19話 片手剣、曲げちゃったごめんなさい
受け取った片手用の剣は、意外と軽かった。
手首のスナップを効かせて、軽く八の字に振ってみる。
ぶん、ぶんと風切り音が出るのが面白かったのか?
オレの後ろに隠れてるサラムが、目を輝かせた。
「あら、サラムちゃんも興味津々みたいね」
「ふん、そちらには訓練用の短槍で良かろう」
「わっ! わぁ、ありがとー、ムギリさんっ!」
両手で短槍を受け取ったサラムが、はしゃいでる。
──オレは見逃さなかったぞ。
ムギリさんの両目が、僅かに細められたのを!
そう、サラムの可愛さは世界に通じるんだ!
どこの世界だ、って突っ込む人間が居ない。
一人ボケツッコミは寂しい。
「めー姉、使っていい?」
他人の迷惑にならないとこでな。
そう伝えると。
先客さんの隣の隣、木人の前に移動してった。
……今更だけど、先客さんも冒険者だよな、たぶん。
オレもあっちに教わりたい気もしなくもない。
「初心者向けって、短剣じゃないの?」
「あほう。ああいうリーチの短いものは上級者向けじゃ」
セラさんの疑問は最もだ。
オレも、そう思ってた。
でも実際は、リーチ、つまり射程が短いほどムズい。
本当は長槍がいいんだ、って。
ただ、冒険者は洞窟や地下道みたいな狭いところに行く。
だから、あんまりにも得物が長すぎると、壁にぶつかる。
なので、とりあえず片手剣から、っていうムギリさん。
なるほど。
ためになるなあ、と感心してたら。
とりあえず軽く的を打ってみろ。
そう言われて、近くの木人を叩いてみる。
「刃筋を立てんか」
「刃筋?」
「剣を立てるんじゃ。振ってる最中から横になっとる」
「うぇっ。……わぁ、難しいー」
ひえぇ。
軽く振っても力入れても、どうしても刃筋が曲がる。
えええ、なんでだ?
っていうか、素振りすら同じ一定の角度にならない。
ううっ。
先客の冒険者さん、下手だと思って申し訳なかった。
こんなに難しいものなんだ、武器って。
片手剣でこれなのに。
両手剣で曲がりなりにも攻撃できてる先客さんっ……。
すごいです!
「振り方が不味いんじゃな。本当に武器素人か、珍しい」
「珍しいんですか?」
「普通なら子供時分に最低限の自衛術を覚えるじゃろ」
「そうね、わたくしも大人から棒術を学んだわ」
……え。
そうなんだ?
やっぱり、魔物が跳梁跋扈してるからかな?
なんて、意識が他所に飛んだからか。
がいん!
「っあー、曲がっちゃったわね。斜めに当たったから」
「ふん。刃筋を立てられん素人なんぞ、そんなもんじゃ」
「……ぐぇ。こっ、これ、高いです?」
オレの手からすっ飛んだ片手剣は、地面にぶっすり。
セラさんの言う通り、中程から見事に折れ曲がっていた。
剣って、全般的に薄く作られてるから。
刃から当たるのは頑健だけど、横方向には弱いんだって。
そういえば。
史上最強の日本刀も鉄兜や銃弾を斬るほど強い、けど。
横にしたら、幼児が乗っただけで曲がる、らしい。
そんな豆知識を、遠い昔の記憶が囁いた。
それはともかく。
「べ、弁償……、ですよね?」
「……まあ、おなごに渡したワシのミスじゃ。せんでええ」
そ、そんな深々とため息つかなくても。
しくしく。
……あ。
でも。
改めて、曲がっちゃった剣を手に取る。
斜め45度ほど曲がってて、しかも微妙にねじれてる。
「膂力はあるようじゃの? 細身にしては」
「あ、一応、家じゃ家事全般担当なので」
背後のムギリさんに、軽く答えておく。
ほんとは全員で精霊魔法使えば身体動かす必要ない。
けども、ウンディとサラムが未熟で「危ない」ので。
シルフィ以外は全面禁止してるんだ。
花壇に水やろうとウンディが水魔法使ったときなんか。
──街周辺一帯だけの降雨が二週間続いたもんな。
近所の川や水路が氾濫しないようにするの、大変だった。
「ふふふ。何考えてるか解るわよ、メテルちゃん」
「……あ。分かります?」
「そりゃ、もう。それを見越してここに連れて来たんだし」
「……え、そうなんですか」
セラさんに答えながら、『ポイント』を決定。
うん、ここかな。
折れ曲がり部分の、中心。
そこに握った拳を押し付けて、深呼吸。
こういう複合材料の物品は、初めてなので。
ええと。鉄がFeだろ? それと、炭素Cの配合で鋼鉄。
配合変えると脆くなるから、形状だけに限定。
もっと細かい不純物が、まだら状に混じってるのが解る。
これは、全力で集中しないと。
「んむ? 何をする気なんじゃ?」
「まあ、見てなさいよムギリさん。驚くこと請け合い!」
くすっ。
セラさんは一度、見てるからな。
全身の精霊核に漲る精霊の魔力を、拳に集中。
感覚的には、踵から拳に向かって奔る体当たり。
……っ、ずんっ!
そんな、波がオレの身体を通り抜けた。
股間から背筋を通って、脳髄に到達するような熱い感覚。
全身が紅潮して、熱い汗が噴出する。
ぶるり、と体中が震えて、脈動したような。
なんていうのか……。
イッちゃった。
そんな、不思議な快感。
「……む、お、おおぉ!?」
「あのね、『錬金術』って言うらしいわよ?」
「曲がった剣が戻ったじゃと!? 切れ味も増しておる」
切れ味、増したのか。
素人には分からないな。
ただ、綺麗に形状を戻す、それだけを考えたんだけど。
とりあえず。
素人目にも武器を大事にしてるムギリさん、怒ってない。
それが嬉しくて、軽く笑ってみた。
……全力でセラさんとムギリさんに目を逸らされた。
そんな、オレの笑顔って気持ち悪いんですかそうですか。
──泣いてないやいっ。