第一幕:王国崩壊
◆私の名はカルマ。他人の不幸を覗き見して、それを赤の他人に親切に公開するという、ある意味おせっかいな悪魔だ。まずは私の姿をお教えしよう。光沢のあるブラックの燕尾服を着た紳士風。性別は無いが、人間で言えば男に見えるだろう。スマートな身体は人間の掌に乗るほどの大きさ。スキンヘッドの頭ととがった耳、そしてこのしなやかな身体が不気味でなかなかセクシーだ。
ところで、そこの君。そう、君だ。他人のことが気になって仕方がないんだろ? 隠すことはない。本当は気になって仕方がないはずだ。
それは退屈なのか、今の自分の置かれている状況に満足していない証拠だろう。そんな時こそ私の出番だ。思う存分、味わってくれ。
他人の不幸は甘くて美味しいぞ? くっくっくっ……
手始めにある男の辿った運命を紹介するとしよう。
一人目のターゲットはこの男だ。
【FILE 1】
名前〉グレン・シャノン
年齢〉24歳
性別〉男性
国籍〉イギリス系アメリカ人
職業〉俳優・モデル
この男、グレン・シャノンは日本のあるバラエティ番組にゲスト出演した。その風景からお見せするとしよう。
◇20xx.6.26 PM8:00 番組名:浅葱ユリカの事情×2の法則◇
ここはテレビ局のスタジオ。
「えぇ、本日のゲストは海外からおこしの映画俳優、グレン・シャノンさんです」
カップスープというお笑いコンビの司会者が紹介し、彼らがスタジオに用意したイスに座る場面から番組が始まる。ゲストのグレンはダークカラーのスーツで決め、モデル出身で抜群のスタイルと美貌が際立っていた。緊張しているのか笑顔は小さかったが、口角が上がっていて愛嬌があり、とても好感が持てる。
「初めまして、浅葱です。よろしく」
浅葱というのはこの番組のコメンテーターで、占いやカウンセリングなどによりゲストの鑑定を行う女性である。この日は薄いピンクのスーツを着ており、いくらかソフトな印象だった。
「グレン・シャノンです。よろしくお願いします」
とグレンのコメントは以下吹き替えになる。浅葱とグレンが握手を交わし、お互い笑顔ではあったがスタジオ内の空気はどこか緊迫していた。
「映画で観るより随分小柄に見えるのね? もっとがっしりしてるのかと思ったわ。あたしと座高、そんなに変わんないし」
少しオーバー気味に目を丸くする浅葱。
「ちょっと立ってみてくださる?」
グレンはイスから立ち上がった。
「うわぁ〜こんなに背が高いんだぁ? 足が長いのね〜!?」
浅葱はグレンを見上げて仰天し、彼は少しだけ笑顔を見せた。
「身長何cm?」
「193cmです」
「そんなにあるの〜!?」
浅葱は更に目を見開き、二人ともまた着席した。
「じゃあ、始めましょうか……」
浅葱の持つ独特のムードがスタジオ内を重たい空気で包み込む。
「まず “女性関係のトラブル” に気を付けてください」
『!?』
衝撃を表す時の短い効果音が入る。
「職業柄もてるのは仕方ないけど、複数の女性と仲良くしすぎてるから」
「初っ端からまた、随分衝撃的な……?」
カップスープの土田が苦笑気味に突っ込みを入れた。
「――命に関わることだから」
『!?』
効果音
「彼はその女性達と友達感覚で付き合ってます。そうでしょ?」
「はい、そうですね」
グレンは間を置かずにすぐ返事を返し、否定しなかった。
「でも、女性のほうは違いますよ」
「違うというのは、女性のほうはどのように思っているということなんでしょうか?」
土田がつき止めるように問い掛けると、浅葱は知っていることのように説明する。
「女性のほうは彼のことが好きですよ。憧れのスターと親しくできるなんて夢のようなことでしょ? どんな風に御付き会いされてるかは分かりませんが、彼は皆に優しくて皆に愛されてます」
