第四幕:美しき王と美女たちの戯れ【中編】
すみませぬ~!
まだ完結せずです~!
(≧◇≦)pp
長目なのでお許しを|ω・)だめ?
◆私はカルマ。他人の不幸を覗き見して、それを赤の他人に公開する“親切”な悪魔。
さあて、そろそろ仕事に戻るとしようか。
なになに? ふむふむ、小出しにするなって?
それは悪かった。だがわたしはこんな風に焦らすのも好きなのさ。
それでは……
次は映画「短すぎる恋。刹那すぎる記憶」(※邦題)のシナリオと撮影現場のグレンの様子を遡ってお見せするとしよう。
マダムから少女まで世界中の女を虜にしたこの男が転落していく無様な姿が見たいだろ?
ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ………………――――――――――――!
ストーリーはひと夏の恋愛物語を描いている。グレン演じる青年ティムは人生の目的も定まらないさえない大学生。毎日退屈な日々を過ごしていた。そんなある日、子供たちから「お化け屋敷」と言われている近所の空き家の前を通りかかると、引っ越しのトラックが止まっているのを発見する。新しい住人に興味を持ったティムは翌日様子を見に行く。すると庭でそうじしている美女を発見し、一目ぼれしてしまったティムは思い切って声をかける。彼女はエリアスといい、涼を求めて一家でこの田舎に来たらしく、夏だけ滞在するのだという。それから二人の交流が始まった。
ティムはエリアス目当てで毎日その家に通い、掃除を手伝うようになる。
エリアスは常に長袖を着て、頭には帽子を被った全身黒づくめの恰好をしていた。ティムはそのことを不思議に思うが
「熱くない?」
「日光アレルギーだから」とエリアスは答えた。家族みんな同じ体質だという。
それから二人は徐々に仲良くなり、二人だけで遊びに行くようになる。裸足になって川で水遊びしたりしているうちに徐々に惹かれ合っていく。
しかしエリアスには決して言えない秘密があった。
その秘密とは彼女たち一家は、吸血一家だということだった。
ある日帰宅したエリアスに母親が言う。
「あの男のことが好きになったの?」
自分の気持ちを見抜かれてしまったエリアスは母親に泣き付く。
「私たちは命を捨てる者以外の血は吸わないと決めたの。見境なく血を吸う野蛮な吸血鬼にはならないと。それはあなたが産まれる前に夫婦で誓ったことよ。その誓いを破ることは娘のあなたでも許さない」
「わかってる……」
「でもね」と母親は続ける。
「あの男が命を捨てる者なら構わないわ。あなたが血を吸って“仲間”にしなさい」
一家は自殺志願者をサイトで募り、合意のもとで血を吸っていた。
そんなある日ティムが通う大学である噂が広がった。自殺しようとしていた生徒が行方不明になり、それにはあるサイトが絡んでいるというのだ。そのサイトは自殺志願者を募るものだった。同級生で幼馴染の青年がそのサイトに登録し、自殺しようとしていることを知ったティムは、それを阻止しようと学校帰りにこっそり彼を尾行する。森の奥深くに入って行く同級生の後を付けていくと
「あれは!?」
ティムは衝撃の現場を目にしてしまう。それは同級生が全身黒い服装に身を包んだ貴婦人のような女性――エリアスの母親に吸血され、殺されてしまう姿だった。迂闊にも物音を立ててしまったティムは相手に気付かれ、睨まれた瞬間
「殺される!?」
そう思ったが
背後から伸びた何者かに手を掴まれ
「エリアス?」
そのまま二人でそこから脱出する。
森の奥に逃げ延びると彼女の口からことの真相を聞かされる。そこで噂のサイトが彼女たち家族の捕食者を集めるためのものだということを知るティムだったが
「君たちがしていることは正しいとは言えないのかもしれない。でもそれが生きるためなら、ぼくたち人間が動物を捕食しているのと同じことだ」
「そんなこと言って、私に血を吸われて殺されてもあなたはいいの?」
ティムは首を振りそれを否定する。
「僕は殺されたくないし、人を殺していいとは思ってない。でも自殺志願してる人間は死にたがってるってことだろ? そういう人にとってはきっと生きてることの方が辛いんじゃないかな。その命を提供することで君たちの命が救われるなら、その死は無駄じゃないし、君たちがしていることは惨殺ではないと思う」
「あなたは私たちの味方ってこと? それともただの偽善者かただの八方美人?」
