107話 親父殿が静止した日
「では、後を頼みましたよホリィさん」
「貴方も、研究頑張って……、その」
感動的な夫婦の別れのシーンのはずなのに。
御母君が言い淀む、その視線の先で、割と台無し。
「新しい弟子を鍛えるのは、死なない程度でね?」
「ふふふ。心得ていますとも」
なんであんな自信満々なんだろう、親父殿。
その片手の先には。
完全に白目剥いてる、カイルくん。
──御母君が、諸々の公務背負ってこちらに来たので。
交代で、親父殿は今日、王国に戻るのだ。
……。
べっ、別に、寂しくなんか、ないんだからねっ。
「メテルさんも、勉強は進めるんですよ」
「うー。が、頑張る……かも?」
無理のない程度で、と言ってくれる親父殿、優しい。
そう言われてしまうと。
多少は頑張らねば、長女の立つ瀬がないかなあ、と。
しかし。
「……親父殿、あれ、人間辞めてるのでは?」
「我が夫ながら、言い返す材料がないわね……」
親父殿の、帰り方。
重力魔法で、空中を飛ぶ、まではいいんだけど。
──地表に対して、完全に静止する、というのは。
精霊大陸が、王国や帝国の西にあるから、って。
空中で止まってれば、地面が勝手に足元に来る計算?
いやいやいや。
それ、常識的にかなりおかしいです。
つ、つまり。
対地速度、赤道付近で時速約千七百キロ以上。
シルフィが普段飛び回ってる速度が?
時速千二百キロ前後なので。
親父殿、風の大精霊の移動速度を軽々と超えてます。
一緒に抱えられてったカイルくん。
生身で、生きて王国に着けるのかな?
親父殿だから、心得てるとは思うけど。
シルフィを嫁に貰う、って、ほんとに大変なんだなあ。
「ああん、遅かったぁ!?」
エルフの里の後始末してた、シルフィが入れ違いで到着。
カイルくんとの別れのシーンには、間に合わなかったな。
まあ、お前は普通に、辺境まで空中飛んで行けるから。
あまり、寂しくはないんじゃないのか?
「むぅぅ。アタシ、結構寂しがりなの知っててぇ」
「寂しがってる暇なんか、しばらくないぞ」
くしゃり、と軽く豊かな金髪を撫でて。
さあ、御母君の娘たちとして、お仕事が待ってるぞ。
黒船の中に、まだまだ人が居るんだよ。
──なんというか、船酔いで倒れちゃってる人たちが。
気持ちは判らんでもない。
地面がぐらぐら揺れるの、正直気持ち悪いよね。
……いやオレの権能で、地震起こしたりも出来るけど。
数百万単位で人死にが出るので、やらないよっ。
それで。
滞在先、なんだけども。
エルフとダークエルフの里で、受け入れるんだってね?
「そうそうそう、そうなのよぅ。……他じゃ、無理だって」
まあ。
ドワーフとオーガの里は。
……ぶっちゃけ、人間に耐え難い高温環境だからなあ。
オレら精霊や?
熱耐性高いドワーフにオーガは、全然平気なんだけど。
人間に、一日中サウナで過ごせ、つったら。
普通は、倒れますわな。
岩窟内だから、陽の光も当たらないしね。
まあ。
シルフィとウンディ組のお仕事だから。
頑張ってねー。
「ほんっとに他人事みたいに、こき使ってくれちゃって!」
「一応、石材系な建材その他はオレの権能担当だぞ?」
「めーちゃん建てるだけじゃないのー!」
そりゃ。
人見知りなオレとサラムのペアが。
見知らぬ他人様大勢と、円滑に対話できるはずもなく。
食材提供なんかは、エルの担当なんだよな。
作物もいつも大量に採れるし?
精霊大陸産、新鮮お野菜プレゼンテーション、みたいな。
というわけで。
うん。
ほんとに頑張れ、妹たちよ?
「あ、そうだ。めーちゃん、ダンジョン探索行くでしょ?」
「んあ? ああ、落ち着いたら混ぜて貰うけど」
「それそれそれ、アタシも行くぅ!」
ある意味、予想通り。
珍しいもの好きなコイツ。
こんな楽しげなイベント、見逃すわけもないか。
て、いうか。
そういえば、シルフィと探索するの、初だわな。
「わたくしがパーティリーダーなのよ?」
あ、そうだった。
御母君、Sランク冒険者でもあったんですよね。
新ダンジョンから採れる素材の、調査がメインだっけ。
でわ。
ご一緒して、いいっすか?
「メテルちゃん? 大人しく、いい子に出来る?」
「オレ、いつもいい子にしてるじゃないですかー」
……ものすぎょいジト目で見られた。
なんでだ。
す、少なくとも。
迷宮内で、記憶が飛んだことはないぞっ?




