28話 洗濯物の気分を味わってみた
《めーちゃぁぁぁぁん!! はーやーくぅぅぅ!!!》
「うるせぇ、大音量でがなるな!」
紆余曲折を経て、ようやくシルフィと同階層に到達。
……らしい。
気体一切を支配するシルフィ。
その権能を使った肉声が、到達するようになったので。
その、到達範囲というのが。
同一フロア全体に思いっきり魔法で拡声してる。
これがもう、うるさくて仕方がねえ。
めちゃくちゃに反響してるし。
と、いうか。
この階層はどうやら虫の階層らしく、虫以外出て来ない。
虫って、聴覚ないんだっけ?
多少は影響ありそうな気がするけど。
でも。
目の前の大ムカデや巨大芋虫なんかには影響ないぽい。
「GITIGITIGITITITI、GITI!」
「ぎちぎちうるせぇ!」
バカでかい顎からも、多すぎる関節からも。
キチン質な甲殻が擦れるイヤな効果音全開。
これがもう、不快音でしかなく。
見つけるたびに棍棒で粉砕してる、んだけども。
「きりがありませんわね」
「あーもー、虫だけに群生しまくってるったら」
そう漏らしてるラスティはというと。
オレの後ろにぴったり貼り付いて、結界を張っている。
これ、虫除けにもなってるらしい。
「便利だよなあ、それ。【アースシールド】だっけ?」
「はい。地霊様の力をお預かりして発現する魔法で……」
……。
…………。
そんな、怪訝そうな目で見ないで欲しい。
確かに、オレからラスティに力が流れてる感覚はある。
これが【地霊の加護】っていうのなら、そうなんだろう。
もういつだか覚えてないくらい昔。
それくらい前に、世界中に精霊力を撒いたからね。
人間が、それを使う術を開発してもおかしくないだろう。
……。
で、最初の疑問に戻る。
「あの、ほんとうに……、ご自身で魔法、使えませんの?」
「使えねえよ悪かったな宝の持ち腐れで!!」
ちくせぅー!
苦手なものは苦手なんだ、何万年生きても変わらねえよ!
と。
何が嬉しいのか、ラスティが急に顔を輝かせた。
「なるほど、それ故に」
「んあ?」
「信徒が必要なのですね! 御身をお守り致します!」
「いや、そうでなく。そもそも、信徒を知ったのさっきだ」
「メテル様の愛溢れる魔力、確かにお預かりしましたわ!」
「そうだけどそうじゃない。ちょっともちつけ」
──。
ラスティさん。
どうも夢中になると周囲の声が聞こえないタイプらしい。
埒が明かないので。
適当に通路の魔物を駆逐しながら、片腕で腰を担いだ。
女同士なのに、担いだだけで変な声出さないで欲しい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あっ! めーちゃん、めーちゃんここ! ここだよー!」
「見えとるわ! 遠いし、『多い』んじゃどちくせぅー!」
遥か遠く眼下、岩場の階層の最奥。
そこに、シルフィたちの姿が見えた。
周囲を囲む、超絶無数の蜘蛛の大群も一緒に。
……そっちは、正直見たくなかったんだけど。
キモいです、純粋に。
「見つかったんですか? 私には、見えませんが」
「ええと。軽く二キロはあるし、この暗さじゃな」
オレらが出て来たのは、岩盤にぽっかり空いた穴。
シルフィたちは、かなり下の方に居る。
上から見下ろす形で明かり石が上にあるから、逆光だ。
それに、相変わらずシルフィの周囲は猛烈な竜巻。
空気も歪むほどの風圧、人間が見通せるわけがない。
それは、ともかく。
「あー。行きたくねえ……」
「早く来てってば、メテルお姉様ぁ!?」
「いや分かってるよ。分かってるけどよ。……下が」
シルフィの悲鳴のような催促を聞いても。
その。
生理的嫌悪感というか、超絶な抵抗感が。
だって。
「何匹分あるんだ、この死骸……」
「百匹から先は数えてないっ!」
そう。
岩場の隙間という隙間を埋める、蜘蛛の死骸の数々。
シルフィの起こす、猛烈な竜巻で吹き飛ばされた大蜘蛛。
そのたくさんの足などのパーツが、大量に散乱している。
有り体に言えば。
ぐしゃぐしゃっ。
ぐちゃぐちゃっ。
べっちょべちょぉー。
「ああ、もう。帰ったら背中くらい流せよ、お前」
「背中どころか全身マッサージするからぁ!」
本気で涙声な妹が、やっぱり可愛いけど口には出さない。
覚悟を決めるしか、ねえか。
背後でやっぱり嫌そうにしてるラスティを、横抱きに。
「あの、メテル様? 何やら、非常に嫌な予感が」
「ラスティ。お前、オレの信徒だよな?」
「はい? ええ、私、メテル様を信奉する敬虔な使徒で」
「信者なら、嫌なことも分かち合えて当然だよな?」
「……あの、拒否権とかそういった権利は」
「あるはずもなく」
返事を待たずに。
オレは、虫の体液でぐっちゃぐちゃな場へ、飛び込んだ。
「メテル様っ、激しすぎでございますぅぅぅ!?」
「喋ってると、口の中に虫の残骸が入るぞー」
「…………!? !!!!????」
荒れ狂う竜巻。
風圧の圏外は、死骸でいっぱい。
では、圏内はどうか?
……喩えるならば。
そこは、洗濯機の中、のようなもの。
まさか、異世界で洗濯物の気分を味わうとは。
内部は、今まさに粉砕されている蜘蛛で満ちている。
バラバラになった蜘蛛のパーツが、ぐるぐると。
そこに、二人して飛び込んだら。
当然ながら、全身を体液で隅々まで洗われますわな。
ほんの数秒で。
オレたちの全身は、真っ白い体液でべとべとになった。