「きついこと言うね? でも、そうだな。僕はおそらく偽善者で八方美人だろう。敵を作りたくない臆病者だから」
ティムは死を肯定したいわけではなかったが、生き血を欲する彼女たちが飢え死にしてもいいとも思えなかった。同意の上とは言え、これは人間の社会では同意殺人罪に当たる。それもわかってはいたが、この死に方は「殺人」とも「自殺」とも質の違う「死」に思えてならなかった。
「私が恐い?」
「君は……美しい」
「答えになってないわ」
「好きだ、エリアス」
ティムはヴァンパイアだと知る前からこの娘――エリアスに恋をしていた。
何も言わずに微笑するエリアスにティムが尋ねる。
「血って一回でどれくらいの量が必要なの?」
「ママが血を吸ってるとこ見たでしょ? 一人分よ」
「死なない程度に抑えられない?」
「それは無理。一度吸い始めたら、止まらなくなるから」
「吸い尽くすまで?」
「“吸い尽くすまで”」
「……」
「つまり死ぬまで」とエリアスが付け足し、ティムはゴクリと生唾を飲み下す。
「そして、血を吸われた者は吸血種に“生まれ変わる”」
「……?」
ティムはあることに気が付く。
「そしたら私たちの仲間よ」
「ちょっと待って!」
「何?」
「じゃあ同級生はヴァンパイアになったってこと? それじゃ死んでないのと同じなんじゃ……」
「それは契約に違反する。だから……」
エリアスは引き出しの中から銃を取り出すと
「これで心臓を」とティムの心臓を狙うように、彼の胸に銃口を突き付け
「!?」
「BANG!」と短く叫ぶ。
「……っ」
物騒なものを突き付けられて怯えるティムを見てエリアスは
「こうやって、“眠ってもらうの”」
ニヤリとして言うのだった。その銃にヴァンパイアが苦手とする銀の弾丸を装填して撃つのだという。
「でもどうやって……。ヴァンパイアって確か、銀が苦手なんでしょ?」
「それなら大丈夫」とエリアスは余裕の笑みを見せる。
「パパがやってくれるから」
「どういうこと?」
腑に落ちないティムだったが
「パパはヴァンパイアと人間のハーフのダンピールなの」
「ダンピール?」
ダンピールはヴァンパイアを狩る者としてハンターになる者もいるらしいが、エリアスの父親はヴァンパイアの女性を愛してしまった。その愛を貫くために彼は今の妻と夫婦になり、その時自殺志願者からだけ吸血することを誓ったのだった。
「自殺したくなったら言ってね?」
カッと光るエリアスの赤い目に魅せられるティム。その赤ワイン色の海に心が溺れていく。二人は唇を重ねるが
「あれ?」
気が付いた時ティムは自分の部屋のベッドの上にいた。あれは夢だったのか? と唇に手を当てて昨夜の記憶を辿るティムだった。
夕方パソコンを開くと、知らないアドレスからメールが届いていることに気付く。
“今日はパパもママも出かけてるの。
夕方の6時にうちに来て。”
エリアスからだった。同級生が吸血されている光景が一瞬脳を過るティムだったが、会いたい気持ちが抑えきれず、足が勝手にそこへ向かってしまう。
「エリアス?」
上空に浮かぶ紫灰色の雲と地上を照らす橙色した夕日の眩いグラデーションが町をミステリアスな色に染める頃、ティムはエリアスの家に来ていた。窓辺にぼんやりと写る影らしきものを発見してその名を呼ぶと、その影は羽ばたいて家の裏に消えていく。
「なんだ、蝙蝠か」
インターホンを鳴らそうとティムがボタンに手を伸ばした瞬間、玄関のドアが開き無人のドアに迎えられる。
「エリアス?」
微笑を称えたエリアスの姿が玄関の向こうにぽっかりと浮かび上がる。屋内を松明が照らしていることに驚きを覚えながら中に入って行くティムだった。
長いテーブルが置かれた広間に案内され、二人だけの晩餐が始まる。天井には蝋燭を並べて火を灯すシャンデリアがぶら下がり、まるでホラー映画のセットのようだった。長いテーブルの上には、赤ワインと大皿に盛られた生肉の塊が並べられている。
エリアスの食事している所を始めて見たティムは、その様子を観察した。フォークとナイフを使って肉を切り、上品さは保ちながらも生肉の塊をペロリと平らげてしまうエリアスに圧倒される。彼女が飲んでいる赤ワインが血に見えてきた。
「びっくりした?」とエリアスが問う。
「肉も食べるんだ? 血しか飲まないのかと思った」と困惑しながら答えるティムだった。
