37話 苦労は分け合うのが真の姉妹ですよね
「あのぉ。御母君? これは一体」
「必要なことなのよ? まさか、すぐに出発できると?」
にっこり。
笑顔が眩しい御母君。
が。
大量の「綺羅びやかなドレス」を、胸に抱えて。
──。
じり、じり。
迫る御母君。
下がるオレ。
どんっ。
背中が、壁に当たる。
ここは黒白尖塔城の一室。
つまり、オレの寝室、兼病室。
あれから、二週間ほど経過した。
最初のうちはシルフィとかが傍から離れたがらなかった。
けど。
落ち着いた今じゃ、城内で元気に遊んでいる。
オレが地脈で常に全員を把握してる、って。
それを理解してからは、離れても安心になったようだ。
城内程度の距離なら、直通信できるしな。
そして。
親父殿の錬金術の応急処置も、一段落。
手足はチタン製に変わったオレだが、動きに問題はない。
……多少、女子にあるまじき体重になった程度。
全力で足踏みしたら床が抜けた、ので。
バレないようにそっと、錬金術で直したのは内緒だ。
で。
オレの部屋、角部屋で窓は多い。
陽の光がたくさん入る、明るい設計になっている。
だがしかし。
入り口はひとつ。
その方向には、御母君が迫る。
やべえぞ、オレ、絶体絶命!?
と、いうかだな?
「あの。ほんとに、何の理由で、その、ドレスを?」
「曲がりなりにも辺境伯、国内最大領主なのよ、あの人?」
何を当たり前のことを。
そんな風に話す御母君。
……ほんとに。
とても還暦近い親父殿と、同い年に見えないですよね。
にぱっ、と笑う笑顔。
どう見ても幼女……、ゲフンゲフン。
「領地を離れることになるわけじゃない、それも長期?」
「ええ、まあ、そうなるんでしょうけど」
答えながら、油断なく周囲を伺う。
地脈の眼よ、オレの精霊力に応えろ!
──シルフィとウンディ。
地下実験場で魔法実験中。
オマエ、竜巻より更に致死性の魔法開発するのかよ。
ていうか、ウンディも一緒になんかやってるの怖え。
それ、俗に言う氷嵐──、ブリザードなのでは?
複合精霊魔法とか、なにそれかっこいい。
──サラム。
君、ほんとに武技の達人だよね?
中庭でセバスさんに剣技教わってるぽい。
っていうか、セバスさん武人だったんですね?
執事服で身長の倍もある両手剣振るって、どうなのさ。
あれに斬られたくはねえなぁ。
──親父殿。
……城内で見つからねえぞ、ぉぃ。
オレの眼から隠れるって、相当すぎるんですけど?
隠蔽術、ちょっと教わりたくなってしまう。
とりあえず、理解したこと。
……誰も助けてくれそうに、ない。
「なら、引き継ぎ兼ねて国王陛下にご挨拶に行かなきゃ?」
「それは、分かりますけど。そのドレス、何の関係が?」
「……うふふ。シルフィちゃんに聞いたのよ?」
何を。
不吉な予感しか、しねえ。
この御母君の上気した肌と、荒い息遣いは覚えがある。
服飾屋のおネエさん、コルトさんと似た匂いだっ!?
「メテルちゃん? 社交界デビュー、しないとね?」
「ごめんですっ! いやだもう着飾られるのはぁぁぁ!?」
……。
ああ、やっぱり今回も駄目だったよ。
しかし。
本能が言っている、ここで挫折する定めではないと。
これでも長女っ。
たかが豪華なドレス程度、負けてなるかっ。
こうなったら。
着こなして、やらぁっ!!
「うわ、聞いてたけど。何でも似合うって聞いてたけど!」
「いちばんいいのを頼む」
ふっ。
開き直り全開で、にやり、と笑みを貼り付けたまま。
頭ひとつほど低い御母君を、軽く見下ろしたら?
御母君、その場で腰を抜かしてしまわれた。
……。
え、ドレスは義足が生々しいから無理、って結論で。
男装っぽいズボン衣装も一応あったので、そちらを。
したらば。
なんかヅカ女子みたいになったんですけど、オレ。
上着は、襟と袖が長い、上質な革の白服。
胸辺りと襟には、意味不明なたくさんの勲章。
肩パッドには金ぴかのひらひらとモールがくっついてる。
片手が完全に金属剥き身なので、両手共に白手袋。
これ、片手分投げつけたら決闘の意味になるんだっけ?
革ベルトで吊った腰剣は、貴族用の細い剣。
レイピア、っていうらしい。
使ったことないので、ほんとに飾りだ。
ズボンは馬乗り用の革ズボンで、お尻ぴっちぴち。
割と締め付け感ある下履き好きなので、これはいいなと。
長靴も編み上げの膝まである、ロングブーツ。
腰まである銀髪は、編まれて背高帽子に詰め込まれ。
あご紐で支えるタイプなんだけど。
これ、油断したら扉とかで上にぶつけそう。
元々170センチ超えてるオレ、今2メートル近いぞ。
そんな感じで。
オレの姿っていうのは、今現在。
──男装の女騎士?
みたいな。
「あの、御母君」
「ひっ、ひゃい!?」
「お加減が、悪くなったり?」
「ちっ、近寄らないでお願い! やばい、これはヤバイ!」
「……??」
なんだろう。
女性の心理って、よく分からないんだけど。
物凄く、オレの姿に慌てていらっしゃる? ような。
「ああっ、絵画にして残したい! 芸術すぎる!」
「何言ってんですかね御母君」
会って日が浅いとはいえ、娘ですよ?
オレ、女性の自覚かなり薄いけども。
そんな、まさか。
娘に、欲情とか?
……なんか、真っ赤になってハァハァ言ってる幼女って。
絵面的に、そっちの方が不味い気が。
そっち方面って、ほんとによく知らないんだけど。
もしかして。
お腐りになられていらっしゃったり、したり?
「これは世界が知るべきだわ! 頑張りましょう!?」
何をですか。
社交界デビューですか。
えええ、やだなあ?
っていうか、社交界デビューって、何歳からなんです?
女子なら、十二歳からおk?
ふふふ。
御母君。
獲物は、あと三人居ますぜ?
「そうよ、こうなったら全員まとめて!」
「合点承知之助!」
道連れは、多ければ多いほど、いい。
オレは率先して、逃げ回る姉妹たちを追いかけた。
ふっふっふ。
みんなで幸せになろうよ?