第四幕:美しき王と美女たちの戯れ【前編】
「#なう」あたりで次最終話と言ってたらすみません。今回は最終話ではありません。
とりあえず【前編】です。
◆私の名はカルマ。他人の不幸を覗き見して、それを赤の他人に親切に公開するという、ある意味おせっかいな悪魔。
やあ、君か。また逢えて光栄だ。今まで何をしてたかって?
少し休憩していた所さ。悪魔が休憩なんかするのかって?
勿論、悪魔にだって休憩は必要さ。何をしているのかは秘密だが。ヒヒッ。
ではそろそろ仕事に戻るとするか。
グレンの悲劇――その続きをお見せするとしよう。最後まで……
いや“最期”まで、他人の不幸を共に嘲笑わらおうではないか。
イーッヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
イーーッヒヒヒヒヒヒヒヒヒ………………!
怪我の具合が安定して退院したグレンは、高級住宅街に借りたマンションに帰宅した。その一室を彼が新たな住居にしたことを知っているのはマネージャーと限られた人間だけで、あの邸宅で戯れていたガールフレンドには勿論教えていなかった。
とりあえず部屋に入ると固定電話の留守電にのメッセージが残っていた。再生ボタンを押してみると
《ハーイ、グレン。クリスティーナよ。気分はどう? あのことが世間に明るみになったらあなたの評判はがた落ちね。イメージダウンして日本のCMは降板、新作映画の主演も降ろされるかも。ふふ……
まぁ、せいぜい頑張って。応援してるわ。あははははは……》
脱力したグレンの口から深い溜息が溢れる。ガールフレンドという悪魔からのメッセージだった。いとも簡単に電話番号を突き止められた。この家の場所も知っているのだろうか。苛立ちと焦りに頭を掻きむしる。どこに逃げても見付かる気がした。彼女たちは自分を見付けてどうするつもりなのか。二度も殺されかけたということは、やはり他のガールフレンドたちも同様に、自分を殺そうとしているのか。だとしてもなぜそこまで気持ちがエスカレートしてしまったのか。自分は何か間違えたのか? なにか殺したくなるようなことを彼女たちの誰かにしたんだろうか。わからない。わからない! 慎重に選んだはずの選択肢も行動にも自信が持てなくなる。また誰かが自分を殺しに来るのか? もはやそれは決定事項になっているとしか思えなかった。このままでは本当に殺されるかもしれない。どうすればいいんだ……
これが映画かドラマの中だったら喜んで演じきるのに。そう思わずにはいられないグレンだった。しかしこれは現実だった。演じたくなくても“役を降りる”ことはできない。
◆カルマだ。
少し出てくるのが早すぎたかな? 追い詰められた人間を見ているとついつい愉快になってしまう。ヒヒ……少し浮かれすぎてしまったようだ。では私は一度失礼する。
おっと、その前に予告しておく。これからグレンに転機が訪れる。それが吉と出るか凶と出るか、それは見てからのお楽しみだ。さあ、とくとご覧あれ……
映画「禍根X」で共演した女優ミア・コリンズと二度目の共演が決まった。初めて共演したのは5年前のことに遡る。当時グレンは19歳、ミアは14歳だった。途中から恋人になる間柄で、歳の差は10歳という設定だった。類いまれな美貌で色気があり、当時から大人びて見られていたグレンが当時まだ19歳で、実年齢は5歳差だったことを後に知った視聴者たちは大きな衝撃を受けたものだ。それから5年、グレンの外見に大きな変化は見えないが、14歳の少女が19歳になった変化は大きいだろう。いや、そもそも会わなくてもその成長は日頃メディアで目にすることができた。ミアは映画の仕事だけではなく、有名化粧品メーカーのイメージモデルやファッション誌にも度々登場していたのだ。ただグレンは同業者はあくまで仕事相手としてしか見ないので、あまり関心がなかった。そのため現在の彼女を知らなかった。
今回二人が共演することになった映画は、ヴァンパイアの家系に生まれた少女と、さえない大学生の青年が恋に落ちるというラブストーリーだ。ミアがヴァンパイアの少女を、さえない大学生をグレンが演じる。さえない男をあえてグレンのような美青年が演じるのはかえって面白いというものだ。武器ともいえる美貌や存在感を封印して、自分とは似ても似付かない人間を演じる。視聴者に違和感を与えないことが重要になってくる。彼の演技力が問われる役柄だ。