グレンは思い当たるのか、難しそうに表情を曇らせた。
「確かにみんなと平等に接するようにはしています」
「それは危険ですよ」
浅葱が鋭く言い放つ。
『!?』
効果音
「女のほうはあなたのことが好きなんだから」
『!?』
効果音
「一人の女性に絞りなさい」
『!?』
効果音
「駄目ですよ。みんなと仲良くして、恋人ごっこしてちゃ」
「それだとかなり遊んでる人みたいに聞こえるんですが?」
土田は冷や汗を掻くが、浅葱は否定して笑った。
「そうじゃないの。この人はね、まだ特定の人と付き合えないのよ。友達を集めて一日中でもパーティしてたいのよ」
「かなりのパーティ好きだと」
土田の相槌。
「だから、一人の人といても退屈でしょうがないんじゃない?」
「そうですね」
グレンが答え
「今度、是非僕もそのパーティに〜」
と手揉みしながらアピールするカップスープの梨田。
「お前の好きな合コンじゃねぇよっ!」
土田の厳しい突っ込み。
一方、二人を無視して浅葱はグレンに質問した。
「役者の仕事以外に音楽もやってるんですって?」
「はい、そっちは趣味の延長のようなものですが」
「へぇ〜」
「なんでも、グレンさんのご両親はオペラ歌手なんだそうで」
土田のプチ情報。
「そう〜じゃあ、あなたもオペラを歌うんですか?」
「いいえ。十歳の時までは父が作った合唱団にいましたが、今は仲間達とパンクバンドをやっています」
「パンク〜? え〜? 顔中にピアス付けて、こんな、こんな、激しいやつでしょ〜?」
と身振りを付けて訪ねる浅葱。
「へ〜え」
それを見て渋い顔のまま軽く吹き出す土田と普通におもしろがる梨田。
「ちょっとどんな感じか聴かせて?」
「え? 今ですか?」
戸惑うグレン。
「せっかくだから聴かせて?」
「先生、ここでパンクをやらせるんですか?」
土田も戸惑い、焦り気味に浅葱に訪ねた。
「何でもいいから」
と浅葱は軽く半ば強引に言った為、グレンは戸惑いながらもそれを承諾する。
「では、よろしいですか? あの、すいません。毎度のことなんで、お願いします」
苦笑を交えながら土田が言った後、グレンがアカペラで歌いだす。優しい中音域の旋律と程よいビブラートの響きが耳に心地良く伝わる。彼が選曲したのは意外にもバラードで、更に予想以上に声が綺麗で上手かった。
「あんた、良い声してるねぇ〜?」
浅葱は大絶賛し
「急にフレンドリー口調だな」
とぼやく土田。そういいながらも相方の梨田とともに、グレンの歌声にすっかり聞き惚れていた。
「こんなに良い声してるとは思わなかったわぁ。やっぱりオペラ歌手の両親の血を引いてるだけあって音感もいいし……もっと聴きたいわぁ」
「それはまたの機会にお願いするとして……」
興奮の冷め止まない浅葱を受け流すように、土田はなんとか話を締めくくった。
彼らは再び席に戻り、鑑定を再開する。
「結論に入るわね」
『!?』
効果音
「 “恋人を作りなさい” 」
『!?』
効果音
「もしくは、複数の女性と親しくするのをやめて音楽に専念しなさい」
「それはどんな音楽でもいいんですか?」
グレンが尋ねる。
「なんでもいいです。お好きなのをやってください。あなたは仕事や趣味をやることが一番楽しいはずです。恋愛は二の次でしょ?」
「う〜ん。そうですね……でも、何でわかったんですか?」
言い当てられ、グレンは驚きの表情で浅葱の顔を見詰めた。
「ふふ〜ん」
浅葱は、少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「とにかく、複数の女性と親しくしては駄目」
『!?』
効果音
「そのうち必ずトラブルが起きます。そして “命の危険” にさらされます」
『!?』
効果音
「断言します」
『!?』
効果音
