君の居ない休日
話を考えてから書き終えるまで1時間くらいの、ほとんど即興小説です。
短いですが、仲良しのふたりを堪能していただけると嬉しいです。
「連休にお友達と温泉旅行に行ってきます」
一緒に暮らす彼女から意気揚々とそう言われたので、俺は「行ってらっしゃい」と見送った。
いや、見送るだけじゃなかった。しっかりしているようで抜けているところも彼女のことだ。忘れ物をしないか心配になって、荷作りを手伝った。
当日の朝、支度を済ませた彼女を駅まで車で送って行った。これは彼女のことが心配になったというよりも……。いや、荷物が多いので少しでも負担を減らしてあげようと思っただけだ。
駅に着いたところで、
「ありがとうございます。お土産を買ってきますから、楽しみにしていてください」
それから、と。彼女は俺の耳元で囁いた。
「数日私が居ないからと、寂しくて泣かないでくださいね」
ふふっ、と悪戯な笑みを浮かべて、彼女は駅の階段を上って行った。
全く。
変なところで勘が鋭いから困る。
もちろん、彼女が言うように寂しくて泣くなんてことはないが、帰ってきて一人になった部屋をいつもより広く感じるのは確かだった。
ベッドに倒れこんで、仰向けのまま天井を見上げる。
『休みの日とは言え、あまり寝すぎてしまうと寝坊癖がついてしまいますよ』
『テレビで紹介されていたお店がこの近くにあるそうです。ぜひ行ってみませんか』
もし彼女が居たら、そんなことを言われそうだ。
話し相手も居らず、仕事の疲れからまだ眠気が残っている。
目を閉じると、俺はたちまちのうちに眠りに落ちてしまった。
彼女と出会ったのは、彼女が新入社員として俺の居る会社に入社してきた時のことだ。
当時、どえらい美人が入ってきたと評判になり、数年先輩の俺が彼女の教育係に任命された時は同僚から随分と妬まれたものだった。
実際に彼女は美人で近寄りがたい雰囲気すらあったが、話してみると個性的な性格の持ち主だった。
箱入り娘で育ったために少々世間知らずな部分がありながら好奇心旺盛で、仕事内容もそれ以外のちょっとしたことでもすぐに吸収していった。その癖、お茶目で気まぐれな部分もあって、手を焼かされた。
「うふふ、すみません。初めてのことなので、つい楽しくなってしまって」
そんな彼女に女性として惹かれてしまったのは、当時の俺の悩みのタネだった。彼女が俺を慕ってくれているのは教育係という立場があってのもの。それ以上を求めるのはとても狡いことのように思えた。
彼女が研修を終えて俺が教育係の任を解かれた時、俺は彼女に自分の想いを打ち明けた。後ろ暗さから、言い方がなんだか謝りながらになってしまったように記憶している。
ただ、彼女は晴れ晴れとした笑顔で、
「私も貴方のことが好きです。ずっと待っていました」
俺の告白に応えてくれた。
それからと言うもの、俺はプライベートでも彼女に振り回されるようになった。俺が美味しいお酒を教えたばかりに、すっかりお酒好きになってしまったし。気持ち良く酔っ払って、気持ち良くからかわれるようになった。
それでも、そんな日々が楽しくて、大切で、愛おしくて。
先日、彼女にプロポーズをして婚約をした。
まだ籍は入れていないけれど、一緒に暮らしている。
彼女が数日家を空けるのは、この生活が始まって以来初めてのことになる。
目が覚めると、すっかり夕方になっていた。昼飯も食べていない。夕陽で空が橙色になる時間まで、ぐっすり眠っていたようだ。
詳しい内容は思い出せないが、彼女の夢を見ていたということは何となく覚えている。
今は彼女が近くに居ないというのに。
近くに居る時よりも、彼女のことを想ってしまう。
友達との旅行を楽しんでいるか。温泉は気持ちいいのか。食事は美味しいのか、とか。
こちらから連絡をして、友達との時間を邪魔してしまうのは悪い。
俺はスマホをベッドに置いたまま、昼夜兼用の飯を作ることにした。
インスタントの焼きそばを食べた後、テレビで適当なバラエティ番組を点けていると、彼女から電話がかかってきた。
「もしもし、どうした?」
『こんばんは。今、大丈夫ですか』
「大丈夫。暇してたところだよ。君こそ、友達は良いのか?」
『はい。お友達はまた温泉に入りに行ってしまって、今は部屋に私一人ですから』
「そうか。どう? 旅行は楽しい?」
『ええ、とても。旅館の食事もとても美味しくて。あ、写真も撮ったので、今送りましょうか?』
「良いよ、帰ってから見せてくれれば」
『それだと飯テロにならないじゃないですか』
「飯テロをしなくて良いからね」
旅行先でも彼女は相変わらずのようだ。でも、
「旅行楽しそうで良かったよ」
『ええ、とっても楽しいです。ただ……』
「ただ?」
『……貴方が側に居ないのが寂しくて。声を聴きたくて、つい電話をしてしまいました』
「…………俺も。俺も君のことばかりを考えていたよ」
『本当ですか。てっきり、私が居ないから清々お昼寝をしていたのかと思ったのですが』
「君はエスパーかよ」
完全に見抜かれていた。
「でも、君のことばかり考えていたのは本当だよ。夢にまで出てきた」
『まあ、それはそれは。貴方は本当に私のことが大好きなのですね』
「そ、それはお互い様だろ」
『はい。私は貴方のことが大好きですよ。今さら何を言ってるんですか』
「それはどうも」
『ふふっ。そろそろ、お友達も戻ってくる頃なので切りますね。おやすみなさい』
「うん、おやすみ」
電話が切れた。
彼女が楽しみにしていた旅行をしっかりと堪能しているようで、俺はとても安心した。
それに、たった数分の短い時間だけでも彼女と電話越しで会話できて、胸にポッカリと空いた穴が殆ど埋まってしまったような感覚がした。
「単純だな、俺も」
君の居ない休日でも、君の幸せを願うだけで、君と想い合えているのを再確認できただけで、俺はこんなにも満たされているのだから。
以前書いた「待ち人来たりて、甘い夜に」「聖夜に祈りを込めて」のふたりを久しぶりに書いてみました。
もしよろしければそちらも読んでみてください。
読んでいただきありがとうございました。