身体がないのだ。
人間や動物を見せたことはあるが、精霊自身とは異なる。
……説明、教育のしようがない。
それに。
そんな『些細なこと』よりも。
全員、身近な楽しいことに、意識を割きたがった。
「いや、おい? オレにとっては結構重要な」
「ねえねえねえ、大地ー! 精霊魔法の練習しよ?」
「……おい、こら風。話聞け」
「魔法、楽しいよっ! 大地が魔法知らないって意外ー」
「……おい。お前ら、オレの話を」
『……ん。魔法、楽しい。……我、魔力を吸い、水を吐く』
《ボクわかる! 魔力吸って、炎を吹くの!!》
……。
やがて。
今度こそ、大地は諦めた。
元の世界の知識が、訴えたからだ。
──女三人寄れば、姦しい。
勝てるはずがなかった。
……そして。
そんな時間が延々と過ぎた頃。
思わぬ『来客』があった。
「ようやく出会えた。貴方達が、四大精霊ですか」
「……誰だ、お前?」
人間だった。
痩身の男が、なぜか、単身上陸して来たのだった。
「え? こないだまで猿だったよな? もう話せるのか」
「……時間の尺度が、異なるんですね」
苦笑している。
男は、パラケルススと名乗った。
三十代? くらいの、薄汚れた痩せぎすの小男。
改めて、岩はパラケルススを見下ろした。
真っ黒いローブが、汚れと汗でびしょ濡れだ。
ぼたぼたと砂岩盤に滴る汗が、すぐに蒸発している。
それはそうだ。
末っ子の豪炎が周囲を満たす、灼熱の火山島。
岩は、今はこの島で最も大きい黒曜石に宿っている。
だが、岩も油断していると溶かされる。
それくらいに、この島は熱気でいっぱいだった。
いや、岩は別の岩に意識を移すだけでいいが。
人間の身では、落ち着いて話も出来まい。
ここに立つだけでも、命がけのはず。
そう思うと、パラケルススの上陸した勇気に感心した。
「そういえば。……人間は、死ぬんだったな」
「定命の者の定めです。不死の者に、ご挨拶を?」
「よせやい。──何か、望みがあるんだろう?」
「その前に」
再び、パラケルススが苦笑した。
「もう少し、静かな場所で話せませんか?」
「…………」
そこら中で吹き上がる、溶岩。
猛烈な熱気を纏った、暴風。
高熱の水蒸気が混じる、火砕流。
最近、姉妹たちは精霊魔法の研究に余念がない。
周囲の喧騒は、その成果だった。
……全て、人間にとっては即死級の攻撃力を持つ。
──よく生きてるな、こいつ。
そう思わざるを得なかった。
「この先、南に下った先に海岸がある」
「そちらにも、精霊はいらっしゃるので?」
「海岸だからな、水がいるよ。そしてオレも砂岩にいる」
「では、そちらで改めて」
そうして、岩とパラケルススは別れた。
別れてから、岩は思った。
──オレ、やっぱり身も心も精霊になったんだな。
パラケルススが海岸に辿り着いたのは、二週間後だった。
……人間が徒歩で移動することを、完全に失念していた。