193話 見慣れない花瓶と思ったら、リル
「やっと人型に戻れたわ……、長かった……」
「まさか花瓶にされてるとはな」
ぜいぜいと、肩で息をしてるリル。
久しぶりに会ったと思ったら?
特大の花瓶の形に固定されて、部屋の隅に放置されてた。
「ていうか、早く気づいてよ!」
「気付けるわけねえだろ……」
ぶっちゃけ。
花瓶のリル、魔力反応がほぼゼロに近かった上に。
ここ、アッシュ先輩の魔力で満ちてるので?
他の魔力反応と混ざって、気づかなかったという。
《下等精霊? 発見した私に、何か一言あるのでは?》
「くっ……、た、助かったわよ!」
《それだけですか? もう一言くらい、あるでしょう?》
「あ、ありがと! ほら、これでいい!?」
そうなのだ。
部屋の調度のあちこちに興味しんしんだった、ティーマ。
逆に?
部屋の調度に似つかわしくない、リルの花瓶姿に。
違和感を感じて、リルを元の姿に戻したのだった。
「はあぁ……、もう、疲れたわよ。何なの、あの男?」
「暗黒神で、魔王らしいぞ」
「……は? あ、でも──、ああ、だから!?」
「一人で納得してないで、説明しろよ」
とは言うものの。
久しぶりに会ったリル。
相変わらず、表情豊かだよなー。
しかし。
日本のラブホ風の、部屋の中に。
ファンタジー系ローブ姿な、リルと。
あからさまな妖精姿の、ティーマが。
二人で飛び回っている、という光景。
オレが言うのも何だけど。
ひ、非現実的すぎる……!
「あんたの師匠と、魔法実験したのはまだマシだったのよ」
「ああ。魔法銃な。成果あったか?」
「あったなんてもんじゃないわよ、何あの女?」
ぷんぷん怒りながらも。
リル、なんか妙に興奮した様子で?
実験成果や、魔法技術について熱弁。
うむ。
これは、長くなる話だな?
「って、ちょっと? あんた、何してんのよ」
「せっかくシャワーと風呂ついてるから、風呂る」
「は? ていうか、しゃわーって何……、えええ!?」
うむ。
2000年代の日本の技術に驚愕するが良い。
ガラス張りなのが、凝りすぎだと思うんだが。
ていうか。
これ一応、魔法技術なんだよな?
ほんとに、蛇口捻ったらお湯のシャワー出るんだけど。
あの人、どんな技術力持ってんだよ?
魔法に長けてるシルフィやウンディでも、出来ないぞ?
それは、今は置いといてだ。
脱ぎ脱ぎ。
しゅるるる、ぺいっ。
しゃわわー。
あー。
いい、お湯です。
「なんでお風呂場が透けてんのよ、って、この材質、何?」
「アクリル板だな。どうやって作ったかは知らん」
まあ、湯気ですぐに曇って見えなくなるんだけどな。
じゃ。
オレはのんびり、風呂を堪能するので。
お前は、今までの説明をしたまい。
ああ。
のどが渇いたら、冷蔵庫に飲み物があるぞ。
「れ、れいぞーこって何よ??」
《ふふふ。下級精霊に説明してやりましょう。これです》
ティーマ?
それ、オレの説明の受け売りでしょ。
じゃばばば、しゃわしゃわしゃわ。
そういや、髪洗うの二日ぶりか?
うおぉー、シャンプー泡立つなあ。
「もう、不思議空間ってことで納得したわよ」
そうか。
そんで?
師匠と実験してたのは、分かったけど。
なんで、花瓶になってたんだよ?
と、訊いてみたものの。
実験に夢中になりすぎて、何度か気絶したリル。
最後に気絶してから、割と最近まで意識なかったらしく。
気がついたら?
アッシュ先輩と、セラさんが部屋に居て。
水晶球の映像を、二人が注視してたと。
で?
振り返ったアッシュ先輩が。
悪そうな顔で、リルの身体に手を触れた瞬間に──。
意識を、失って。
次に気がついたときは、オレが閉じ込められる最中で。
そこから、花瓶の姿で延々と。
オレに、電波を送って居たと。
ふーん。
なるほど。
──リル?
「な、何よ? ていうか、そのぬるぬるの液体、何?」
「これか? これはトリートメントだな。使ってみるか?」
興味津々すぎたリル。
始めは、躊躇ってたものの。
オレと一緒に風呂って、髪を洗ってやると。
匂いとサラサラヘアーっぷりに、ドハマリした様子。
うむ。
可愛いぞ、リル。
だがな。
この液体、恐らく現在の魔法技術じゃ、精製不能だぞ。
「も、持ち帰らなきゃ……、秘宝よ!?」
「分かりやすいくらい現代日本に毒されたな、リル……」
ていうか。
さっきも思ったけど。
お前。
ほんとーに、役に立たないな?
「み、ミスリルの精霊に向かって、役立たずぅぅ!?」
「なんぼ魔力感応金属だからってなあ……、魔王の魔力に」
めろめろになってたらな。
……。
って。
あれ?
今、リルの反応って普通だよな?
前に、ここに来たときは。
魔力酔いで、べろべろになってたのに。
あれ、もしかして。
ティーマ?
《マスターのバスタオル姿……、お綺麗です……》
「それは今はいいから。ここの魔力量、どうなってる?」
《以前より相当に薄まっています。入口に集約してますね》
がしがしと濡れ髪を、拭きながら。
部屋の入口、謎の暗黒物質を、見る。
ふーん?
もしかしなくても。
あの物質?
魔法的に固められた、魔力の塊なのでわ?
《その可能性は、あるかと》
「ティーマ、部屋の他の材質はどう?」
《全般的に高い魔力反応がありますが、全て通常建材です》
「……おっけ」
いそいそと、服を身に着け。
そんじゃ、脱出を図りませうかね?
「リルがまだお風呂! って、下着穿かないのアンタ!?」
あんな窮屈な布切れ、なくてもどうにでもなるっ。
入り口を、通れなくても。
部屋の材質が、理解出来る物質ならばっ。
ここは、地下。
全域が、オレの支配域!
「リル……、来い!」
「わぁぁん、お風呂の途中なのにぃ!?」
なんか、ボディシャンプーにハマり中だった様子のリル。
呼びかけに応じ、液体金属に姿を変えて。
ひゅるりと空中を飛び、オレの左腕に宿る。
その、リルが姿を変えた、精霊刀を。
渾身の力で、天井へ!
ごおぉぉん!!!
「ははっ、ティーマ、ないす判断!」
《魔力で強化されてはいますが、普通の石材です!》
「コンクリート製だな! 先輩、リアル再現しすぎたね!」
ごん、ごん、どごぉぉん!
部屋の中が。
破砕されたコンクリートの瓦礫と、粉末で満ちていく。
足場ができれば、こっちのモノ。
オレは地の大精霊。
地に属する物質は、全てオレの支配下だっ。
さあ。
脱出路を、掘り抜くぞー!




