44話 水竜さん、発見
明けまして2020年っ。
今年もよろしく、お願い申し上げまするー。
「で。なんでこの面子なのかな」
と。
オレは、周囲を見回してみる。
馬車を降りて、森から滝へ続く道筋。
オレの隣には、最愛の妹が二人。
つまり、言い出しっぺのウンディと。
冒険者に興味津々な、サラム。
オレら姉妹だけで、森を歩けるはずもなく。
サラムが居るってことは。
当然、専属護衛のメイヴィスさんも、傍らに。
そして。
「水竜の鱗とか内臓って、なるべく傷付けちゃダメよ!?」
「いやオレは割と見てるだけコースの予定なので」
オレに言われましても。
セラさん、本当にお金への執着心、すごい。
災害級の魔獣だけど、希少生物でもあるので。
どこの部位であっても、鱗すらも高額で売れるそうな。
身の危険あるから馬車の方に居ていい、って言ったのに。
「私に内緒で、そんなお宝討伐に行こうなんて甘いわ!」
って。
冒険者って、こんなに自分の命を軽んじるんですか?
「セラだけね」
「セラだけだよ」
逆転兄妹なコルトさんマークさんも、苦笑中。
そうは言いながらも。
やっぱり竜種には興味あるそうで、二人とも同行してる。
でも討伐戦に参加する気はない、っていうか。
言外に。
『ヤバくなったらセラを担いで逃げる』
みたいな話を、ちらっと小耳に。
このパーティ、割と頻繁にこういう感じなのでは。
そんな、物凄く変な意味で、息の合った連携が見れそう。
で。
「二人っきりで森を歩くなんて、若い頃以来よねえ」
「ホリィさん、前に七人いますよ」
「えぇぇー、わたくし、もう若くないから見えなぁい」
……。
かなり離れてついてくるご夫婦が、なんか別空間に。
あんなにベタベタ甘え全開な御母君も、珍しい。
──。
なんか。
御母君、親父殿の腹くらいまでしか身長ないから。
……少女買春?
みたいに傍から見てて思えたのは、絶対に言えない。
「めーねぇ、抱っこ?」
「だーめ。たまには歩きなさい、太るぞ」
「むぅ。我、肥満とは無縁。魔法研究に勤しみ、食細し」
「そんなだからサラムに抜かれるんだぞ」
おや。
ウンディが愕然とした顔をするのは、珍しい。
実際、双子みたいな育ち方したのに。
ほんの一センチ程度だけど、サラムの方が今、背が高い。
ここ最近、サラムは魔法よりも運動に熱心だからな。
年齢的には成長期なんだし?
そろそろ、成長に差が出てもおかしくない。
顔かたちは瓜二つ、なんだけど。
身体の成長は、これから少しずつ違ってくのかも。
サラムは今、ムギリさんとこで誂えて貰った、革鎧姿。
年齢的に。金属鎧を作るのは、まだ早い、って。
そうだな、背も胸もまだ育ってるもんな、サラム。
肩当てや手甲、足甲は着けてるけど。
見た目的には女勇者、みたいな?
ちょっとかっこいいぞ?
こら、褒めてんだから、恥ずかしがるな。
剣もマークさんの勧めで、今は片手長剣使ってる。
盾は性に合わないって言って、使ってない。
──。
なんか、太刀とか似合いそうな気配あるんだよな。
今度、専用に錬成してやろうかな?
剣道は、オレはからっきしだから教えられないけども。
ウンディは。
親父殿のお下がりな、足元まである黒ローブと、杖。
どちらも親父殿の手作りで、何でも愛弟子の証、らしい。
一人前になった時点で、杖を贈る風習があるそうだ。
……。
オレ、杖貰ってないよ親父殿?
え、オレは魔法の弟子じゃない?
ちぇっ、いや、確かにそうだけどさ。
オレにもなんか、くれよ?
ワガママじゃねーし。
娘の正当な権利ですー。
そんなこんなで。
森を歩くこと、三十分。
それほど深くもない森の先、山肌に沿った道に出る。
森の切れ目から先に、割と水量のある滝が見えてきた。
周辺にも水気を含んだ空気感が出て。
ウンディが、何やら水の小精霊と交感している。
ウンディは割と、小精霊を扱うのが上手い。
一応、地水火風の四大属性の下に、無数の精霊がいる。
その中でも、水属性は特に地上に多いせいか?
ウンディは一人で頻繁に交感しているのを見かける。
オレが地脈で周辺を把握するのと同様に。
ウンディも、小精霊を通して、周囲を感知している。
どちらが高精度か?
まあ、間違いなくウンディだろう。
土分子より、水分子の方が小さいからね。
どこにでも、入り込める。
そういう意味で。
今回、その、毒竜? っていう水竜に気づいたのは。
ウンディの、功績。
そういうことだ。
「それにしても、竜種討伐ね。何十年ぶりかしら、貴方?」
「前回は私、何もしてないですよ。ホリィさんが猛毒で」
「子供に聞かせられない話はおよしになって、貴方」
「ホリィさんが始めたんじゃないですか……」
後ろの方で、物凄く物騒な話に花が咲いている気が。
御母君の所領の端っこだから。
害獣の討伐は、御母君にも責任があるそうな。
ノーブレス・オブリージュだっけ?
貴族の存在責任みたいな。
本来なら、所領の大軍で来るらしいけど。
以前にも二人だけで一匹討伐した経験あるそうで。
というか、それが大陸で伝説みたいになっていて。
それで、セラさんも素材の分け前を期待して同行してる。
ドラゴンスレイヤーの二人に任せれば安心。
そういう、話らしい。
「む。めーねぇ、抱っこ」
「抱っこする前からよじ登るんじゃありません」
何かを感知したらしいウンディ。
が、よじよじとオレの背へ。
これも高い服なんだから、そんなに引っ張るなよ。
そのまま、肩車へ移行したウンディが、指で差し示す。
その、方角には。
「うわ。これは素人のオレにも、解るわ」
「この先は、ヒトは行けない。猛毒地帯」
坂道を曲がった、谷の底。
奥から放たれる異様な臭気で、周囲の木々が枯れている。
禍々しい、色すら見えるような、毒気。
奥に行けば行くほど、木々の枯れ具合は酷くなる。
単なる毒じゃないのは、目で見るだけで解る。
木々が腐るだけでなく、灰と化しているから。
最奥なんか、既に更地と言っていい。
その、最奥に。
とぐろを巻いて、水底に沈んでいる、巨体。
毒気と腐臭の中で、水は何故か透明度が高い。
たぶん、余りの強毒性で、生命が存在できないから。
毒竜。
その異名に相応しく、唯一匹、水竜が眠っていた。