160話 一回戦第一試合、結果
──オレ、マミちゃんの師匠を紹介した手前。
心情的に。
姪っ子なアネモイよりも?
マミちゃんを、応援する気持ちが強いんだな。
なので。
「あっあっ、惜しい! アネモイ、そこ、行っけー!」
「……」
オレの腕に抱きついたシルフィが挙げる、歓声。
それに、同意出来ないオレが居るのだった。
て、いうか。
マミちゃん、マジですげえ。
人間の身で。
生まれて間もないとは言えども。
精霊の全力を、躱しまくっている。
あっ、うわ、かすった!?
お互い、使ってる得物は真剣。
アネモイの得物は、刃がついてない突剣だけど。
それでも、尖った先端がかすったマミちゃんの顔。
一文字に走った左頬の傷から、鮮血が舞った。
うわ、あれ、ちゃんと傷残さず治せるんだろうな?
女の子の顔なのに。
ううう、見てるだけで痛々しい。
と。
じろじろじーっ、と、シルフィがオレの顔を。
「めーちゃん? ウチの子子子、応援してくれないのぉ?」
「あー、いや、事情があってだな」
かくかくしかじか。
きょとーん、とオレと試合を交互に見るシルフィ。
そして。
困った顔に。
「うーん? アネモイも初出場だから、気合入れてたし…」
「いや、わざと負けるとかはやらせるなよ?」
一応、オレも冒険者やってるから、理解できる。
そっちの方が、マミちゃん、絶対傷つく。
勝ちを譲られるとか、武芸者にとっては侮辱だろう。
なので。
オレら。
試合経過を、見守るしか出来ないのだ。
その、試合会場。
武舞台で、若干距離を取ったふたり。
片や、アネモイは突剣を片手に。
もう片方を、水平に前に伸ばして。
あ、やべ!
マミちゃん、急いで避けろ!!!
アネモイの奴、風の精霊力を、練ってる!
って。
思い切り、良すぎない!?
マミちゃん、宝剣を前に構えたまま。
身を低くして、突っ込んでったんだけど!?
「うわ、実戦慣れしてるぅ。威力が出る前に弾く気ね」
「そうなのか?」
「風魔法系は、周囲の風を利用しながら撃つから」
ああ。
発動してから命中するまでの、距離が短いと?
最大威力が、出ないと。
そ、それにしたって。
冒険者でもない、マミちゃんが。
そんな、強烈に危険な手段を、即座に選択するなんて。
そして。
迷いもなく、兆候を見た途端に突撃するなんて。
──セバスさん?
あんた、一体どんな鍛え方したんですか。
「あっ……ちゃー。アネモイ、慌てて撃つから」
「うわぁ、マミちゃん、傷つきすぎだ……」
オレとシルフィ、両手を取り合って、ハラハラ。
暴風を伴う、風の一撃。
魔法の名前は知らんけど。
マミちゃん、直撃だけは避けたというか。
慌てたアネモイが、中心を外したような感じ。
でも。
マミちゃんの右半身に、ヤスリでこすられたような跡が。
素手が露出してる、手甲と肩甲の間は、線状の傷だらけ。
表面が鋼鉄な軽甲冑も、傷が凄まじい。
あれは直撃してたら、一撃で戦闘不能だっただろう。
そして。
再び、鮮血が鮮やかに地面に飛び散る。
後ろで束ねて結んでいた髪も、ばらりと解けている。
満身創痍。
そんな、状況。
それでも。
マミちゃんは、諦めてなかった。
「けっけっけっ、決着……、かなあ?」
「……自分が戦わないって、心臓に悪い……」
いや心臓なんかないというか、動いてないが。
緊張しすぎて、全身が震えたくらいだ。
その、第一試合、一回戦。
渾身で振り下ろした、マミちゃんの宝剣が。
咄嗟に防御した、アネモイの突剣を。
──一撃で、ひん曲げていた。
『戦闘続行、不能! マミーヤ選手の、勝利!』
風魔法で拡大されたアナウンスが、会場に響く。
その瞬間。
アネモイとマミちゃん、殆ど同時に。
その場に、崩れ落ちる。
そして。
爆発したみたいに周囲から沸き起こる、歓声。
一瞬、隣の武舞台の試合が止まったほど。
いや。
一回戦、第一試合。
お互い初出場同士、女性剣士同士の戦いだったけど。
名勝負、と言って良かったと思う。
そして。
オレ、凄い疑問が残ってしまう。
あるぇ?
オレがマミちゃんに貸した、ティーマの指輪。
あいつに任せれば。
殆ど全ての魔法を、打ち消せるはずなんだけどな。
なんで、使わなかったんだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お疲れ、アネモイ。頑張ったねーねーねー」
「…………」
会場の地下、治療室。
ここは、他の選手も入れる合同部屋になっている。
そこで。
ぐしゅぐしゅ、と涙に濡れてくしゃくしゃ顔のアネモイ。
シルフィに抱っこされて、泣きっぱなし。
隣で、困った顔してる妹のヴァーユが。
鎧を外したアネモイの肩を、癒やしている。
鎧の上からじゃ、判らなかったけど。
マミちゃんの、最後の一撃で?
アネモイ、肩を骨折したらしく。
左肩から左腕までが、だらんと垂れている。
……オレら四姉妹と違って。
アネモイたちは、エルフに近いんだよな肉体が。
精霊力に敏感に反応するのは、精霊族として当然だけど。
骨も血肉もあるから。
今みたいに、普通に治癒が必要になっている。
成長度合いが早いから、忘れがちだけど。
この子たち、まだ実年齢は四歳前後なんだよなあ。
──痛くて泣いちゃう気持ちは、分かるぞっ。
痛くて泣いちゃうと、言えば。
「マミちゃん? それ痛く、ないの?」
「あはは、痛いですよー? 少しハイになっちゃうくらい」
右半身から、顔からテーピングだらけのマミちゃん。
アネモイの隣の寝台に、寝かされている。
アネモイの方が重傷なのと。
アネモイ、痛みに耐えられずに泣いちゃってるので。
出血を止めるだけの仮処置なんだって。
ううむ。
見てるだけで、痛々しい。
オレかシルフィが治癒できればやるんだけど。
オレら、人間の治療って出来ないんだよねえ。
……レイドさんを超若返らせてしまった前例がね。
しかし。
「なんで、指輪使わなかったん?」
「あ、それなんですけど」
ふんふん?
オレの肩に止まって羽根休めしてる、ティーマを。
片手で軽くつつきながら、マミちゃんに訊いたらば。
──ティーマの魔力消費量が?
マミちゃんの全力を、一回で上回るので。
対サラム用に、温存してるんだって。
うわ。
本気で、勝ち抜くための戦略があるんだね。
もしかしたら、途中で負けるかもしれなかったのに。
マミちゃんの本気、しかと受け取ったよ。
ティーマ?
サラム相手のときは、全力で支援するんだぞ?
手抜きなんか、許さないからな?
しかし。
マミちゃんがサラムに当たるまで、残り二戦。
……毎回こんな惨状になるとすると。
──オレの心臓、保つのかしらん?
「アネモイさんが途轍もなく速かったからですよ?」
「いやまあ、この子、オレの姪っ子だからな……」
「えっ、何ですかそれ!? 紹介頂いても!?」
治療が終わったアネモイ。
マミちゃんと、すぐに打ち解けていた。
戦った相手と仲良く出来る、って麗しい友情だね。
かなり凄惨な試合内容だったけど。
ほっこりする材料、頂きましたよっ。