「あなたが好き過ぎて、女性は歯止めが利かなくなります。あなたのことを独占したくなります。だから一人の女性に決めてください」
「……」
浅葱のクリアで真っ直ぐな目に、まるで心を見透かされたようにグレンは圧倒された。
「もう大人なんですから無理なんですよ、女と男の友情関係なんて。特にあなたは魅力的すぎます。女を弄んじゃ駄目」
今度は強い口調ではなく、優しい口調と表情で浅葱は言った。
「考え直さなければならないのですね……?」
グレンの顔から完全に笑顔が消えていた。
「そうしなければ、必ず悲劇が起きます」
『!?』
効果音
「……」
◆カルマだ。
グレンは番組で何やら不吉な宣告をされたようだな。かわいそうに……くっくっくっ……
では、続きをお見せするとしよう。
グレンはこの他、人気アイドルグループの番組にもゲスト出演。それ以外の番組では新作映画の宣伝を。ファンサービスの握手会や雑誌の撮影と厳密でハードなスケジュールを順調にこなし、アメリカに帰国した。
ユナイテッド航空の直行便に乗り、約9時間30分ほどでシアトル・タクマ国際空港へ到着するとそこからタクシーで自宅に向かった。彼の自宅は繁華街からだいぶ外れた場所にある。延々と続くハイウェイを抜け30分ほどして家に到着した。その外観はスターの家にしてはだいぶ地味で目立たない造りをしている。彼は玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい!」
ガールフレンドのアイリーンが出迎えた。
「待ってたわ」
とジェシカ
「ハ〜イ」
とルイーザ
メラニー、ジェーン、リンダ、クリスティーナ……
キスと抱擁の熱い歓迎。彼女達は皆ガールフレンドで、それぞれ社長令嬢やモデル、インストラクターなどだ。今日ここに集まっているのは、彼が帰国するのに合わせて皆スケジュールを調節したからである。
こういうのはよくあることで、彼は自宅にいてもほとんど一人になったことがない。休みになると彼女達ガールフレンドが現れ、安らぐこともできない――そう考えるのが普通だが、彼はそれを望んでいた。独りになることが苦手で耐えられない。ようするに寂しがり屋だが、ここまで来ると異常かもしれない。
彼はこれだけの人数とセックスをしたことはなかったが、その中の誰かと時々することはあった。それは一つのコミュニケーションであり、各自了承済みのことだった。この邸宅の中で一夫多妻制のようなものが成立し、一つの小さな王国のようなものが存在する。彼が特定の恋人を作らないのは寂しがり屋なのに飽きっぽいからだった。その為ガールフレンド達は彼に飽きられないようにとエステなどに通い、自分磨きを怠らない。彼はそんな彼女達をもちろん女性として扱っていたが、恋人とも言えない不思議な感覚しか芽生えなかった。
しかしこれだけの女性の出入りをパパラッチに激写されないのかと不思議に思うだろう。それには彼女達がそれぞれ天才的に知恵を発揮していた。変装などお手の物、男性と同伴したり意外と単純なからくりも多かったが、“運良く逃れられている”と言ったほうがいいのかもしれない。
グレンは二階の寝室へと階段を上がった。部屋に入ると出た時のまま服が脱ぎ捨ててあった。ガールフレンド達はお嬢様育ちが多く、片付けなどが苦手だ。料理教室で料理は覚えても、掃除は出来ない。せめてこの脱いだ上着をハンガーにかけてくれてもよいものだが。
「……」
彼はその服をハンガーに掛けてクローゼットにしまうとスーツケースに適当な服を詰め込んだ。そしてドアを開ける。
「ハ〜イ」
するとガールフレンドのアイリーンが腕組みをして部屋の前に立っていた。
「どこに行くの。また仕事?」
「ああ」
アイリーンは彼に迫るように近付いた。Gカップの豊満な胸。素肌に着たタンクトップにそのラインがくっきりと現れ、横からも前からも肉がはみ出して服が破けそうだ。この胸と大蛇のように開く大きな口にどれほど官能させられたことか。
