179話 そういうことに、しときましょうか
翌日の、執務室。
の、直下。
アッシュ先輩が居た階層よりは、浅いけども。
神域レベルで外と隔離された、魔法実験場。
オレが暴走しても、ここならどうにでもなる。
的な、事前の約束通り。
アッシュ先輩の魔力を封じ込める、師匠謹製の隔壁。
その技術で、この実験場も作られてるそうな。
確かに?
前世で言う、核シェルターみたいな分厚い壁。
魔法結界と物理障壁が交互に、何百層も重なってるって。
言われてみれば、精霊力も通さないし。
破壊するのは、骨が折れそうだ。
で。
オレ、師匠と二人っきり。
一応、約束でしたので。
魔法を教わっている、ところです。
ティーマは調べ物が多いので、寝室でひとり頑張り中。
リルは今、オレの身体の中に同化してはいるけど。
──二日酔いで、ときどき呻き声を上げている。
今日は使い物にならないかもしれないな、リル。
そして。
「魔力酔いじゃ!」
「はぁ」
「あの場は封印神域の内部、故に魔力が凄まじい濃度!」
「はぁ」
故に!
儂が魔力酔いして正気を失っても、仕方ないのじゃ!
って。
……。
師匠、割と普通にアッシュ先輩に甘えてましたよね?
とは。
言わないでおこう。
リルは、酔い潰れてたし。
ティーマも、ぐっすり寝てたので。
オレと師匠と、先輩の秘密。
そういうことで。
「くうぅ、旦那の奴、侍女らに言いふらす気がする……」
「なかなかに苦労してるんですね、師匠」
アッシュ先輩の、あの性格。
考えると。
むしろ。
言いふらす、というよりも。
どっかで師匠自ら、自爆する方向を好むのでは。
……などと、思い当たったんですけども。
師匠には、教えないでおこう。
──。
そっちの方が、面白そうなのでっ。
「メテル? 旦那と同じ、腹黒い笑みはやめるのじゃ!」
「いいえええええ? オレ、何も考えてないですよぅぅ」
大丈夫です、師匠。
羞恥に悶える師匠の姿を、至近距離で愉しむのは。
アッシュ先輩の、専売特許でせう。
て、いうか。
アッシュ先輩って、魔力の源なんですよね?
オレら精霊に例えると?
魔力を司る、神と。
……。
この星?
地表から電離層まで、全域に魔力が拡散してるので。
アッシュ先輩、星の中の出来事ぜんぶ把握してるのでわ?
「旦那はそこまで暇ではないというか、面倒くさがりでな」
「へぇ?」
「遠くを把握するより、自らが原因になることを好む」
「うわ迷惑そう」
あ。
だから、『魔王』なんですね。
……。
師匠と一緒になる前は、相当だったんだろうな。
「旦那を改心させたのじゃぞ、儂。凄いじゃろう」
「凄いっていうか、新しいおもちゃを見つけた的な」
「ぐさっ!? 事実を指摘しては、いかんのだぞ!?」
なんで、旦那さんのことになると?
急に、ポンコツになるんですかね師匠。
いや、確かに?
先輩の言う通り、ギャップが可愛いけども。
──これで無自覚なんだから。
侍女さんたちにいじられまくるのも、むべなるかな。
で。
「師匠? オレ、ちょっと実験したいんですけど」
「ふむ? まあ、座学してもメテルには役立たんな」
ですよねー。
寝室に置いて来ちゃったけど?
そこら辺は、リルやティーマに任せればいいし。
どっちかってーと。
昨日、アッシュ先輩に聞いた技。
リルを通した魔法の撃ち方を、試してみようかと。
「ほぉ? ゴーレムを介して魔法を撃たせるようなものか」
それは儂も興味があるぞ、と。
おや。
目線が、研究者の目になりましたね。
オレも、専門家について見てて貰うと、参考になるし。
じゃ。
実験、してみませうか。
──。
こら、リル。
いつまで寝てんだよ、お前。
「ふあぁぁぁっ!? ダメ、そこはらめぇ!?!?」
「何がダメなんだよ、おら、さっさと出せっての」
「ああん、おっきぃ、おっきすぎるのぉ!」
「うるせぇ、中に出すぞ?」
「メテル? お主、その言動わざとか?」
……は?
