196話 戦闘前に、ちょっとおさらい
「やあ、いらっしゃい。せっかちさんだなあ」
まだ構築途中なのに、なんて。
訳の解らないことを仰る、アッシュ先輩。
空中に固定された、その身体の。
腕に、リルの単分子ワイヤーが巻き付いている。
そこを起点に、巻き戻したオレ、空中に到達。
……やっべ、下着履いてねえんだった。
まあ、こんだけ暗くて高度あるなら?
間違っても、下からは見えないと思うけども。
と。
ワイヤーにぶら下がるオレの足の下に。
これまた漆黒の、四角い足場? が出現。
げ、芸達者ですよねえ。
ティーマが言うには。
謎技術だけども、全部魔法の産物、だとか。
つま先でー。
ちょん。
ちょん、ちょんっ。
大丈夫そうだ。
ワイヤーを外し。
着地ー。
「そんなに急がなくても、準備が出来たら呼ぶのに」
「いやいやいやいやっ、先輩? 目的が解らんですっ!」
しゅるり。
先輩の腕に巻きつけたワイヤーが、勝手に外される。
外れたというか、先輩の体が透けた? というか。
そして。
空中に浮きっぱなしだった先輩。
ふわり、と優雅に、オレの真正面に。
「まあ、少し早いけど。やることは同じか」
「何? 何なの? 何をなさるおつもりなのぉ!?」
顔だけ見れば。
優しそうで、誠実そうで、真面目そうで。
にこやかに、満面の笑みな先輩。
駄菓子菓子。
オレは、既に知っている。
この人物。
ドS鬼畜魔王陛下であるとっ。
で、あるからして。
ぱきんっ!
軽い動作で、指を鳴らした先輩。
その。
音の広がりと同時に。
周囲に、どす黒い闇が、ぶわりと広がっていく。
闇の広がりと、反比例して。
空が。
空を覆う、闇の権能。
凝縮された闇が……、晴れていく。
晴れるというか。
せ、先輩が。
全力で、吸収しているというか!?
「さて。それじゃあ、前菜で」
「オレの身体を狙ってるんですかぁ!?」
「え?」
「えっ?」
──。
え、違うの?
だって。
先輩、超のつく女好きっぽいから。
「えーと。そういう意図もないことはないんだけど……」
「変態さんだぁ、誰か助けてー!?」
「いや、ちょっと待って? 何か、大きな勘違いが」
「やべえ、なんでオレ、こんなとこ上がって来たんだ」
もう、ノリとしか言えないんだけども。
足場にした、謎の闇床。
いつの間にか、するすると広がって。
島の上空を覆うばかりの、円形の平面。
空の闇はいつの間にか、晴れきって。
……あるぇ?
なんか。
地上の?
ところどころに。
バカでかい、長方形の板みたいなものが。
え?
オレと先輩が、映ってるんですかねアレ?
なんか、前世で言うところの屋外ディスプレイな。
「だって、これからの戦い、観客は必要でしょ?」
「乗り込んで来たオレもオレだけど。目的、ほんと何?」
「えっ?」
「えっ??」
額を人差し指と親指で押さえて。
しばし、考える風な先輩。
オレ。
ぺたりと、床に女座り。
じっと、待つの子ー。
「もしかして。セラや私が何故動いてるのか、理由を?」
「全然分かりません!」
あの。
先輩?
綺麗なお顔なんですから。
眉間に全力で、シワ作るのは。
止めたほうが、いいと思いますー。
「ま、まさか最初から説明しなきゃいけないとは……」
「ご、ごめんなさい?」
いや、だって。
ロックさんがセラさん追いかけてたり。
セラさんがいろいろ裏でごそごそしてたのは?
そりゃ当然、知ってますけども。
その目的? なんて。
脳筋のオレに、推測出来るわけないでせうー。
「ええと、メテルさん。体に、ふたつの力があるでしょ?」
「ふぇ? 精霊力と、……錬金術?」
「ブブー、不正解」
「えとえと、えーっと。……て、テレフォン?」
「ファイナルアンサー? じゃなく。電話ありません」
オーディエンス、もダメかなあ。
下の方で、小さな火花や光線が、オレらの方へずんどこ。
あれ、たぶん?
アルメリアさんとかが、魔法撃ってんだよな。
軽く数千メートル以上ある高度なので。
全然、届いてないというか。
届いたところで、効かないだろうなあ、的な。
だって。
魔法、撃ったところで。
この魔王陛下。
魔力の、権化。
ブラックホールの化身。
大して影響あるとは、思えず。
「えー、じゃあ時間切れで」
「ぐへぇ。賞金獲得ならず……」
「君、そもそもお金に困ってないでしょ」
「いや、気分的に」
つか。
なんだこの、なごやか雰囲気。
なんか。
出来の悪い生徒に、言い含めるみたいな顔の先輩。
どこから取り出したんだか?
黒板に、水性マーカーで図解、書き書き。
レーザーポインタまで取り出す念の入れよう。
「じゃあ結論。私は、メテルさんが欲しいんですよ」
「オレ美味しくないよ!?」
「そうではなく。厳密に言うと、メテルさんの半分」
ふぇぇ?
敏腕教師みたいな振る舞いで。
先輩が、黒板使って説明して下さったところによれば。
──オレ、どうやら。
女神様な、先輩の嫁と?
地属性大精霊なノームの人格が。
混じり合った状態で、存在してるらしいです。
で。
先輩が、『取り戻したい』のは。
地霊成分を除いた、オレであってオレでない部分。
大地母神の、格。
それが。
先輩の、生き別れの奥さん、だそうで。
あれ?
奥さんって、師匠のことじゃないの?
「あの子は二番目の妻です。君の体に居るのが正妻」
普通にハーレム築いてらっしゃるんですね。
いやまあ?
たくさん奥さんが居るよりは、誠実なのかしら。
て、いうか。
お話は、まあ理解しましたが。
どうやって?
オレと、その女神様を分けますのこと?
「セラに地霊勢を増させたり、いろいろ試したんですが」
ああ、島でも布教してましたね。
あれ、地霊……、つまり、ノームの負荷を増す的な?
あー、そういえば。
前に、ラスティが言ってたっけ。
信徒が地霊の力を借りて、魔法を使うと?
微力ながら、繋がってるオレから精霊力が出るとか。
「結局のところはですね」
ごぉん!
唐突に、拳と手のひらを打ち合わせた先輩。
その掌中から。
オレの全身を、ビリビリと震わせる。
謎の波動が、響き渡る。
うん。
なんだか、小難しいお話だったけど。
これなら、脳筋なオレでも理解出来るぞ?
つまり。
ガチンコですね!
「ほんっとに脳筋なんですね君。前妻にそっくりだ……」
「分かりやすいって、大事だと思います!」
軽く手足をぶーらぶら。
うむ、異常なし。
この様子って、地上に中継されてたりするんです?
「元々は、君の動揺を誘う手段だったんですが」
「あっはっは。オレの勇姿をみんなに見て貰って?」
「いえ、戦闘狂じみた君の姿を中継して、信仰に影響を」
「こんな可憐で繊細な普通の少女なオレの姿を?」
……。
なんで、頭抱えるんですか先輩。
ねえ?
まあ。
細かいことは、抜きにして。
さあ。
ガチンコやりませうー!




