You are never defeated as long as you don’t think the job is impossible.
低身長、おまけに童顔で長い黒髪を持つ、初対面ではほぼ確実に女性に間違われる男、ランディーニ=ロイル。
絹の様な白い肌とサファイアブルーの瞳を持つ十四歳の灰色の髪の美少女。
この二人が学院の食堂で一緒に食事を取るのはかなり珍しいと言えるでしょう。
人間、誰しも「限定」という言葉には弱いものです。
期間限定、季節限定、本日限定、エトセトラ、エトセトラ……。
似たような言葉としては「〇〇変わり」といったものがありますね。
日替わり、週替わり、月替わり、エトセトラ、エトセトラ……。
自分も例に漏れなく、そういった言葉には弱いタチです。
故郷に居た時は商店に行っては、やれコンポタ味のラクトアイスだの、キュウリ味の炭酸飲料だの、カボチャ味のチョコレートだの、ショートケーキ味の焼きそばだの、おおよそ何を思ってこんなトチ狂ったモノを作ったんだと文句を言いたくなるモノを割と好んで食べていた気がします。
むしろ普通に美味しかったら文句を言ってました。
……ドMじゃないですよ?
一種のスリルを求める行為ですね。
まあ何が言いたいかというと。
「先生、顔が死んでますけど大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと胃の内側から迸るこの熱い思いを堪えるのに必死で、表情筋まで気が回っていないだけです」
「ただの吐き気じゃないですか!」
まあ、ものの見事に自ら地雷を踏み抜きに行くという大変不毛な行為を未だに続けているわけで。
食堂でこの世の物とは思えない食事を取っていると、正面に座ってきたプリムラ君に不気味な物を見るかのような目で見られました。
その視線は自分の顔と、自分の目の前にある黄緑色と紫色の何とも目がチカチカする料理に向けられています。
「……なんですか、それ?」
「ああ、これですか。『月替わり定食 サレチノのメドヴォアゼ 夏仕様 氷点下の調』です」
むしろこちらのテンションが氷点下の調を奏でています。
ちなみに、メドヴォアゼとは、この大陸南部一帯で食べられる冬の料理です。ブイヤベースにぶち込んだトマトと豆、唐辛子などをコトコト煮込んだ寒い冬を乗り越えるためのものです。
不思議な甘みと辛味が混在しててとても美味しいのですよね。
そして今の季節は夏です。
そしてサレチノは、蜂蜜と生姜を瓶に詰めて熟成させた一種の保存調味料ですね。夏用と冬用の二種類があります。
で、このメドヴォアゼにぶち込まれているのは夏用のサレチノ。ええ、生姜の塊ごとですがなにか?
それがキンキンに冷やされて固まっています。それをスプーンでシャクシャクと崩して食べるのですが。
「この冷凍メドヴォアゼという先進的すぎる不快な食感と、冷やされた事による甘みの喪失、それを補うかのようにしてぶち込まれた全く調和しない蜂蜜味の生姜。控えめに言って最悪ですね」
冬の料理を夏に冷やすどころか凍らせるとはどういう了見か。ただ単に凍らせるのではなくて、きちんと食べやすいようにシャーベット状に工夫されているのが腹が立ちます。
「はあ……名前からして地雷感がこれでもかというほどに漂っているのに、なぜ注文したんですか」
プリムラ君は心底理解できないといった顔で疑問をぶつけてきます。
なので自分も至極真面目な顔で告げます。
「そこに未知があれば、それを探求することこそがヒトの命題だからです」
「……」
おっと、この冷たい眼差しはアホを見る目ですね。
「まあ、それはさておき。どうしてこうも、『限定』という言葉に人は惹かれるのでしょうね」
「うーん、私はそこまで『限定』って言葉に魅力を感じませんけど」
「そうですか? 女性とか特にバーゲンセールとかタイムセールとかやっていると目の色を変えて一目散に飛びつくイメージがありますね。まあこれは勝手な偏見ですが」
「本当に偏見ですねぇ。セールとかは男女関係ないですよね。そういう『限定品』って『希少性』っていう付加価値を付ける為の煽り文句じゃないですか。そもそもが私たち一人一人みんな違うんですから、刺激を求める人以外は好き好んで求めないですよ」
「ああなるほど……。多民族国家・多人種国家ですし、それぞれの自立の気が強いのがそういうのに惹かれない原因ですか」
「先生の故郷は違うのですか?」
「んー……そうですねぇ。自分の故郷は基本的に単一民族で画一的な社会なので、その中で『いかに独自性を出すか』みたいな風潮がありますね」
「そんな付加価値で差別化を図らなければならない程に画一的なのですか?」
「そうですね。幼少の頃から定型化された教育を受けて同じような服を着て……。ああ、戦場の騎士達が鎧に一人一人固有のリボンを付けているのと似ていますね」
戦場での互換性というのは重要ですが、いざという時に「こいつ誰?」となると本末転倒なのでマントの色とリボンの色で区別しているのですよね。
「なんか、個性が潰されそうなところですねぇ」
「ああ……大衆に迎合することを良しとするクセにその中で『特別』を求める。なんとも面倒なところでしたよ」
悪しき文化だと思いますよ。少しでも人と違うことをしていれば後ろ指を指される。自分と妹は半分ほど外国の血が混じっていたので、よくからかわれたりもしていました。
それで妹を守るために道場に通い、いじめっ子を叩きのめして。そしたら友達が居なくなりました。ちくしょう。
……そういえば、そろそろ妹は結婚しているのでしょうか。故郷を出て十三年。あちらもそろそろいい歳です。みてくれだけは無駄にいいですからね。中身は自分でもドン引きするくらいオッサンみたいですが。
「……先生、『面倒』とか言っておきながら、結構、故郷のこと気に入っているんじゃないですか?」
「え?」
「いや、だって先生ってば普段見せないような顔してましたもん」
「そうですか?」
スプーンを皿に置いて顔をぺたぺた触ってみます。もちもちの食感が指先に伝わるだけでした。
単発SSです。最近暑くなってきたので。