「しないの?」
そう言い彼女が彼の股間に触れる。
「ごめん、急いでるから」
彼は断ったが彼女は彼の首に腕を回して強引に顔を引き寄せ、その唇を奪った。激しく吸引し、そのいやらしい音と舌で誘惑する。彼の腰に片手を回し、もう片方の手で髪を弄り、悩ましく身体を動かし……彼はそれに応じた。そして
「何でやめちゃうの?」
キスだけで終わらせた。彼は何も答えず階段を下りて行く。アイリーンはヒステリックに後ろで何か叫んでいたが、彼はそれを気に止めようとはしなかった。
階下へ降りると今度は他のガールフレンドに迫られる。
「どこに行くの?」
「今来たばっかりなのに!」
「あなたの好きなミートパイを焼いたのよ?」
しかし彼は
「帰って来たら食べる」
と言い訳してそのまま家を出て行った。
帰国してすぐの仕事はショーモデルだった。裏では忙しない衣装替えを、表では華やかに人々の注目を浴びながら、彼は堂々たるウォーキングと美貌で見事にそのショーを飾った。
「お疲れ〜!」
ショーの後さっさと着替え終えるとほとんどのモデルや関係者はそう言っていなくなり、同じようにグレンが控え室を出ようとすると携帯の着信音が鳴った。
Jane――ディスプレイーにはそう表示されていた。それはあの邸宅で戯れていたガールフレンドの一人だ。彼女はモデルで、時々同じショーにも出演している。180cm近い長身と品のある童顔で9頭身の妖精と言われていた。最近では日本のCMにも出演しているらしい。
その彼女ともあの家を出ることで縁を切ったはずだった。しかし彼が一方的に姿を眩ましたことを彼女が黙っているわけがない。そのことも想定していたが適当な言い訳が見付からず、通話ボタンを押すこを躊躇した。苛立ちで髪を掻きむしり、着信音が鳴り続ける携帯をバッグに閉じ込めるようにしまう。
「ハロー。ミスター・シャノン」
「!?」
グレンは驚愕した。特徴のあるソフトで少女のようなその声は、まさに今危惧した女性の声だったのである。恐れながらも首を巡らすと――そこに彼女が立っていた。
「……」
「久しぶりね? 最近あなたが家に帰らないから、みんな寂しがってるわ。いつになったら帰って来るの?」
ジェーンは彼の首に手を絡ませた。
「分からない」
グレンはその手を退かした。彼女は気付いてないのだろうか。怒った素振りも見せず、まだ彼があの家に戻って来ると信じているのか。それとも……
「?」
すると彼女は隙を付いて彼の唇を奪った。長身の彼女が11cmのヒールを履くと193cmの彼にも優に届いてしまう。
「!」
グレンは拒絶して顔を背けた。そんな気分ではなかったし、こんな現場を誰かに見られたら大変だ。パパラッチに追い回され、もしあの家での密会がばれたら、それこそ今後どうなってしまうか分からない。
しかし、ここは慎重にならなくては
「あの家には帰らない」
とはっきり言うべきか
「後でメールする」
と交わすのか……だが、ばれていないのなら
「“しばらく”あの家には帰らない」
これが正解だろう。と彼は思った。
「そう」
彼女の返事はそれだけだったのでグレンは少し安堵した。
◆カルマだ。
危険がじわりじわりと忍足で迫ってきたぞ。くっくっくっ……
さぁ、これが劇の始まりだ!
悲劇と決まった一人の男とそれを取り巻く女達の
運命の実話劇場――それをこの男はどう演じてくれるかな?
イーーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ
ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ
ヒッヒッ――――――――――――……!