31話 お招きされて、全員で行くことに
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
「……だれだおまえ」
年季の入った古びた我が家の、玄関前。
豪奢な金刺繍入りレッドカーペットが敷かれている。
それは、我が家の入り口と馬車の間にあった。
金箔銀細工をこれでもかと使った馬車が、場違いすぎる。
場違いといえば、馬車の戸の横に立つ、この人物も。
「大賢者様のお嬢様方をお迎えする、最低限でございます」
「いや、だから。誰なんだお前」
「おおっと、これは失礼。わたくし、名をセバスと」
得心がいった、といった風に。
老境に差し掛かった男性は優雅に笑みを浮かべ、言った。
「辺境伯ホーエンハイム家の家令、筆頭執事にございます」
「ホーエンハイム家? どっかで聞いた名前だな」
んんん?
聞いたっていうか。
物凄く密接に、オレに関わりがある名前な気がする。
「て、いうか。……大賢者って、誰だ?」
「大賢者とは、魔法真理を得た賢者に与えられる称号で」
「いや、そういう意味じゃなく……、何だよシルフィ」
くい、くいっ。
コイツにしては珍しく、控えめに袖を引かれて。
目を下に落とすと、ぱっちりお目々でやや興奮気味に。
「ねねねね、めーちゃん。アタシ、気づいたんだけどさ」
「何を?」
「あのあのあのねっ? お父様の、本名……」
「んあ? なんか、妙に長い名前だったよな」
小首を傾げて、思い出す。
ええと。
ホムンクルスとはいえ、一応は家族。
同じ家名を名乗る繋がりだからって、姓を貰ったんだ。
『私の術から生まれた我が子ですもん、責任取りますよ』
脳裏で、あの、なんか自信なさそうな。
所在なさげに、いつもふわふわしつつ。
それでも常に。
優しげな笑みを絶やさない、親父殿の顔が浮かぶ。
「──パラケルスス・テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイム?」
「お館様のご尊名にございます。ですので、お迎えに」
慇懃無礼に腰を折り曲げて、馬車に誘う男、セバス。
よく見たら、馬車の中には既に、ウチのちびたちもいる。
……なんか見たことない白いパンとかを頬張っている。
こらっ。
食べ物貰っても、知らない人についてっちゃいけません。
「我、知らなくない人。いつも家の周りを警備してる」
「ボクも会ったことあるよ? 撫で撫でしてくれるの」
なんですと?
こんな怪しげな漆黒執事服の爺さんが、いつも来てたと?
口に手を当てて苦笑する様も、なんか堂に入ってんな。
「見守るお役目ですのに、なんとも感知範囲が凄まじく」
「……あー。まあ、一応ウチの自慢の妹たちだし」
「ふふふーん。アタシも気づいてたからねー」
「……どうせオレは魔法の落ちこぼれだよ、しくしく」
妙に慌てたシルフィがフォローして来るが。
オレは地脈経由で実際に観ないと、気づかないんだよ。
と。
つまり、この爺さんはほんとに、親父殿の関係者なのか。
そして、我が家を陰日向でいつも見守っていた、と。
て、いうか、そもそも。
「本当に今更だけど……。親父殿って。貴族?」
「はい。大陸唯一の大賢者にして、辺境伯にございます」
苦笑しないで下さいセバスさん。
いや貴族とか身分とか全然気にしてなかったので。
……今まで、知りませんでしたとも。
「我、追加のパンを望む」
「ボクねー、果実ジュースが欲しいのー」
「おっと。無論、用意はまだありますとも」
うっわ。
セバスさん、めっちゃ懐かれてますやん。
ウチの天使たちが、こんなに気を許すとか珍しい。
「無理に連れ出すことはするな、と仰せでしたが」
「分かったよ、行くよ。どこだか知らんけどさ」
セバスさんの笑顔に、負けた。
誰がどこに呼んでんだか、知らないけど。
オレら四姉妹、全員を呼びつけるなんていい度胸だ。
無論、行ってやるさっ。
片腕にしがみついたシルフィと、馬車に乗り込む。
内部は、外観通りに広々としていた。
「めーちゃんめーちゃん、お酒! お酒あるよ!!」
「未成年は飲酒禁止です。コラ、飲むなつってんだろ」
「この国の成人は15歳ー! ああん、お酒ぇぇぇ!!」
絶対暴れ回りそうなお前の成人はあと一万年後だ。
オレが、今決めた。




