134話 オレ、謎の動悸が始まる
「やあ、頑張っていますね」
と。
何故か。
追試のための、更地になった裏庭、試験会場。
親父殿が、来ていらっさる?
あれれ?
辺境に、戻ってたのでは?
「少し進捗がありましたので、メテルさんに逢いたくて」
どきぃっ。
どきどき、どきどき。
あれ。
なんだこれ。
胸が、急に。
むむむ?
なんかオレ、顔も熱くなってない?
全身に、熱が行き渡るような。
て、いうか。
親父殿?
なんか、お若くなっていらっさいませんのこと?
白髪交じりで、てっぺんが薄くなりかけてた頭。
黒々とした長髪になって、後ろでひとつに束ねて。
顔や手のシワも、なくなって。
精霊島で初めて会ったときよりも、更に若々しく。
え?
御母君の、施術で?
ああ。
ちょっと大人になった御母君と、同年代にされたと。
他人の肉体年齢まで自由自在なんですか、御母君。
さすが、生命の魔道士。
白の賢者の称号は、伊達ではないと。
「恥ずかしいんですけどね、割と」
「いやいや、かっこいいですよ、親父殿」
めっちゃ照れまくってる親父殿見るの、珍しい。
で。
当然のように。
その片腕を抱くように組んでる、御母君。
にこにこ、にこにこ。
幸せそうで、いいですねー。
お似合いですよ、お二人さんっ。
──むかっ。
むかむか。
んー?
なんだこれ、ほんとに。
親父殿の隣に御母君が居るのは、当然なのに。
大人の姿に変わった、御母君が。
親父殿と、並んでる姿。
見てるだけで、妙にむかつく。
「ふふ。娘が最初に惚れるのは、父親だって言うけど」
なんでそんなに、オレのことにやにや見てるんですか。
御母君?
なんか、言いましたのこと?
「いいえ、何も? さあ、黒魔法、真面目に勉強ね」
「うげ。ううう、やだなあ」
幸せオーラ全開の、お二方を後ろに。
新しく設置された、的。
その前に、ラティーナちゃん。
ちょっと苦笑してるのは、なにゆえでせうか?
「いえ? メテル様も、人並みの娘だったのだなと」
自分も覚えがあります、って。
……何が?
ふと、周囲を見れば。
一緒についてきたルコア先生も、くすくすと。
ひとり、リルだけがきょとーん、としてるけども。
んんん?
なんか、人間にしか分からないことなのかね?
謎すぎる。
「さあ、基本ですよ? 詠唱、掌相、発動です」
「え、詠唱……」
あのですね、ラティーナちゃん?
そこですよ。
そこが、最大の鬼門というか。
あの。
詠唱ってつまり。
集中して、周囲の魔力を集めながら。
魔法陣を空中に展開して。
……宣言するんですよね、起動式の、呪文を。
──。
恥ずかしくないんですか、あなた方っ???
「えっ? 呪文を唱えるのは、どの魔術でも当然で」
そ、そうなんだよな。
黒魔法でも白魔法でも、精霊魔法でも。
基本、詠唱しながら術を発動するのは、当たり前。
それは、理解してるんだけども。
……恥ずかしいもんは、恥ずかしいです。
厨二病に、近いというか。
自分のそんな姿、想像しただけで。
悶え狂う。
ひいい。
と。
そんなオレに。
天の助けが。
《あっ!? おはようございます、マスター!》
「いいところで起きたっ、ティーマ! 代わりに頼む!」
《は? あっ、【魔法矢】ですね? 了解しました!》
そうだった。
リルに初級から基礎を学んだティーマ。
オレの顔の回りをぱたぱたと羽ばたき飛んでる、なぅ。
眠い目を擦ってるとこ、ほんとに悪いが。
……お前ならっ、オレの代わりが出来るっ!
──あと。
ラティーナちゃんや御母君に、見えてないからな、お前。
堂々と、ズルが出来ますよ!
「……? 誰と、お話を?」
「独り言でーっす、ラティーナちゃん、行きますよっ」
この場でティーマの姿を追えるのはっ。
魔力量の桁が違ってる、親父殿だけっ。
その、親父殿。
オレらのずっと後ろの方で。
御母君と、腕組んだまま。
にこにこ、にこにこ。
……ずきん。
うぇ?
なんだ?
胸が、痛いような。
肋骨でも、折れたかね?
いや肋骨折ったら、こんな痛みじゃ済まないが。
呼吸のたびに、全身から脂汗が吹き出すのよ。
今オレ、呼吸してないしそもそも肋骨ないけどな。
精霊ですから。
……じゃ。
一体、何の痛みだコレ?
《マスター? 準備、出来ましたが》
「うぇ? あ、ああ。じゃ、一発ド派手に頼む」
《了解です。では、詠唱は私が、トリガーをそちらに》
エネルギーチャンバー内で正常に加圧中なのかしら。
ふわふわと羽ばたくティーマ。
が。
オレの胸の前で、掌相を組む。
きゅぅぅぅん。
周囲から煌めく光の粒子が、集まってくる。
これが、魔力の元、魔素か。
《《集結》、《目標》、《追撃》──》
ティーマの、囁くような、それでいて凛とした詠唱。
な、なんか、かっこいいですね?
小さなお手々で組んだ掌相の前に浮かぶ、光の魔法陣。
煌めく魔素が、魔法陣に吸い込まれて。
光り輝きながら、魔法陣の線に沿って回路起動している。
うう。
じゃあ、撃つだけですよね。
トリガー。
うううぅぅ。
ああもう、恥もかき捨て!
イッちゃぇー!
「【魔法矢】!!!」
……その日。
裏庭は再び地形を変え、大きな溝が出来た。
「だから、なんで派手にしたがるのよアンタは!!」
「え、だってかっこいいじゃん? 派手だし」
「周囲の状況見てから言いなさいよ!?」
リルが、きゃんきゃんうるさいんですけど。
いや、教わった通りにやった筈なんですが?
ちょっと。
一発の威力がデカすぎたのは、認めるが。
て、いうか。
オレ、たぶん?
あれ以下の威力って、出せないと思います。
「メテルさん」
「はっ、はいぃ!?」
親父殿、困り顔で。
親父殿のご自慢の学園結界。
貫通しちゃいましたもんね。
ご、ごめんなさい?
「黒魔法、使用禁止で」
「ふ、ふえぇぇ」
で、ですよねー。
親父殿が一緒に居るときだけ?
そ、それは。
なんか、胸のどきどきが止まらないので。
え、遠慮させて頂いて、よろしいでせうか。
「メテルちゃん、自覚が芽生えるまで遠そうね……」
「ええ、どうせ落第生ですよ、オレ」
「ううん、そうじゃなくてね」
御母君が、苦笑。
なんだよぅ。
魔法は苦手だって、常々言ってるじゃないですかっ。
むぅぅ。
でも、まあ?
ラティーナちゃんと、親父殿の判断で。
一応、追試は合格、だって。
わぁい!
とりあえずは、試験クリアだ!
「初級でこれでは、中級以上に進むと王都が滅びます」
「うえぇん。一応、全力で頑張った結果なんですよぅ」
分かってますよ、って親父殿が。
オレの頭、ぽんぽん。
親父殿の方が、背が低いので。
背伸びしくれてるのが、ちょっと面白い。
そして。
なんか、撫でられた頭が、熱い。
親父殿、なんか術、使いましたのこと?
何もしてない?
じゃあ、何なんだろう、この現象。
みんな、にやにや笑ってるし。
なんだよ?
何をオレに隠してるんだ、君らっ!?




