10話 ここは冒険者ギルド、出会いと別れの酒場
「たのたのたのっ、たのもーぅ!」
「あら? 魔法屋さんとこのシルフィちゃんじゃない」
三十代過ぎの女性が、とてもフレンドリーに返答した。
なんで、最初に街に来たオレより顔が広いんだ、次女よ。
その様子に、オレはそこはかとない疑問を浮かべる。
……オレ、ここ初めて来たんだけど?
シルフィに先導されて訪れた、街で唯一の冒険者ギルド。
むさくていかつい男衆がたむろする酒場、兼宿屋。
酒を飲まないオレは、用事がない。
いや、オレ自身が飲酒できないわけじゃないんだが。
幼い妹たちが間違って真似して酔って、暴れたら。
──人類が滅ぶ。
と、とにかく。
その店の裏側が、冒険者ギルドになっている。
初めて来たけど、意外と人が多い。
壁に依頼票がぺたぺた貼ってあるし。
それに、受付嬢もひとりではない。
いくつもの横並びのカウンター。
忙しないってほどでもないが、まばらなわけでもなく。
冒険者と受付嬢たちが、何か交渉している様子。
その皆さんが。
なんで、入って来たオレらを見てぎょっとしてるか不明。
視線向けたら、一斉に真っ赤になって目を逸らすのも。
……なんか、オレって変な格好してんのかな?
上から下まで自分の姿を見下ろしてみる。
親父殿が買ってくれた、白のワンピースを着ているオレ。
上質なものではないけど、服屋で四人一緒に誂えたもの。
ていうか一張羅で、毎日全員コレ着てんだけど。
──オレ、この世界で他人に衣服貰ったのって初めてで。
誰にも言わないが、宝物だと思って大事に着ている。
……男の尊厳?
ふっ、そんなものは、夢だったのさ……。
でもまあ、とりあえず今はいいか。
冒険者ギルドっていうのは、文字通り冒険者の組合。
冒険者は、傭兵であり、探索者であり、護衛であり。
要するに、ならず者で、なんでも屋さん。
基本は迷宮に潜って魔物素材を集めることで稼いでる。
けども、四六時中全員が迷宮に行くわけでもない。
街の雑用から揉め事解決まで、何でも一手に引き受ける。
身近なところだと、下水の掃除も冒険者の役割。
たまに、川の下水出口から汚れた冒険者が出入りしてる。
あれ、毎回見てて大変だな、お疲れ様、と思ってた。
なんでも、下水にスライムを放し飼いにしてるんだけど。
たまに大増殖して、冒険者が入って掃除するんだって。
それで、基本的には全員が武装集団だから。
依頼金はそれなりに、……高価。
ここに、シルフィは目をつけたらしい。
オレたち姉妹を迎えてくれたのは、ギルドの受付嬢。
シルフィとは魔法知識の関係で知り合ったそうだ。
元冒険者で、引退した女性魔道士なんだとか。
ギルドの受付嬢は固定給で、実入りがいいんだって。
「本日はどんなご用件ですか、魔法屋の娘さんたち?」
「あー、えーと。オレら、冒険者、になりたいんだけど?」
「あら? 新規加入ですか、珍しい」
彼女は、オレの言葉に少し驚いたようだった。
周囲にたむろしている男たちから、ざわめきが聞こえる。
そんなに、冒険者のなり手って少ないんだろうか?
「あの、魔法屋さんって、そんなに経営苦しいんですか?」
「んあ、いや、収入としては潤ってる方……なんだけども」
そう。
親父殿は、街で唯一の生活魔法の売り手だ。
普通に生活していれば、いくら五人家族って言っても。
子どもたちは全員、遊んで暮らしてお釣りが来る。
──慎ましやかに、暮らしていれば。
「あのねあのね、収入が、足りないのー!」
「収入を、増やす目的で?」
いつも陽気だよな、次女。
でも余計謎が深まったみたいになってんぞ、受付嬢さん。
「んとんとんと、魔法! 研究してるでしょ、お父様」
「え? ああ、はい、魔法屋さんは大体そうですよね」
「凄い減るの、お金。で、アタシも魔術書集めてるしー」
「ええ、存じております。わたくしもお売りしてますし」
おい、ちょっと待て。
妙に家計が辛いと思ってたら、お前も遣ってたんかい。
家計簿の付け方知らんから、気づかなかったぞ。
ときどき、ごっそり銀貨が減ると思ってたが。
親父殿の研究資金用途かと。
「まあ、そういうわけでっ。ぜんぶ、一挙解決の策!」
「……そういう理由の人、結構多いですけど」
ちらり。
ノリノリのシルフィの肩越し。
オレに視線を送る受付嬢さん。
眉根と目線が、心配そうに歪められている。
『それ、いつか浪費で生活破綻しますよ?』
なんか、目でそんなこと語ってる気がした。
うん。
大丈夫、受付嬢さん。
オレも、強くそう思う。
とりあえず。
帰ったら説教だ、次女よ。
──あと、親父殿も。
賢者の石の研究は、つまり精霊四姉妹の研究に繋がる。
オレ自身が、賢者の石みたいなもんだからな。
正確には、親父殿の術式が刻まれた精霊核が、だが。
だから、研究やめろとは言わない。
けど、生活費を抜くな。
ダメ親父の典型だ、それは。
「ええと、では。冒険者登録を行います……、けど」
「……? けど?」
オレの疑問を受け流して。
受付嬢さんは、受付から身を乗り出して視線を送った。
どこ見てんだ……、って、オレの後ろか。
ちらり。
……。
あれ。
おい、ちょっと待て。
「おい、ちょっと待て」
「え、なになになに、めーちゃん?」
「親父殿に預けたんじゃ、なかったのか?」
「……何を?」
すいっ。
片手の親指で、無言でオレの後ろを指す。
オレの肩越しに、そちらへ視線を投げるシルフィ。
そして。
あちゃあ、と苦笑してやがる。
「……我、メテルねぇとシルフィねぇの行き先、興味有り」
「冒険者って何? ギルドって何?? ボク知らないの!」
我が家の最愛の天使たちが。
冒険者ギルドの入り口で、扉に隠れていた。
……身体半分はみ出てんぞ、ちびっ子どもっ。