裏の日常
「ねぇ、真殿さん少しいいかしら?」
西田との話はまだ途中だが先輩が話に入ってきた。
何だろう少しだけ嫌な予感がする。ここの職場の先輩はかなり癖が強い。
的確な指示を出しても、出した人間が嫌いなら患者がどうなろうと従わない。そういう人間の集りだった。
「はい。西田さんすみません。失礼します」
「ありがとよ。仕事頑張れ」
西田は苦笑いして、私に手を振ってくれた。なんとなく何を言われるのか想像がついたのだろう。
ひきつり気味の笑みを浮かべて会釈すると、先輩はギロリと私を睨み付ける。思い当たることはないが、何か気にさわるような事をしたようだ。
「西田さんの指導もいいと思うんだけど、まだ、他にやることあるでしょう?カルテは?」
詰め所に私を連行した先輩は、嫌味っぽくそんな事を言うけれど、私はすでにカルテ記載をおえている。
つまり、自分の分をやれということだろう。
「カルテ記載ですか?私はやりましたよ」
「そうよ、先輩達のぶんもちゃんとやって。そういう仕来たりなんだから。あんなの放っておきなさい」
私に面倒な仕事を押し付けるのは別にいい。しかし、その一言はあまりに聞捨てならなかった。人の命が関わっているというのになんでそんな事が言えるのだろう。
ここの看護師は透析を終えたら患者が何をしようと、どうでもいいと思っている節がある。
「しかし、あのまま放っておいたら、高カリウム血症で自宅に帰っても緊急搬送されたかもしれませ」
「それ、言い訳でしょ?そうとはかぎらないじゃない」
私の話に被せてくる言葉はあまりにも身勝手だ。あのまま放置していたら救急搬送される可能性はとても高い。
「……」
「知識だけで頭でっかちになって肝心の仕事が出来なきゃね。准看護師のくせに」
チラリと私をバカにするように見るが、私はその通りのため反論ができない。
「申し訳ありません」
「口先だけの謝罪とかいいから、さっさとカルテ記載してちょうだい。貴女に残業代を払うのはもったいないんだから」
「はい」
私はノートパソコンを開いて、電子カルテの記載を始める。
何十人ものカルテのデータがこの中に入っているなんて不思議。
無数の写真や人の記憶すら、小さなチップの中に保管できるような時代になってきている。それについていけない人間も中にはいるけれど。
前に先輩がカルテ記載をしようとして、出来なくて怒っているところを何度か見た。それ以来、私にそれを押し付けるようになったが。
つまり、出来ないことを人に教えてもらうのではなくやらせるのだ。
「お勉強が出来ても、准看護師じゃあねぇ。大きな病院では雇ってもらえないもんね」
私の悪口が聞こえる。幻聴なんかじゃなくて。毎日これだとうんざりしてしまう。人に面倒な仕事を押し付けて、そのくせその人を悪者にして悪口。
人が定着しない職場というのはこういう所の事をいうのだろう。
「あら、言ったら可哀想よ。面倒なカルテ記載を彼女にしてもらってるんだから。利用価値はあるでしょ?」
「そうね。うふふ」
私をバカにする先輩たちの笑い声が聞こえる。
「看護学校くらいちゃんと出ればいいのにね。私達みたいに」
「まぁ、私達はパートだけど色々経験したからまた大きな病院でも働けるけどね。あの子はダメね」
しかし、私程度の人間に仕事を押し付けて、なにもせずに話を続ける彼女達もどうなのかと思う。
同じように他でやっていけると思っているのだろうか?
「ふふふ。確かに。ちゃんと看護師になればいいのに」
「でも、准看護師の給料じゃとても無理でしょ」
「確かに」
「ふふふ」
「笑っちゃダメでしょ」
「だって、勉強できるのにこんなところでしか働けないなんてね。おかしいじゃない」
結局最後は資格の違いで私は彼女らにバカにされる。どれだけ勉強をしても。
私は准看護師で彼女らは正看護師だから。彼女達の話すことは正しい。
だけど、資格の違いで腐ってはいけない。私は、何がなんでも正看護師になるつもりだ。自分の夢を叶えるために。




