176話 魔王アッシュグレイ
「そう、そうなのよ! こいつ、とにかく酷いのよ!」
「本当でございますか? 人は見かけによりませんね」
「人っていうか、こいつは人外だけどね。ついでにリルも」
「ほうほう、それでも貴女は魅力的ですよ」
やだぁ、お上手ねっ。
なんて。
見知らぬ美男子と、リルが。
薄暗い、ピンク色の照明の下で。
飲み物片手に、楽しく会話中。
──。
女王城最下層。
に。
なんで?
ホストクラブっぽい、飲み屋がありますのこと?
「そんな麗しい貴女のために、とっておきの一本が」
「わぁ、嬉しい! リルのために、開けてくれるの?」
おーい。
リルや?
正気に戻れ。
お前、今めっちゃネギ背負ってんぞ?
カモネギ完成というか。
そして。
オレ。
ふっかふかのソファーに座り。
リルの、対面で。
跪いて接客してる、美男子さんを。
じ、じぃぃ。
「おや、熱い視線だ。リル様、こちらの方に挨拶しても?」
「いいわよー? でもでも、リルが一番なのよね?」
もちろんですとも、我が姫君。
って。
あの。
歯が。
音速を超えて、成層圏に浮き上がりそうな。
恥ずかしくないんですか、貴方?
「これほどの美少女に囲まれる幸運、恥などありませんよ」
くすり。
軽く笑う様に。
対面に座ってるリルの、目から。
きらきら、ハート飛びまくってんぞ。
オレ、内面が男だからして。
こういう、美辞麗句全開な美男子。
なんか、胡散臭いというか。
ちょっと、忌避感ぽいものがですね?
「おや。地の大精霊には、通じませんか」
「……あれ? 自己紹介したっけ、オレ?」
「魔力濃度に影響されず、自分を保っておられますので」
にっこり。
って。
もしかして。
リル?
お前、魔力酔いしてるんじゃねえの?
言われてみれば。
目の前の、美男子から。
おっそろしい勢いで、噴出する魔力。
店内を、見回すと。
そこかしこ、どこをどう見ても魔力だらけ。
普通の人間が、耐えられる圧じゃない。
ただ。
なぜか?
階段の、終わり。
入り口を境界に。
濃密な魔力は、店内に留まっているようだった。
「ええ、そりゃね。神域ですから」
「しんいき?」
「どこから説明しましょうか。長い話なんですが」
「暇だから、長くてもいいよ?」
「私、カリスの夫、暗黒神にして魔王アッシュグレイと」
申します、って。
おーい?
長くないよ?
一行で、説明が終わりましたけど?
……。
モノホンの、神様ですことっ!?
「神というか、魔力の源なだけなんですけどね」
あっはっは。
とか。
快活に笑う、アッシュさん。
……なんというか。
リルとの会話って、本性装ってたというか。
割と、気さくな方ですね?
「ああ、今日はホストクラブの気分でしたので」
すいっ。
と。
軽く、腕を振ったアッシュさん。
と、同時に。
薄暗かった店内に、明かりが満ち。
ソファやテーブルは、そのままに。
一瞬で、ケーキ屋さんな雰囲気の、店造りに。
ふわぁ。
魔力で、空間を操作したのは分かるんだけど。
どういう風に、魔力が物質に作用したのか。
目の前で見てても、さっぱり判らなかったんですが。
た、達人さんだっ!?
「むしろ、魔法、という技法に集約した妻の方が凄いかと」
「ほぇ? 妻って、カリス師匠?」
「ええ。私は魔力の源ですが。アレは魔法の元祖ですので」
……ふわぁ。
師匠。
親父殿たち黒魔法使いの、師匠だとは知ってたけど。
そもそも?
魔法全般の、元祖だったのですかっ。
オレ。
すんげえ人に、弟子入りした気がする。
で。
最初の疑問に、唐突に戻りますけども。
──こんな地の底で。
アッシュさん?
一人で、何やってますのこと?
「簡単ですよ。妻に愛を誓って、封印されているのです」
魔王ですから、って。
からから笑ってる様子。
全然、封印されてるように見えない、というか。
王都で、大人姿に戻った師匠の全力?
ちょっとだけ、見たけども。
……今、目の前に居るアッシュさんの。
放出する魔力に、全然及ばないような気が。
「メテルさんも、精霊力の保持量だけなら世界一でしょう」
アッシュさん、ちょっと苦笑。
あ。
ちょっと、理解出来たかも。
なるほど?
魔力の量は、アッシュさんが圧倒的に上だけど。
技法的に、師匠の方が優れてるのね。
オレが?
姉妹全員の中で、最大出力を誇ってても。
精霊の動かし方や、使い方が。
姉妹の中で、いちばん劣ってるみたいに。
そして。
退屈してるので、いつでも遊びにいらして下さい。
なんて、言われたけど。
確かに。
こんだけ濃密な魔力。
普通の人間や亜人程度じゃ。
店内に入った途端に、破裂するかもな。
ああ。
だから、こんな最下層に一人きりなんですね。
「ベッドは妻と一緒ですよ? ご覧になられます?」
「全力で遠慮しますわっ!?」
なんで、仲睦まじいご夫婦の愛の巣を。
出歯亀風味で、覗き見せねばならんですかっ。
──こら、リル。
興味津々な、顔してんじゃねえ。
て、いうか。
お前、本気で酔っ払ってんな?
まったく。
そして。
正真正銘の、神様、なんですよね?
「ええ、まあ。世界の始まりから、見てますが」
「あ。じゃ、訊きたいことがあったんですけど」
ふふっ。
とか。
軽く笑った顔。
さっきと違って。
なんか、お父さんみたいな、親愛の雰囲気。
な、なんか、オレまでくらっと来たぞ?
いかんいかんっ、オレには親父殿という……。
……?
なんで、そこで親父殿が出てくるかな?
あるぇ?
まぁ、いいや。
本題っ。
あの。
なんでオレ。
この世界に、呼ばれたんでせうか?
たぶん?
姉妹全員、これ、不思議に思ってると思うんですけど?