ティムに出された物も生肉と赤ワインだったが、生で肉を食べた事のない彼はそのグロテスクな塊に食が進まず、ワインだけを飲み干すのだった。
「今日あなたをここに招待したのは、なんでかわかる?」
食事を済ませ、口元をナプキンで拭った後エリアスがそう切り出す。彼女の赤い目に見つめられ、艶やかなその瞳に、ティムは恍惚とする。
「うーん」と唸ってわからない振りをするが
「じゃあ教えてあげる」
エリアスが微笑し、その理由を語る。
「ママに言われたの」
「なんて?」
「あなたのことが好きなら
“仲間”にしなさいって」
「仲間って……」
「あなたが“命を捨てる者”なら、血を吸って仲間にしなさい。――そう言われたの」
「!?……」
思わず立ち上がったティムの側に、エリアスが歩み寄る。その赤い目に見据えられ、焦って逃れようとするティム。椅子を倒して後退する彼にエリアスがさらに迫る。
「私が恐い?」
立ち止まり哀しそうな瞳でエリアスが問いかける。
「君は……」
ティムが言い淀んでいると
「!?」
エリアスが着ていた前開きのガウンのようなワンピースの肩を抜き、腰ひもを解いてはらりと床に落とす。一糸まとわぬ姿になったエリアスのその大胆な行動にティムは驚くが、天窓から差し込む月光がやわらかに照らすその裸体の艶やかさに魅せられて、瞳がしだいに溶けていく。
「君は
きれいだ」
それから熱い口づけを交わす二人は、そのままベッドへ。月光を浴びながら肌を重ねる。
人間の青年を愛してしまったエリアスは彼――ティムを仲間にしたいとも思ったが、彼のためを思いそれを諦め別れを告げる。
そしてティムからこれまでの記憶を消去したエリアスは、家族とともにその地を去って行くのだった。
ラストは幕が下ろされるように、分厚い本がパタンと閉じられEND。
完成した映像ではくっきりとは映っていないが、撮影現場でミアはその裸体を余すことなく晒していた。胸の先端まで見せている。若干19歳にしてその度胸とは、感服してしまうグレンだった。クランクインの時の「今出せるもの全てをこの作品に捧げるつもりで挑みたい」という彼女のコメントを思い出す。彼女はこの作品に全身全霊を捧げているのだ。所詮ショートムービーだから――彼女にそんな発想はないだろう。だからこうして体を張れるのだ。そんな彼女の女優魂にグレンは圧倒されてしまった。と同時にその強さに惹かれた。この華奢な躰の内に秘めた芯の強さに。
彼女は「美貌」という飾りで表面だけを取り繕った偽物の美しさではなく、内面から輝きを放っている。グレンの周りにそんなタイプの女性はいなかった。“あのガールフレンド”の中には……
濡れ場のシーンでグレンはミアを愛した。演技という“演技”で。それはこの映画の中でだけ許される。その尊い時間にグレンはティムとしてエリアスを愛した。
できることならそれを他の男に見せたくない。この映画がヒットしなければいい。そう願うグレンだった。
皮肉にもその映画はあまりヒットしなかった。公開時はグレン見たさに集まったファンのおかげで映画館は満席を記録したが、それ以降リピーターは現われなかった。
世間の声は次のようなものだった。
「あの女あまり笑わないし、つんけんしててかわいくないのよね」
「あの映画で売れようとしてるみたいだけど、あれじゃ相手役が誰だかわからないから、話題にもならないしヒットしなそう」
「言われるまでグレン・シャノンが出てるなんて気付かなかった」
「役だからしょうがないんだろうけど、なにしろグレンの役が地味で、彼の良さが生かされてない」
「あの女ばかり奇麗に撮ろうとして、グレンの無駄遣い」
「ミア・コリンズはこの映画で全部脱いじゃったから、これでもう見せるものがなくなちゃったんじゃないww」
「これで売れなかったらあとは消えるだけかも」
大体がグレンファンの嫉妬だと思われるが、それでもこれは酷い。グレンは悲しいというより悔しかった。ヒロイン役のミアのことが心配になる。こんなことを言われて彼女は深く傷付いているに違いない。傍に行って慰めてあげたい。君は何も悪くないと。しかし仕事で一緒にでもならなければ会うことはないので、それはできない。自分は何もしてやれないのか……そう思うと余計悔しかった。
本国に続き、遅れて三ヶ月後にその映画が日本で公開されることになった。日本のファンは温かいので、反応が違うかもしれない。グレンも映画の関係者もそれに期待する。
