先輩のアジテーション3
#3「執筆は楽しいかね?」
深夜0時を過ぎた頃、コイチはいつになく緊張していた。彼はこれから見ず知らずの老人に声をかけなければならない状況にあるからだ。
しかも相手は前を歩いている所謂「徘徊老人」なのだ。相手が話の通じない痴呆老人だと分かっていながら、これから話しかけに行かなければならない。コイチは「話が通じない」という状況が大嫌いだ。だから彼は子供も嫌いだ。
何故そのような状況になったのか。
コイチが先輩と夜道を歩いていると目の前を老人が徘徊していた。コイチと先輩は何らかの会話を交わした後、何らかの賭けをし、コイチが負けた。
つまり、彼は「ブスに告る罰ゲームのアレ」の感覚で、まともではない老人と話をしなければならない。いや、そもそも会話が出来るかすらも分からない。挨拶をした途端、問答無用で訳の分からない罵声を浴びせられるかもしれない。殴られる可能性もゼロではない。
深夜徘徊老人に話しかけるなんて自分では思いもつかなかった事だ。何か得られるものがあるかもしれない。意外と気さくに話してくれるかもしれない。仮に怒鳴られたり殴られたりしても、それは怒鳴られたり殴られたりするだけなのだ。コイチはそう思いながら、上下白のヨレヨレの服にサンダルというラフな格好の老人に話しかけた。
「こんばんは」
「・・・」
「あの、こんな夜遅くにどうされたんですか?」
「・・・」
「迷子とか、ですかね?いや、その・・・」
「・・・何故儂に話しかけた?」
コイチはこの返答を想定していなかったが、言葉を返してくれたこと自体に小さな安心感を覚えた。
「え?いや、おじいさんが一人で歩いているので、大丈夫かなと思って」
「お前は警察か自警団か?わざわざ他人を心配する義務もないじゃろう。儂が気さくに話してもらえるマトモな人間に見えるか?」
「いや、その・・・」
「怒りゃせんから、何故話しかけたか言うてみぃ。後ろで見てるもう一人と、何か取り決めた事なのじゃろう」
コイチは正直に「ブスに告る罰ゲームのアレ」だと老人に理由を説明した。老人は口の右側だけを曲げ、ハッと笑った。
「奇遇じゃな。儂と同じじゃ」
「??????????wwwwwww?????」
コイチと老人は近くの遊具の無い公園のベンチに座った。先輩はコイチの隣に座った。月は綺麗だった。
「儂はボケとりゃせんでな、『ブスに告る罰ゲームのアレ』感覚で徘徊しておったんじゃよ。ある意味もうボケてるとも言えるかもしれんがの」
「じゃあ、おじいさんは誰かとの賭けに負けて、誰かの指示で徘徊していると?」
「否、儂には嫁も子供もツレとおらんでの、自分で自分に罰を与えとるんじゃ」
「何故そんな事を・・・」
「・・・さぁの。儂にも分からん。ところで君、ブスに告る罰ゲームを誰かがすると、どうなると思う?」
「うーん、告白されたブスが悲しみますよね。嘘の告白なんですから」
「そうじゃな。罰ゲームという一種の娯楽で、別の誰かが悲しむ。それは全てにおいて当てはまると思わんかね?」
「誰かが喜ぶ裏で、悲しむ誰かがいる、と?」
「そう。どれだけ真面目に生きてもそこからは逃れられん。だから儂はある日ふと思ったんじゃ。世界中の人間が『ブスに告る罰ゲームのアレ』の感覚で生きれば、どうなるのかと」
コイチは、老人は常軌を逸していると思ったが、憐れみは覚えなかった。齢80くらいに見える老人が出した答えなのだから、他人がとやかく言う事じゃない。
「さて、ちぃと喋りすぎた。これじゃ徘徊にならん。儂はまた徘徊に戻るでの」
老人は去り、公園にはコイチと先輩と浮浪者のおっさんだけが残った。先輩は老人の話に何も口を挟まなかった。
「・・・先輩はどう思いますか?」
「良いんじゃねーの?嫌いじゃねーわ。よくわかんないけど」
コイチは老人に話しかけて、何を得られたのかは分からなかった。だが、話しかけて良かったと思った。よくわかんないけど。
以上