30話 まさかの成果ゼロ、傷心なオレ
ちょっぴり説明回風味です。
「討伐証明部位?」
「そう。それを持ち帰らないと、金にならねーんだ」
沈痛な表情のマークさん。
の、向こうで。
……笑いを必死で堪えてる風の、セラさん。
「とーばつしょーめーぶいー……」
「あの、誠に申し訳なく。私が作業すべきでしたわね」
「いや、ラスティにはつみはなーい……」
ううう。
力なく、オレはギルドの受付で、床に崩れ落ちた。
知らなかったから。
通算で数十から数百くらいは魔物ぶちのめしたけど。
ただのひとつも、素材持って帰ってねえよ!?
もしかしなくても。
骨折り損の、くたびれ儲けかよっ!?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
迷宮の脱出は、あっけなかった。
元々、レイドさんが動けなくてシルフィがパニクった。
ただ、それだけの話。
だから。
シルフィたちと合流してから、転移魔法陣に戻る。
転移した先でもいくつか魔法陣を経由したが。
最終的に、迷宮地下第三層に出た。
そこで、普通に入り口から入ったマークさんたちと合流。
後は、低難易度な迷宮上層を踏破して入り口に戻るだけ。
確かに、ゴブリンやスライム程度しか出なかったな。
……初めて見たスライムに超びびったのは内緒だ。
だってあれ、ヌメヌメぬるぬるで、気持ち悪いっ。
──。
どうやって入り口を通らず内部に入ったか。
そんな質問をセラさんたちからされまくったけど。
そんな疑問は。
レイドさんらが持ち帰った魔物部位で、吹き飛んだ。
「これがジャイアントスパイダーの糸袋かー」
「お手柄よね、レイドってば。うちのお店で買い取るわよ」
「コルトの店でか? 王都でも滅多に見ない一級素材だろ」
「変なこと言わないでよカーム。あたしの店は一級店舗」
「かっ、カームって呼ぶなバカ兄貴! 俺はマークだ!」
……あー。なんか逆転兄妹の会話が、微笑ましいー。
えええ、なんだよそれー。
「ふふふ。背中が黄昏れてるよ、お姉ちゃんっ」
「コラ。抱きつくな、お前の服まで汚れるぞ」
「そーんなこと、気にしないーっ。ありあり、ありがとっ」
相変わらず、白濁粘液びっちゃりなオレ。
汚れまくりのオレの背中に、シルフィが抱きついて来る。
「もう地下迷宮はぁ、こりごりごりごりーっ」
「まさか風魔法が殆ど出せないなんてな」
「ううん? 一応、一発即死な魔法は結構あるんだけど」
なんだそれ。
と、思ったら。
納得の回答。
『周囲から、酸素を消し飛ばす系』
……ああ。
なるほど。
確かに、風の精霊シルフィなら可能か。
やらなかった理由は、レイドさんが同行してたから。
逆に言えば。
単独行なら地下七層だろうが最下層だろうが、平気。
オレら基本、細かい制御って苦手だもんな。
魔法の達人なシルフィでも、それは変わらない。
喩えるなら、原子炉出力で鍋の湯を沸かすようなもん?
元の出力がケタ外れすぎて、小さく動かすのは苦手。
もしシルフィが、迷宮内で酸素を消そうとしたら。
……きっと、この地域一帯の酸素が尽きただろう。
「さささっ、収入は出来たから? お風呂、行こ?」
「ちゃっかり魔物素材、持ち帰りやがって……」
「ごめごめごめーん、めーちゃん、当然知ってると思って」
シルフィがオレに示したのは、革袋一杯の銀貨。
それが、三つも。
今回の迷宮討伐で、シルフィのランクはCランク昇格。
なだらかな胸元で、小さな鉄の認識票が躍ってる。
一度の冒険で上がる最大ランク数に制限あるから。
本来は、Aランクになってもおかしくないらしい。
それくらい、迷宮第七層の魔物たちは強敵、ってこと。
オレ?
Eランク変わらずだよっ、くっそー。
妹に完全に差をつけられてるの、無性に悔しい。
そして。
「まあ、迷宮下層への行き方を発見したのは、快挙だぜ?」
「シルフィちゃんと一緒にレイドもランクアップしたしね」
「俺らのパーティから発見者が出たから、報奨あるよな」
「レイドなんか、家族養って余りあるわよきっと」
余ったお金で今日は打ち上げよー!
なんて、セラさんとマークさんが意気投合しまくってる。
迷宮からの素材は街の収入源のひとつだから。
珍しい素材や情報には、領主から特別報奨があるそうだ。
そういう話なら。
無事レイドさんを連れ帰ったオレたちもめでたく思う。
……その、レイドさん、なんだけども。
流石に、若返った姿をごまかしきれず。
治療のため、僧侶のいる地霊殿へ直行。
同パーティのラスティが、上に事情を説明するらしい。
ラスティってセラさんたちと同パーティだったのかよ。
そんな疑問は、セラさんの一言で氷解。
「あの子、超絶の方向音痴なのよ? 集合時間に来ないし」
あのとき、入り口の裏にいたオレを見つけたのは。
──道に迷って間違えて裏に着いてたからかっ!
どんな神の思し召しだよ、まあ、助かったけどっ。
で。
とりあえず、シルフィお勧めの大衆浴場を堪能。
なんでか入浴途中から、貸し切りみたいになったけど。
赤面してのぼせるほど我慢して入浴が流行りなのかな?
そういえば、ギルドの中でも。
白濁液まみれのオレを見て。
急に、前かがみになる男性多かったな?
このジャイアントブラックスパイダーの、体液って。
なんか、そういう効果があるのかしら?
と。
まあ、その日はそんなこんなで。
稼ぎのない傷心の長女が、帰途に就くと。
「あれ、ウチの前だよな?」
「だだだ、だよねえ? 見たことないんだけど?」
腕組んでスキップしまくりなシルフィと、問答。
町外れの裏通り。
普段なら人気もない、魔法屋のある土むき出しの田舎道。
そこに。
なぜか?
豪奢な、貴族様御用達な馬車が止まっていた。