27話 魔力で駄目なら物理です
「方角は分かってるんだ」
「こちらの方角、でございますわよね」
うん。
うんうんっ。
お互いに、頷き合うオレたち。
そのオレらの目の前には、そびえ立つ、石壁。
行きたい方向に、道がない。
方向音痴のオレらを阻む、物理障壁にして、難敵。
だが。
オレには、対処法があった。
──大地の精霊、錬金術士のオレ。
行く手を塞ぐモノは、錬金術で粉砕だっ。
そう、思っていた時期もありました。
具体的には、ほんの数分前までだが。
「錬金術で、【分解】出来ねえ……」
「あっ、あの、でも、一応、石材部分はほら、砂に」
「表面だけだろ! 一体、何で出来てんだこの壁!?」
……そうなのだ。
シルフィたちが居るのは、どうもこの壁の向こうらしい。
けども。
ぐるぐると壁に右手をつけて、歩き回ること一時間。
……壁の向こうに行く方法が、見つからない。
正確には。
壁の組成が、全然分からない。
オレの知らない、混合した未知の物質、だとしか。
「くっそ、もう少しオレに力があればなあ……」
「あの……、私の身体を、お使いに?」
「ん? いや、今はまだいいよ。出番は先だから」
「ああ。やはり、香油で沐浴しておくべきでした……」
お姫様抱っこ中もなんか、清潔感気にしてたラスティ。
何が恥ずかしいのか?
壁の手前で下ろしたときから、妙に汚れを気にしてる。
冒険者つっても、やっぱり女の子なんだなあ。
体臭なら、お姫様抱っこ中に堪能したけど。
髪や身体から香る香水? の香りがいい感じだった。
と。
そう伝えると、更に真っ赤になって後ずさるし。
「私、そういう経験、ないのですが。良いのでしょうか?」
「え、経験ないの? 困ったな。ラスティが頼みの綱だぜ」
「……が、頑張ってご奉仕させて頂きますわ!」
おお、気合入れてらっしゃる。
うん。
頑張って貰わないとな。
オレもシルフィも、人間を治したことなんかないし。
レイドさん、傷、どんな具合なんだろうか?
ラスティが治せるレベルならいいんだけど。
とはいえ。
「ううん。この壁をどうしたもんかなあ……」
「錬金術? でしたか? 組成が分からないと」
「ああ、そう。オレは単素材にしか術が通じないのね」
説明しながらも、壁をなぞる。
見た目は普通の石組みな壁、なんだけど。
触れた表面から魔力を流すと、なんか、中間で弾かれる。
これは、床も壁も同じ。
手が届かないけど、天井もそうだろう。
石壁なのに微発光してるから、普通の石材じゃない。
だから、多少なりと魔力を含んでるんだろうけども。
「あの。解る素材だけ、抽出する、というのは?」
「……ん? 何て?」
「判明している素材を抽出すれば、その分……」
「……あ! ラスティ頭いい!」
ラスティ、マジ冴えてる!
思わず肩を抱いたら、物凄い勢いでキョドってた。
ううむ、なんか反応が初々しくて可愛いぞ。
シルフィならキスとか、いらんおまけがつくからな。
で。
ラスティの献策ってのは、つまり。
「ええと。二酸化チタンがTiO2、砂鉄がFe3O4……」
壁を触診しながら、捕まえた素材をごっそり抜き出す。
なんか足元に、各種インゴットがごろごろ溜まってく。
これも錬金術の応用で、【錬成】って使い方だ。
親父殿はなら上級の【錬金】で元素変換ができるんだが。
生憎と、他の魔法が不得手なオレは自分で禁じている。
だって圧縮かけながら、反応を別次元に飛ばす、って。
そんなふたつもみっつも高次魔法、同時にできねえよ。
なお。
失敗すると、核分裂反応で周辺一帯が更地になる。
一度しかやったことないが、これは街では出来ないなと。
……一度失敗すれば十分だろ、ああいう経験は。
そして。
さっきトロール戦で、両腕の鉄塊も一緒に砂にしたから。
代わりのインゴットは、今作ったチタンでいいか。
チタン自体は珍しくないから、抽出出来て良かった。
製鉄技術が未熟だと溶かせないけど、錬金術なら無問題。
でもそれは今、重要じゃない。
「ああ、ラスティの言った通りだな」
「壁が……、『痩せ』ましたわね」
そうなのだ。
一度に粉砕できないなら、存在を分離すればいい。
まさにラスティが言った通り。
目の前の壁は、黒ずんだテカる物質に変化した。
これが、オレが知らない材質なんだろう。
「あ。メテル様、これ、『魔石』ですわ?」
「魔石?」
「はい。魔力を蓄積する石、です」
はて?
魔力を蓄積する?
それは。
もしかしなくても。
「……精霊核と、同質なんじゃねえのか?」
オレら四姉妹を構成する、元々は石を媒介した組成。
目の前に出現した漆黒の素材は、性質がそっくりだった。
だから。
「ああ。だから、錬金術を弾くのか」
「と、おっしゃいますと?」
「組成の結びつきに干渉するのが錬金術だからな」
「……干渉作用ごと、石自体が吸収していると?」
うん、そういうこと。
なるほど親父殿のオリジナル魔術も、こんな欠点が。
貪欲に全魔力を吸収されると、発動しないとは。
「では、如何なされますか?」
「どうするもこうするも」
今し方、【錬成】したばかりのチタンのインゴットを。
軽く、両腕の肘先に、もりもりと伸ばして見せる。
「ふふふ。力こそパワー!」
「魔力で駄目なら物理! メテル様、かっこいいですわ!」
なんか、びみょーにバカにされた気がするんだけど。
まあいい、とにかく、突破口は開くのだ!




