02話 なんか猿っぽいのがいた
『……ヒマだ』
諦めた、とは言っても。
思考を閉じ、意識を沈め手放したわけではない。
ただ、身動きすること自体を諦めただけである。
どうやら滝に続く小道に、自分は立っているらしかった。
小道といっても、獣道の類。
体を構成する岩は、やや斜めになった、概ね三角形。
三分の一ほどは、崖の外へ飛び出している。
遥か眼下には、渓流が見える。
自分の周囲は、鬱蒼と繁る木々が枝を伸ばしている。
木々の奥は見通せない。
深い深い森のようだ。
これ以上なく、澄んだ空気。
遥か遠くの山脈、そして広い海まで見えた。
見晴らしは、最高だ。
きんきんに冷えたビールと、つまみが欲しくなる。
……いや、肌も目も鼻も口もないのだが。
──まあ。
退屈しのぎが出来るのは、いいことだ。
そう思って、周囲の観察を続けることにした。
……ある意味、考えるのをやめた。
『あれ。ぴーちゃん、嫁さん出来たの? いい奥さんだね』
ぴきゅっ、ぴろろろー。
二羽の仲睦まじき小鳥が、岩の上で嘴を寄せ合っていた。
無論。
岩の言葉が、彼らに届いている様子はない。
いや。
届いたとしても、言語を理解する脳があるか怪しいが。
それは、理解している。
理解は、しているが。
『……あー、ヒマだなあ』
そう。
ひたすら、ヒマなのだ。
目につくもの全てに、話しかけずには居られない。
その程度には、ヒマを持て余していた。
周囲の木々は、時を経て上へ上へ、と枝を伸ばす。
時には岩も助言をし、実の付けやすい空間を示唆した。
やがて木は茂り、実をつけ、枯れ、朽ち果て、土に還る。
そんなサイクルを、数百回も眺めてきた。
小鳥や小動物は、日で温まる岩に集い、お喋りする。
岩も会話に混ざったつもりで、彼らの声を楽しむ。
時には、小鳥は岩の上に巣を作った。
小動物も、岩の下に巣を掘った。
何も手伝えはしないが、岩も頑張って身を縮めてみた。
やがて彼らも、子が巣立ち、親もどこかへ旅立った。
そんなサイクルを、数千回も眺めてきた。
『……ああ。──寂しいな』
身動き出来ないが、周囲は見えるし、音も聞こえる。
しかし、岩と意識が通じる者は、現れなかった。
そんな状態が、ひたすら続いた。
そして。
数万、数億の昼夜を超える頃。
その頃に、なぜか。
──地脈が、岩に通った。
地脈とは、平易に説明するなら、大地を這う神経線だ。
神経と言っても、物理的に其れが存在するのではない。
魔法的な、川の流路のようなもの。
当然ながら、目には見えない。
しかし、確かに在るのだ。
そして、星の表面を縦横無尽に、巡っている。
──前世知識で言えば、インターネットに近い。
岩はその場に居ながらにして、遠くを観る能力を得た。
それは、ネットサーフィンのようなもの。
世界中のライブカメラに、アクセスしたようなもの。
そして、識った。
世界は、遍く広かった。
大量の動植物がいて、川があり、海に繋がっていた。
この大地はどうやら、海に囲まれた大陸のようだ。
もちろん、人間もいた。
……人間というか、なんか、猿っぽいのがいた。
『ああ、なるほど。やっぱり、早すぎたんだな』
そんな気は薄々していた。
動植物も、前世の記憶レベルだと原始的なの多かったし。
それに、凄く猿っぽいのと凄く人っぽいのが戦っている。
可能な範囲でちょくちょく人を手助けしてみた。
手助けするというか、声を掛けるしか出来ないが。
ごく稀に、声が届いたかのような反応をする人がいた。
元は自分も人間だから、人間の世界になって欲しい。
そんな思いの発露だったのだが。
これは意思疎通、以前の問題というか。
彼らが言語を発明するまで、まだまだ掛かりそうだ。
まあ。
この身体では、瞬く間の時間感覚。
ちょくちょく様子を観て、気長に観察してみよう。
そう思った。
そんな頃に。
ひとつの出会いがあった。