49話 たまには親父殿に、甘える時間
「もう、メテルちゃんが何やらかしても、驚かないわ」
なんて、鼻声涙声な御母君。
迫力ないですよ、あっはっは。
出先から帰還するなり、大広間で卒倒しましたもんね。
何に驚いてかって。
ふよふよ飛び回る、元気いっぱいな、おばーちゃんの霊。
『まだ子供のままなのね、ホリィ』
「ええ、いつまでもあなたの子供ですよ、お母様」
御母君って、いつから子供の姿なんですかね?
自分で時間を停めてる、って聞いてるけども?
「正確には、止めていないと死んでしまうのですよ」
と、親父殿。
じーちゃんばーちゃんと、御母君の語らいが、向こう側。
テーブルのこっち側では、オレにシルフィと、親父殿で。
それぞれで、団欒中。
サラムとウンディ?
予定通り、おばーちゃんを交えて演奏会したらば。
おねむになったので、メイヴィスさんとピューイに任せ。
今頃、また抱き合って寝室で寝てるだろう。
……起きてるときは、いがみ合うのに。
眠ると必ず抱き合うのが姉妹の七不思議である。
可愛いから、別にいいんだけど。
「ホリィさんは、普通に魔力と接すると危ないのでね」
「そういえば、魔力が見えない、って言ってたっけ」
親父殿がずるずる啜る、真っ黒な汁を横から拝借。
ずずずーっ。
……苦いっ、もう要らないっ。
「ふふふ。ホリィさんも、小さい頃からこれが苦手でして」
「ちぃちぃ小さい頃っていうか、今現在も、小さいよねっ」
そういうシルフィは、ホットミルクに角砂糖どっぱどぱ。
お前それ、虫歯になるんじゃないのか?
ふたつの大きい月と、小さい月が今日は合の夜。
空は不思議な真っ青な光に満ちて、とっぷりと暮れて。
なんとなーく。
窓際に立て膝な、親父殿の腹に、アタマをごろりーん。
シルフィは、親父殿に背中合わせで足伸ばし。
こんな風に、二人でべったり甘えるのは、珍しいかも。
「……ホリィさんは、魔力欠乏症なんですけどね」
穏やかに始まる、御母君の、昔話。
邪魔するでなく、静かに聞き入るオレたち。
つまり。
魔術を扱う素質は天下一品だから、親父殿に並ぶ賢者。
でも。
先天的に、魔力を吸収する器官がぶっ壊れてる、御母君。
だから、安全弁として、体内時間を止めている。
放置すると、際限なく魔力を吸収して、破裂するから。
この世界の生物は、魔力を補充しなくては生きられない。
精霊だって、魔力を精霊力に変換して使ってるからな。
御母君は、身体の時間を止めて、魔術式で補充している。
生命維持に必要な、最低限のみ。
治すには?
魔力器官を、新造するしかない。
生体移植の技術なんか、拒絶反応とかで危なすぎるから。
人体の生体器官を新造なんて、どうやって?
……そこで、無機物を有機物に転じる、魔法の石。
『賢者の石』の研究に、繋がるわけか。
「内緒ですよ? 私は、書類仕事が面倒で逃げてるんです」
「親父殿ー」
「お父様ー」
「はい?」
シルフィと、顔を見なくても合わせられるぞ。
まったく。
ほんっとに。
このヒトと来たら。
「「不器用ー」」
バレたら止められる、って分かってんだよね、きっと。
精霊の島で噴火に巻き込まれたのとか。
御母君、きっと知らないはずだし。
あれ以外にも、きっともっと危険なこと、してるはず。
自分の身体を治すために、親父殿が危険に晒されてる。
なんて、御母君が知ったら。
絶対に、止めるに決まってるもん。
「内緒、ないしょ、内緒の代償ー」
「口止め料を請求するんですか? 悪い娘だ」
「いやいや。オレらは口止め料なんて、要らないってばさ」
けどね?
目の前を覆うベール越しに、親父殿に訊いてみる。
それ、どれくらいの大きさの器官なのか、と。
賢者の石は、そりゃ作れないよ?
でも。
親父殿、忘れてる。
オレは、大地の大精霊。
オレが錬成した、精霊核は。
オレの自由意志で、切り離せるんだぜ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ますますメテルちゃんに、頭が上がらないわ……」
「えとね、とりあえず、ベール外す許可が欲しい!」
「うっ。そ、それは、また今度ね?」
「ええええ!? なんで、オレだけ……」
メテルちゃん、自分の顔貌の威力に無頓着だから。
そんな風に言われたけど。
オレ、誓って普通の顔形だと思うんですけど!
──御母君用に、ほんの少しだけ切り分けた、精霊核。
五十年の成長を取り戻すほどではないけども。
失った魔力器官の代わり程度には、なったみたい。
魔力器官を持たないオレら精霊には、分からないけど。
造形の天才なシルフィと。
元々賢者の石を研究してる親父殿。
二人に任せたら、御母君の助けにはなったみたいだ。
良かった良かった。
さあ、ますます。
精霊核の材料探し、重要になってきたねっ?
御母君にも、関係して来たことだし?
とりあえず。
しばらく、じーちゃんちの城で、ゆっくりしたら。
情報を、求めて。
王都の地霊殿に、乗り込むぞー!
「その前に王様に謁見して、社交界デビューよ?」
そんな苦行はオレ抜きでもいいじゃないですかー!?
「長女が抜けられるわけ、ないでしょ」
分かってたけどさっ。
ちくせぅ、しくしく。
まあ。
御母君はそうやって、元気に笑ってる方が好きですよ。
……何故にそのタイミングで、鼻血ですか。




