135話 地下室で、親父殿と二人っきり
かつん、かつん。
冷たく暗い、地下通路。
静かな足音が、響く。
親父殿の用事が、あるそうで。
みんなと別れて、二人っきりで、地下へ。
──ううう、なんか緊張してしまうぞ。
薄暗い、地下通路の雰囲気のせいだ、きっとそうだ。
──学園地下、教員実験棟。
教員っていうか。
事実上、親父殿の占有実験施設。
結界が、強力なのが分かる。
この通路に至るまでに?
たくさんの結界が。
オレの体に、反応しまくりました。
最初の数枚は、くすぐったいだけだったんだけども。
「む。むむむ、むぎぃぃぃ!」
「そろそろ切りましょうか」
「いいや、まだまだァ!」
誰と戦ってるんだ、オレ。
先を歩く親父殿、苦笑しまくり。
なんか、結界がオレの歩みを阻むんですよ。
エネルギーの通過を阻害する、結界だそうです。
オレ、エネルギー的に見たら核弾頭みたいなもんだから。
歩く核爆弾。
それが、精霊四姉妹です。
うっかり転んで暴発させたら?
大陸が、とっても愉快なことになりますね。
やらないけど。
そして。
既に。
結界の、感触っていうのが。
ゴム壁の隙間を、通り抜けるような。
負けてなるかぁ!
的な。
はい。
なんか、無性に意地になっております。
と、いうのも。
「隣を歩けば、私には反応しませんから大丈夫ですよ?」
「それは遠慮させて頂きたく」
だって。
親父殿の隣に居ると?
変などきどきが、止まらないんだもんっ。
「地下実験室に着くまで、まだ掛かりますが」
「ちなみに、結界はあと何枚?」
「十五枚くらいですかね?」
これ以上、結界が強くなると。
……服とか、剥ぎ取られそうだな。
こ、困るっ。
て、いうか。
こんな強力な結界が必要な、地下実験室。
一体何を、研究していらっしゃいますので?
「重力場の研究が主ですが」
「ああ。親父殿の得意技の」
ときどき使ってるの、見るもんな。
真っ黒な、球形の重力場。
何気に万能魔法で。
あれひとつで、空も飛べるし物理も曲げてしまう。
黒魔法の極地、というか。
厳密に言うと、物理魔法の一種で。
黒魔法の更に上位にある、特殊術式なんだそうです。
「その分、失敗するとですね」
「怖い話ですね」
ぶにっ。
明らかに厚みを増した、結界を押して。
オレ氏、独力突破を諦め、親父殿の隣へ。
どきどき、どっきどっき。
なんでこんな、動悸が。
心臓、ないはずだぞオレ?
隣の若返った親父殿、クールな表情で。
くそぅ。
隣のオレが、こんなにどきまぎしてるのに。
知らんぷりとはっ。
──そもそも。
なんでオレ、こんなになってるんだろう?
「メテルさんが眠っている間に、考えたのですが」
「ひゃいっ!?」
へ、変な声が出てしまった。
親父殿が悪いっ。
怪訝そうな顔してるけど。
オレ、何も悪くないっ。
「素材については未だ謎ですけども。素材ではないのかも」
「ふぇ?」
「つまりですね。大地に限定せず、全精霊力を束ねている」
「ふえぇ?」
あの。
オレに分かるように、お話して頂ければ。
こういうところは、初めて会ったときと同じだなあ。
並んで、歩きながら。
矢継ぎ早に、空中にいくつもの数式を描いて。
全然意味理解できないけど。
なんか、煌きを残して消える数式が、幻想的だなあ。
熱く語る親父殿も、かっくいいっ。
ぼーっと。
熱心に喋り続ける親父殿の横顔を。
……ああ、好きだなあ。
と、思った瞬間に。
どきぃっ!!!
胸が跳ねて、咄嗟に両手で胸を抑える。
え?
なんだこれ?
「どうかしましたか?」
「いいえ何でもございませんっ!」
だからこっちを向かないでっ。
どきどきが、止まらないんですぅぅ。
と。
いつの間にやら、目の前には。
バカでかい、分厚い扉。
目的地、到着なのでせうか。
「そういうわけで、転送実験を行うつもりなのですが」
「え? はい??」
「メテルさん、協力して頂いてよろしいですよね?」
「は、はぁ。オレに出来ることなら」
オレにしか、出来ないって言われました。
……何を?
話全然聞いてませんでした、とは言いづらく。
そんな風に、適当に誤魔化しながら。
分厚い扉が重厚な低音を響かせながら、開くのを見つめ。
親父殿に続いて、その隙間を通過する。
──奥は、至ってシンプルな部屋。
天井に、ぽつんと魔法の明かりがひとつ。
薄明るい光が、半球系の部屋を照らしている。
部屋の中には、ふたつの石材が置かれている。
どちらも、玄武岩っぽい、単なる石。
ただ。
精霊力的に見ると?
どちらにも、地脈が繋がってるのが分かる。
そして。
妙なところ、というのが。
ふたつとも?
魔法的な結界で、仕切られている感じ。
何の理由なんだろう?
「単純な実験なんですが。メテルさん、お願いします」
「……はい???」
改めて、手順を説明される。
つまり?
オレの、大地の権能。
地脈移動で。
左の石材から入って?
右の石材から、出て来ればいいだけ?
──意味が解らん??
「私も参加するのですが。失敗した場合のリスクが大きく」
「それで、こんな御大層な結界ですか……」
ふえぇ?
全然意味が分からないんだけど。
と、とりあえず。
やるだけ、やってみますか。
っと。
ティーマ?
親父殿に、預けるからな?
《……了解しました、マスター》
そんな不満そうな顔、するなよ。
地脈移動すると、装飾品は全部置き去り。
オレの体、単体でしか移動出来ないんだから。
「あ、いえ。指輪は着けたままで」
「え? 移動できないよ?」
「ええ、分かっています」
ティーマ、喜びまくりだな。
まあ、同じ室内に出てくるだけだから。
後で、回収するだけだけども。
言われた通り、左の石材、表面に片手を伸ばし。
……はっ!?
このまま移動、したら。
右の石材から出てきたオレ、全裸なのでわ!?
も、もじもじ。
全部見られるのは。
は、恥ずかしい、です。
「そうでしたね。失念していました。では」
ばさっ。
真っ白なシーツを、苦笑しながら被せる親父殿。
白って、透けそうな。
いやまあ、厚みあるから、大丈夫かな?
──全裸よりは、マシか。
で、でわ。
行きます、よ?
「実験なので、失敗する確率もあります」
「それは回避したいですね」
軽く答えて。
しゅ、集中ぅぅぅ。
左から入って、右に出る。
ぶっちゃけ、こんな近距離の移動、したことないけど。
やることはいつもと、変わらず。
前の移動のときは。
親父殿を抱えて、ひたすら走ったっけ。
くすっ。
また、親父殿を抱きしめたいな。
そんなことを思いながら。
オレは、石材の表面に、同化した。
……その後。
びっくりしまくることは、予想しないまま。




