26話 こんなときでも妹が可愛い
《めーちゃぁぁぁん、うえええぇぇぇぇん!!》
こんなときに、何だが。
シルフィの泣き声、久しぶりに聞いた気がする。
いっつも余裕綽々、わがまま放題なオレの妹だが。
《どーしよぉ!? レイドさんが動かないよぅ!》
想定外のことにはすぐにパニック起こすんだ、こいつ。
可愛いのなんの。
そんな場合じゃねえ、落ち着けオレ。
頬がニヤけるのは止まらないが、あいつには視えてねえ。
大丈夫、問題ない。──オレ的には。
『落ち着け、座標は把握したから! 状況報告!』
《変な魔力ある魔法陣に乗ったら、テレポートしちゃって》
『どう考えても隠し転移陣だろバカ』
《それでね、庇ったレイドさんが怪我で気絶しちゃって》
『普通の人間さんに無茶させんなバカ』
《見たことない虫の魔物がいっぱいで》
『未踏破領域なんだってよ、無茶すんなバカ』
《レイドさん起きなくて動けないのぉ》
『全部お前のせいだ反省しろバカ』
《……バカバカ言わないでよっ、めーちゃんいじわるー!》
調子が戻って来たかな?
涙目のシルフィもかわいい。
とか、妹バカが炸裂してるのは今まさにオレなんだが。
シルフィの近場にある岩場に視界を移したオレ。
周囲を見ると、確かに、無数の黒っぽい虫? がいる。
ジャイアントスパイダー? とでも言えばいいのか。
黒くて毛がふっさふさの、八本足の蜘蛛。
ただ、顎をわきわき動かして、しかも全部人間サイズ。
お食事の餌にされるのは、そりゃ勘弁して欲しい。
そいつらが。
高くなった岩場の上にいるシルフィたちに詰め寄ってる。
シルフィが竜巻っぽい風魔法で結界を作ってるようだ。
……?
なんか、普段より威力低いみたいだが?
《風の精霊力が足りないのー! 地の力で満ちてる!!》
『おおぅ。権能の問題か。気合でイケるか?』
《結界をこれ以上広げるのは、無理ぃ!》
おっと。
すぐに出てこれなかった理由は、これか。
そりゃ、地中にある迷宮ならオレの力で満ちてるわな。
まあ。
これなら、すぐに被害はなさそうだが。
──まあ、ジリ貧だよな。
レイドさんはというと、岩場の上に寝かされて動かない。
怪我ってのは、頭かな? 布でぐるぐる巻かれている。
いや、そんなに適当に巻いて、息出来てるのかそれ?
《あのねあのね、めーちゃん、レイドさん魔力ないの》
『魔力って精神力も兼ねるんだっけ? 起きないのそれか』
《アタシの魔力、分けて治していい?》
『危なくないなら! 着くまで時間掛かるぞ、耐えろ』
《うん。がんばる。早く、迎えに来てね?》
素直なお前なんか、調子が狂うったら。
って、ああ、そうだ。
セラさんも以前、治癒術は専門に任せる、って言ってた。
その専門は、僧侶。
だから、ラスティが治癒術使えるはずだ。
じゃあ、ラスティを無事にレイドさんとこに連れてけば。
シルフィに激励を掛けて、視界を身体に戻す。
……ドアップで醜悪なツラのトロールが目の前にいた。
「!? な、なんっ!?」
「お前のような魔物が精霊様を抱くなど、許しませんよ!」
「TORROOOOLLLLLEEEERRRRR!!!」
あ。
オレ、捕まえられてるのか。
トロールの大きな手にすっぽり収まったオレ。
その巨大な手からはオレは頭だけが出ている。
なるほど、両腕を振り回せないわけだ。
そして。
ぺしん、ぺちん。
なんて、ひ弱な音が聞こえる。
それは、ラスティが錫杖でトロールの太い足を叩く音。
気持ちは解るが。
か弱い女の一撃で、魔物の足がどうにかなるはずもない。
……でも。
気持ちは、よく分かった。
「……さっさと、逃げるべきだろ」
「地霊の一の使徒、司祭ラスティ、逝きますっ!」
「誰が使徒だコラ。……そして。勝手に逝くなバカ」
ああ、もう。
なんでこんなに、可愛い女の子ばかりなんだこの世は。
慕われるのは悪い気分じゃないし。
仕方ねえ、精霊様の権能、よーく見とけよ的なっ。
「ラスティ! こいつは石の魔物だよな!?」
「夜間のみ動ける石の魔物、弱点は陽の光でございます!」
「へっ、陽の光なんかなくたってな!」
言ってる間も、オレの頭はじわじわと奴の口の中へ。
オレなんか食ったら潰瘍起こすぞ、このやろー!
「錬金術はな、接触してれば発動出来るんだよ!」
「TOOORRRR?」
「石なら砂の集合、……こいつで、どうだ! 【分解】!」
「?? OOO、RRREEEEELLLLLL!?!?」
ぶわぁっ。
オレを握っている手のひらが、火点。
そこから蔦が這うように、次々に腕、肩が崩壊していく。
肩から更に、身体、首、腰と範囲は広がる。
何しろ、シルフィが言った通り。
周囲は地の精霊力が満ちてる、オレの領域だ。
……一度発動した錬金術の分解を、停止する要素がない。
「TOOORRRRROOOOOO………………」
ついには喉、口元まで砂化が達したトロール。
砂の山の上に斜めに没したそいつの頭。
それを、オレは無造作に片足で踏みつけた。
さしたる抵抗もなく、ぼすっ、と足は砂に沈む。
本当に、石の魔物だったんだな。
肉体があるオークやゴブリンじゃ、こうは行かない。
「ご無事で何よりでございます。精霊の神名に於いて」
「それはいいから。居場所が分かった、お前の体が必要だ」
「ふえ? ふえぇぇっ?!」
……?
なんで、そんな赤面してるんだろう。
「もう時間がねえ、抱くぞ、いいか?」
「ふあっ!?!? じょ、女性同士なのですが」
「あ? 関係あるかそんなもん」
「こ、光栄ではありますが……、そういえば愛を司ると」
「愛なんか知るか、必要なんだよお前が。なんで後ずさる」
「いえ、その、初めてですから、優しくして下さいね?」
……??
お姫様抱っこ移動、って、そんな珍しいのかこの世界?
努めて優しく扱ったつもり、だけど。
なんか、ラスティはオレの腕の中で終始真っ赤だった。