いや、普通にリルに精霊力、注いでるだけですけど。
こいつ、魔力伝導金属の精霊なんですが。
性質が似てる精霊力にも、きちんと反応するんですよね。
なので。
出力元のオレの手元に、魔力伝導媒体として錬成して。
リルの身体越しに、精霊力を発現、発射出来ないかなと。
「台詞が悪党のそれじゃぞ? もちっと女子は労らんかい」
「ふぇ? はぁい??」
労れ、って言われてもな。
ええと。
「リル? 口では嫌だって言っても、身体は正直だね」
「はぁんっ、言っちゃダメぇ……」
「ほら、こんなところまで震えてる。可愛いよ」
「かっ、可愛くなんかないっ! どこ触ってるのぉ!?」
「どこって、自分で言ってみなよ? ほら、ここ」
ええかげんにせんか。
とか。
師匠に、うしろあたまをどつかれた。
えええ。
十分、優しく労ったじゃないですかぁ。
まったく。
注文の多いお師匠様だ。
──つまり。
オレが試してるのは。
リルの、許容限界で。
「ああ。結構、やりやすいですねこれ」
「……悶絶しとるその精霊が、儂は不憫でならんが」
「え? 喜んでるんじゃないんですかコレ」
適当に、小銃っぽい形に錬成したリル。
銃口から?
ビームライフルみたいに精霊力を打ち出したんだけど。
撃つたびに、リルの表面にさざ波が走る。
これ、オレは特に出力を調整してない、のだが。
リルの限界値に合わせて、勝手に出力が絞られてる。
引き金を引いて、精霊力が発射される、というより。
リルの中で限界まで貯蔵された分が、一発分で。
リルの許容限界を超えると、発射される。
そんな、イメージ。
そこから更に、弾倉や薬莢を錬成して。
そちらに、一発分の精霊力を込め。
連射も、試してみる。
さっきの単射よりは、それなりに威力は落ちるけど。
撃ち出すコツは、あまり変わらないというか。
これは、使い分け出来るかもしれないな。
そして。
一直線に飛んだ精霊力のビームは。
遠くに見える隔壁に直撃して。
ちょっとした、火球のようなものを形成してる。
威力の方も、やっぱり連射の方が低い。
うん。
確かに、先輩が言った通り。
イメージって、大事だな。
要は、攻撃なんだから。
よく知らない魔法を、一から勉強してアレコレするより。
結果が同じになれば?
中間、つまり攻撃方法は。
何だって、いいんだよな。
この場合、遠距離攻撃なので。
オレ的にイメージしやすい、銃器を錬成した感じ。
こっちの方が?
直接的で、分かりやすくて性に合ってる。
と。
オレの腕の中で、ぶるぶる震えるリルに。
師匠、興味津々。
「ほう? 魔法を練らずに、力をそのまま撃ち出したか」
「魔法より早いと思うんですけど」
「豊富な魔力と優秀な道具の合わせ技じゃな。ほう……」
あの。
師匠?
銃器のリルが、なんか刺激に感じてるっぽいんですが。
手付き、やらしくありません?
「学術的興味じゃ。メテルや? 一日貸してくれんかの」
あ、それは別に構いませんけど。
師匠、これ、複製したりするんですかね?
「いや、儂の興味は撃ち出し元……、薬莢の方じゃよ」
ほぇ?
って。
軽く、説明して貰ったら。
ああ。
魔法銃、みたいな。
薬莢の方に「先に」いろいろ魔法を込めておいて。
そこから撃ち出せば。
つまり『誰でも』無詠唱で遠距離魔法攻撃出来ますよね。
弾倉ごとに、効果を簡単に変えられるし。
戦闘が変わる?
またまたぁ、大げさな。
……大げさでも何でもなく?
あー。
魔道士が魔法を込めて。
兵士や騎士が、撃つような用法もあると。
なるほどねえ?
使い道が、無限なんだ。
でも。
うーん?
こういう、前世ネタの武器って。
アッシュ先輩が、先に考えそうなもんですけど。
……教えてくれない?
あれ。
じゃ、オレが教えちゃっていいのかな。
んー。
でも。
先輩、あれでも神で。
因果律、つったっけ?
未来を、知ってるんだよね。
だから。
オレがここで、この手法を思いつくこと。
先に、知ってたのかしらん?
それじゃ、先輩んとこ訊きに行ってみるべか。
──。
リル?
じゃ、達者でな?
「リルを置いてくつもりなの!?」
「これ、大人しくせんか。ふむ、内部構造は簡単じゃの」
「ひゃぅん!? あんっ、中に指、入れないでぇ!?」
艶かしく嬌声上げる銃、ってちょっと楽しそうだが。
すっかりリルに興味が移った師匠に、任せて。
オレ、魔法実験場を、後に。
と。
そこで。
久し振りの、精霊通信。
《めーねぇ? ロックが、至急来て欲しいと》
《んあ? お前の手に余る案件?》
《我には判断つきかねる。めーねぇに任せたい》
ほぇ?
なんだろな。
ウンディが言うんだから、面倒事かも。
まあ。
気分転換には、もってこいかもだし。
でわ。
妹のところに、移動しますかー。