映画雑誌のインタビューの仕事で訪れたスタジオで、二人は偶然再会した。同じ映画――「短すぎる恋。刹那すぎる記憶」のPRでだった。
「ミア?」
「……」
「驚いたな。君もここに来てたんだ?」
クランクアップしてから一度も会っていなかったが、久しぶりに見るミアは毅然としていて、強い女性そのものだった。しかしグレンは、彼女のその華奢な体を抱きしめたくなる。少女から大人の女性の姿に脱皮したばかりのその肉体を、カメラの前に晒した彼女のプロ意識の高さを知っている。それがあんな評価をされるなんていたたまれなかった。
さりげなくその話題に触れ「気にしないほうがいい」と声をかけるグレンだったが
「私はあのシーンには必要だと思ったから脱いだの」
ツンとした態度でそう返されてしまった。もう少し弱さを見せてくれると思っていたグレンはその瞬間固まる。会話がそこで終わり、ミアが離れて行ってしまう。
「ミア!」
その後ろ姿に向かって、思わずグレンは叫んだ。
ミアが振り向く。
「何?」
「日本にはいつまでいるの?」
「なんで?」
「もしよかったら、その……」
「……」
女性と会話するのは慣れているはずのグレンが、珍しく口籠る。ミアは少しイラついたような視線を彼に向けた。焦ってグレンが言う。
「オフの日に会えないかなと思って」
俯き加減でしゃべるグレンを、ミアが怪訝そうな目で見る。
「どういう意味?」
「えっと……」
ミアの声に彼女がイラついていることを感じ取ったグレンは、頭を掻いて無理矢理言葉を紡ぎ出す。
「君のことをもっと知りたい。映画の撮影が終わってからもずっと君のことを考えていた。また会えないかって……。まさか今日ここで会えるなんて思ってなかった。だから会えてすごくうれしい。もっと君と一緒にいたい。ミア、“僕”と付き合ってくれないか?」
グレンの周りにはいつも誰かがいた。人懐っこい性格の彼は誰とでもすぐに仲良くなれる。そんな彼を嫌う人間は周りにはいなかった。黙っていても相手のほうから寄ってきた。フラれたことなど一度もない。
ミアはグレンの顔を見据えた。その目が氷のように冷たく見えるのは気のせいか。
彼女は開口し、こう返事した。
「あなたのような人とは付き合えない」
「!?」
ショックで固まるグレンに、さらにミアはこう付け加えた。
「あなたは何人も女の子を家に連れ込んで遊んでるんですってね」
「それは……」
「そんなことをするような人と恋人になんかなれないわ。はっきり言ってあなたのこと軽蔑してる」
「……っっ」
グレンは何も言えなかった。言いたくても、言い訳の言葉も見付からない。全てその通りだから。だが
「誰から聞いたんだ?」
「あなたが付き合ってる女からよ、その女と裸で写ってる写真も見せられたわ」
「そんなもの撮ってない!」
「盗撮されてたんじゃない?」
「嘘だろ? 誰がそんなこと……」とグレンが頭を抱える。
「あなたが付き合ってる“彼女たち”の誰かじゃない?」
冷ややかに言ってミアが去っていく。
「ミア……」
グレンは玉砕した。ただ振られるのではなく、軽蔑されてしまった。ミアはもうグレンという人間をそういう目でしか見ないだろう。
彼女にだけは知られたくなかった。それが世間より先に暴露されてしまうとは……!
しかしなぜミアに。自分がミアに思いを寄せていると気付かれるようなことをした覚えはない。女の勘というやつか?
「!?」
女の怖さを思い知り、心底恐怖を覚えるグレンだった。
その後彼は来日し「王様のオフタイム」に出演したのである。笑顔で対談していた彼がこんな目に遭っていたなど、誰が想像しただろう。その場にいた関係者も視聴者も知る由もなかった。
◆カルマだ。
リークした女はよくわかっているな。どうしたらグレンに一番打撃を与えられるか。女は先手を打ったのだろう。もし共演者とグレンが恋に落ちたとしても、結ばれないように。写真まで撮っていたとは随分と用意周到なことをする女だ。
もっと楽しませてくれよ。ヒッヒッヒッ……
あの女たちの復讐はまだ終わらない。
続きはまた次回。
では、ごきげんよう。
イーーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ
ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ
ヒッヒッ――――――――――――……!