42話 悪いが親父殿の申し出は受けられない
「あとどれくらい掛かるんですかね、王都まで?」
「もう少しよー? でも、ついでだから挨拶回りも兼ねて」
御母君、珍しく、ご機嫌。
その隣には。
……げっそりと憔悴した、親父殿。
あれ?
二人っきりで、一晩居なかったですよね?
……えっ!? まさか!!??
オレらに弟か妹、出来ちゃったり!?!?
「「できるわけないでしょー!?」」
珍しく、息ぴったりでしたね。
さすがご夫婦。
只今、バス(馬車?)の二階で家族水入らず。
いや。
水の大精霊ウンディが同席してるから、水入ってるけど。
二階建てバスの先頭が、ガラス張りになってまして。
景色を見ながら家族団らん。
今日は、そんな感じで過ごしております。
昨日夜更ししたのが効いたのか。
ウンディとサラム、しっかり抱き合って寝てんだけど。
どうすんだよ、この鼻血噴出製造姉妹。
ときどきむにゃむにゃ寝言言ってるの、かわゆすぎる。
そして、さっきから。
侍女さんズが、通りすがりで腰抜かしまくってんぞ。
割と耐性ついてる屋敷の侍女さんズでこれなんだから。
耐性のない一般人など、ひとたまりもあるまいっ。
……新しくサラムの護衛になった、メイヴィスさん?
朝っぱらに半裸のサラムを目撃して撃沈したらしいけど。
オレでもあんまり見ない、超絶お宝シーンだからな。
一般人が沈むのは、仕方のないことだろう。
親指立てて、溶鉱炉に沈むまでがお約束だ。
でっ。
目の前に広がる、雄大な大自然にっ、意識を移す。
ひたすら、山と道と平原しか見えないんだけどな。
地の大精霊たる、オレの記憶によれば。
確か、ここら辺は。
あの山を超えるまで、なーんにもなかったような。
山を越したら、川がいくつかと、盆地があったっけ?
王都があるなら、そこら辺かなあ?
数千年単位で観察してないから、今どうなってるのやら。
世界中の景色を知ってる精霊のオレらは、退屈だけども。
人間の、両親は?
延々変わり映えしない景色、退屈しないんだろうか?
「隣にこの人、そして貴方達。退屈なわけないでしょ?」
おおぉ。
流石、御母君。
母親業の貫禄ですね。
そして親父殿。
もう少し、しっかりして下さいよ。
「未婚なのに、なんで妻と娘が四人……」
ぶつぶつ。
延々呟いてますけど。
二人がけソファに座って、片腕に奥さんしがみつかせて。
まあ、なんっつー仲いい夫婦でしょうかね。
……。
えっ?
いま、なんか?
聞き捨てならないこと、言い放ちましたよね?
「えっえっえっ、ええっ!? 未婚なの、お父様!?」
「はい、そうですとも。挙式してないですし、未婚ですよ」
「じゃっじゃっ、じゃあ、お母様、の立場って?」
「そうですね? 押しかけ女房、または、自称妻ですか?」
ちょっと、御母君?
ふっふーん、みたいな得意げなお顔、おやめなさいな。
とても50代には見えな……げふんげふんっ。
「え、でも。親父殿って、一応、大領主なんです、よね?」
「そうよ? この人、王国最大領土持ちの辺境伯」
「その場合って、御母君の立場は?」
「わたくし?」
ええ、あなたさま。
なんか。
貴族関係の爵位とか地位や、身分とか。
あんまり、オレもシルフィも、詳しくはないけど。
そういう話って。
いろいろと面倒そうで、微妙な立場になるのでは?
なんて、オレらの疑問が、顔に出ちゃったのか。
前のソファから、首を曲げて振り向いた御母君。
にやーり。
なんだか、すごく悪そうな顔で。
「わたくし、現国王の実妹で公爵位持ちの宮廷魔術師よ?」
「「…………はい?」」
「わたくしも、白の賢者と呼ばれる白魔法の達人なのよ?」
「……? はぁ」
「で、この人、黒の大賢者。大陸最強の黒魔道士」
「あ、前に聞きましたね。──そうは見えないんだけど」
「だからね? わたくしたち、それぞれ国の軍事力の一端」
「あっあっあっ! パワーバランス!!」
突然、隣のシルフィが、手を挙げる。
シルフィちゃん賢いっ! なんて、御母君とハイタッチ。
その横で。
オレ、未だに小首を傾げ。
うーん?
「めーちゃん! このふたり、どちらも実力者だから」
「うん」
「結びつくと、軽く王国軍や他の国の軍事力超えるから」
「うん」
「だから、周辺事情で結婚できないの」
「うん?」
「惹かれ合う二人なのに!」
「……うん???」
キャーキャーッ!
そんな黄色い声で盛り上がる、女性軍。
壁際に立ってるメイドさんズまで、したり顔でうんうん。
なんですか、その?
愛し合ってる二人が、大きな力で引き裂かれ?
悲恋的なシチュエーション、みたいな感じで。
それで、盛り上がってんですかねえ?
でも。
オレ、思考が男性寄りだからして。
親父殿の気持ち、割と分かったり、しちゃうんだなあ。
なので。
窓のそばでシルフィと二人して。
さっ、と出て来た侍女さんズに取り巻かれる御母君。
を、横目に。
そっと、ため息吐いてる親父殿に、耳打ち。
「……全部、成り行きでしょ? 親父殿」
「あのですね。国王の実妹で、公爵で、宮廷魔術師で」
「権力凄そう」
「六賢者の一人で、王国貢献度絶大、国民に人気あって」
「生命魔術が得意なんですっけ。よく働いてるし」
「それで、周囲の事情を把握した上で根回しして」
親父殿、深々と、ため息。
そうなんだよね。
御母君、そういう根回し、凄く巧みらしいんだ。
今回の、メイヴィスさんが急に護衛志願した件。
これも、あの街の領主を一言でねじ伏せたらしいし?
……オレの借りになってるらしいし。
今度、暇見て詳細を確認した方がいい気がしてきた。
御母君、何気なく、なんか怖い人? かも。
「ホリィさん突っぱねたら、内乱になっちゃうでしょう」
「──ですよねー」
長年の好意それ自体は、嬉しいんですけどね。
そんな風に続けて、力なく笑う親父殿。
ほんとに、魔法の研究以外、何もやりたくないんだな。
興味のある事柄以外は、苦手。
そういう気持ちが漏れ出てる、感じがした。
なんか、気持ちが分かりすぎて。
きょろりと周囲を見渡し。
おもむろに、親父殿と、固い握手。
握り返された手は、小さく、暖かかった。
「今すぐ逃げたいです。メテルさん、協力してくれます?」
ぺいっ。
即座に、手を離して放り出す。
そんな恐ろしい企みに、巻き込まないで下さい親父殿。