クランクインしたのはその数週間後のことだった。
キャスト、スタッフが一堂に会し、ミアともその時五年ぶりに再会した。化粧をしてドレスアップしているせいか、グレンは最初彼女を見た時誰かわからなかった。少女の頃のあどけない面影は目を凝らしてみないとわからない。女性という生き物は魔性だ。なんと美しく化けるものだろうと感心と同時に畏怖の念を持ってしまうグレンだった。「禍根X」の時は役柄で赤かった髪は、現在はブラウンだった。シックで落ち着いた印象だ。意思の強そうな瞳はあの頃当時と変わらない。少女の頃から彼女は胆が据わっている印象だった。あの映画は無名の俳優を起用した作品で、彼女もその中の一人だった。彼女にいたっては無名どころか、その時までカメラの前に立つ仕事すらしたことがなかった。だがオーディションによって、見事その役を手に入れた。
無名の人間を起用した理由を監督は、イメージに捕らわれず、スクリーンの中で動く役者たちを他の誰かではなくその役そのものとして見てほしかったからだと語った。役の背景にあるその人物の人柄や日常を排除させるには、まだイメージの固まっていない無名の演者が最適だったのだ。この映画でデビューを果たした俳優のほとんどが今もスクリーンや舞台などで活躍している。
今回の映画に対する意気込みをミアはこう語っていた。
「今出せるもの全てをこの作品に捧げるつもりで挑みたい」と。
今作はヴァンパイアを題材にしたファンタジーとはいえ、これは密かに営まれる人間対ヴァンパイアという異種間の恋愛物語だ。派手なアクションは予定されていないが、当然のように濡れ場はあるだろう。彼女はまだ齢十九だ。男女の淫らな行為を演じた経験はなく、カメラの前で裸体を晒したこともないはずだ。だがそれすら厭わないと感じさせる強い意思が、その眼差しから窺えた。
物語の舞台は東欧の避暑地。撮影は古民家を借りて行われた。その外壁に撮影期間中だけツタを生やし、そのツタの緑色と植物の間から入る柔らかい木漏れ日が作品のイメージカラーにもなっている。ヴァンパイアというとダークなイメージの作品が多い中、今作は少し違っていた。それが淡い恋を象徴していると、後に今作を視聴した映画好きや評論家たちの間では評されることとなる。
クランクアップ後、その映画のプロモーションでグレンは来日した。土曜の昼時に放送している「王様のオフタイム」という番組にゲスト出演する。
◇20xx.9.6 AM12:00 番組名:王様のオフタイム◇
その時のVTRが流れる。
彼を迎えたのは背の高いハーフの女性だった。番組は二人がまず握手と抱擁を交わすところから始まる。彼女は日本ではおなじみの、映画とイケメンとビビットカラーをこよなく愛す、ビビ子という映画評論家だった。彼女とグレンの対談が始まる。
グレンが主演の映画「Too short love,Too short memory」――邦題「短すぎる恋。刹那すぎる記憶」についてビビ子が質問し、撮影秘話などをグレンが語った。
映像が番組レギュラーが集まるスタジオに戻る。
その時の様子をビビ子が語った。
「ショートムービーなんだけど、切なさと甘さと若者同士の危ういエロスのバランスが絶妙で素晴らしいの。映像が美しくてフォトブックを見てるみたい。
もちろんヴァンパイアの要素もあるけどホラーじゃなくて、神秘的な世界にスーッと吸い込まれていく感じで、ラストがすっごく切なくて泣けるんですよ」
初対面のグレンについては「とにかくイケメンっ! 全身からオーラが出てて、所作まで全身がイケメンなの。なのに人懐っこい笑顔がめっちゃかわいくて、即ファンになっちゃった~」
ビビ子の話を聞いて羨ましがるレギュラー陣。
「彼は演技もうまいしアクションも最高だから、これから役者としてどう化けていくかめっちゃ楽しみな俳優さんです」
いずれも好印象なグレンだった。
◆カルマだ。
さすがグレン。表情にまったく出さないとは。やはり役者は仮面を被るのが上手だな。
この時ある出来事によって心がボロボロに打ち砕かれた後だったというのに……
モテ男も堕ちる日が来たか?
イーーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ
ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ
ヒッヒッ――――――――――――……!