132話 図書館では、お静かに
「というわけでリル、オレのレポート書いて?」
「藪から棒に何言ってんのアンタ」
そういう反応になるよな。
リルが、ジト目というか呆れ顔でオレを。
冷たい目でじっとりねっとり睨めつけられる、快感。
……いやそうではなく。
いやまあ?
予想の範疇内ですが。
王立図書館。
地上三階、地下六階だっけか。
何気に、蔵書数が大陸最大だとか。
地下の方は?
あちこちに、親父殿が異空間保管庫作ってあるそうで。
御母君が昔?
親父殿と二人っきりで、閉じ込められたことがあるって。
なにそれそのエピソード詳しく!
と思ったのに、聞かせてくれなかった。
ちくせぅ、いつか酔わせて聞き出してやるっ。
と、それはともかく。
「ほら、預かりものの指輪。通り一遍は学習させたわよ」
「おお。さんきぅー♪」
さんきぅが何か分からないって?
その昔、東の国に居た山九さんってお坊さんの逸話で。
ねえよそんなの。
指輪、装着っ。
さあ、ティーマや。
オレの代わりにお勉強、ご苦労であった。
今晩、ティーカップにミルク風呂入れてやるからなっ。
《……くぅ。すやすや……》
──ティーマが寝てるの、初めて見た。
指輪を耳に当てたら、可愛い寝息が。
「こら、起こさないの。かなり頑張って勉強してたのよ」
「了解した。指輪が寝てる場合、オレはどうしたら」
「リルが知るわけないでしょ!」
しぃー。
慌てて口元抑えたリルの仕草が、ちょっと可愛かった。
ていうか。
ティーマが疲れ果てて寝るくらい、お前、蔵書読んだの?
「アンタ用に初級から系統立てて教えたのよ」
感謝してよね、ってふんぞり返られてしまった。
よし、全力で感謝してやろうではないか。
「って、ちょっ、待って待って、なんで迫って来るの!?」
「リル。オレは全力で感動した」
「えっ? ま、まあ、やっとリルの能力を見直したのね」
「つきましては、全力で親愛の情を示そうと思います」
「……えっ?」
問答無用で図書室のテーブルに押し倒して。
耳たぶ噛んでやりましたよ。
──リルが変な声出すもんだから、周囲に怒られたけど。
「アンタはほんとに、全身凶器なのよ!!!!」
「図書館ではお静かに願います、リルさん、メテル様」
ルコア先生が、めっちゃツボったらしく。
横っ腹押さえて、すごい辛そうに仰った。
「メテル様、事前に聞いていたのとは大違いで」
「先生、コイツにもっと言ってやって!」
未だに普通って言い張るのよ! って言われても。
リル?
オレほど常識人で一般人で普通の人は。
そうそう、居るもんじゃないぞ?
「アンタは逸般人でしょ! 人間の枠を勝手に広げない!」
「人間の可能性は無限大でな」
「そもそもアンタは人間じゃ……、むがむぐっ!?」
はいはい、叫ばないの。
一応、そこら辺は秘匿してるんだからね。
これこれ、暴れるとスカートめくれるぞ。
肩に担ぎ担ぎ。
さあ。
落ち着ける場所に、移動して。
じっくり、話し合おうじゃないか。
「図書館以上に静謐で落ち着ける場所って、ないのでは」
「大理石の床とか御影石の表面とか、気持ちいいですよ」
「……それはアンタが大地の精霊だからでしょ……」
すっかり諦めたリルが、オレの背中側でぶつぶつと。
まあ。
面倒事ばっかり持ってきて、スマンが。
日が傾きつつある、今。
オレに残された時間は、もう僅かなんだっ。
た、頼むぜリル先生っ!
「え、今なんて?」
「よろしくお願いしまっす、リル先生、リル様っ」
「ふ、ふふん? そ、そういうことなら仕方ないわね」
チョロリル。
お前、そんなチョロくて大丈夫なのか?
いろいろと。
じゃあ。
レポートだけども。
具体的に、何書いて貰ったらいいんでしょ?
ルコア先生ー?
「ラティーナ先生、パラケルスス様の助手ですから?」
ふんふん?
親父殿の弟子、ではないけど。
いろいろ、研究を手伝ってんだよね。
……ああ、そうか。
本来は親父殿がやる試験や講義を?
臨時講師として代替してるわけだから。
親父殿でないと理解できない系の、レポート書いたら。
──追試免除っていうか、親父殿の認可待ちで。
その親父殿は、いま辺境のグレイパレスに居るので。
──遠いから。
しばらく、猶予が出来ますのことですね!?
「そう上手く行かないと、リルは思うわよ?」
「まあやってみて損はないっ。頼んだぜリルっ!」
「はああ。頼まれてあげるけど。具体的に、何について?」
何に、って。
親父殿の認可待ちになりそうな、レポート。
うーん?
錬金術関係、かなあ?
「リルの専門外じゃないの。書けるわけないでしょ」
「がぁぁぁん!? 盲点だったー!?!?」
そうだった。
錬金術が分かるのは、オレと親父殿だけで。
しかも、オレは理論さっぱりで実技一辺倒。
とほほ、諦めるしか、ないか?
「待ちなさいよ? 錬金術って、リルも興味あったのよ」
「あ、私も興味あるんですよ。前提が厳しいんですよね」
え、そうなの?
ルコア先生が言うには。
三重とか五重みたいな、超絶複合系の術式で。
複合連鎖術式だから?
魔法回路の導線が、すげえ長大になる特徴があり。
発動そのものに、膨大な魔力を必要とするので。
だから。
人類最大魔力持ちな親父殿が。
創始者にして、唯一の使い手だったそうです。
へー。
凄い技術だったんだな、錬金術。
オレが使うときって、普通に精霊力でぶん殴ってるけど。
「……使いまくってる当人が全然無自覚ってどうなの」
「オレ別に、理論理解して使ってないからな」
自動車整備士免許持ってなくても、車は運転出来るし。
理論なぞ、飾りですよ飾り!
「まあいいけど。とにかく、多少やってみせて貰わないと」
レポートの書きようがないでしょ、ってリル。
まあ、そりゃそうだよな。
しかし。
そろそろ?
司書さんたちから、殺意の目線で見られてるので。
場所を変えませう、そうしませう。
「それなら、そろそろ追試の時間ですし。学園へ?」
「実験室がいいわよ、たぶん?」
学園の実験室って、爆発対策で障壁結界が常時あるって。
普段どんな恐ろしいことやってんだよ。
「裏庭の地形を変えた馬鹿が何か囀ってるわね?」
「その節は誠に申し訳なく」
やぶ蛇だったーっ。
そういうことで。
学園に、戻りませうー!




