不細工が困った話。
冷蔵庫に入っていたポーションを間違って飲んだ不細工の話。
ただ今、洗面所にて絶賛困惑中である。
分かる事は口に入れる物はよく確認しようということだ。
「どうしたものか……」
ため息を吐く。
それすら、艶やかな行為に見えるのだから不思議だ。
いや、本当にどうしようか。
今、直面している難事について相談できる相手がそうそう居ない。
これは世界の生き物の中で見れば不思議でもないことではあるが、人間の中で見れば世界初なのではないだろうか。
神話とか伝承を探せば前例はあるだろうが、確固たる事実として記録できるのは自分だけだから実質世界初だ。
実験動物扱いされそうだから、口外できないが。
「こういう時頼れるのは……あいつらかー」
普段から様々なトラブルに巻き込んでくれる奴らだ。
偶にはこちらの事情に巻き込んでも罰は当たらないだろう。
「それどころか、更に事が大きくなるかもしれないか……」
とはいえ、背に腹はかえられない。
だが、普段から巻き込まれる度に驚かされる身からすれば、素直に頼るのは何か癪だ。
「――っあ、そうだ」
普段からの澄まし顔を崩すことができるかもしれない。
みみっちい男と笑ってくれても構わない。
普段から心臓に悪いことに巻き込まれているのだ。
少しくらい驚かせたって偶には良いだろう。
そう決めて携帯電話を操作する。
「た、の、み、が、あ、る、っと」
どんな顔をするか楽しみだ。
●
「電話ではなくメールとは珍しいですね」
「そうだな。普段は文字を打つのが面倒とか言っているくせにな」
今日は雲一つない心地よい晴天だ。
そんな空の下を、愛しの妹兼恋人兼嫁の完璧義妹と共に歩くのは至福の一時だ。
「兄さんと外に出かける時は、いつも私たちが誘いますから何だか新鮮ですね」
「そうだな。普段はゲームや小説ばっかりで引き籠っているからな。槍でも降るんじゃないか?」
「まぁお兄様ったら」
うふふ、あはは、とハートマークが語尾に付くくらい幸せだ。
この幸せを誰かに分けてやりたいね。
とりあえず道端ですれ違う人たちに幸せエネルギーを送ってみた。
するとエネルギー過剰なのか、近くの壁を殴って発散していた。
どうやら俺たちの生産する幸せエネルギーは個人に分配するには濃すぎるようだ。
「しかし、相も変わらず今日も綺麗だな、我が義妹は」
「好きな人には綺麗な姿を見せたいと思うのは恋する乙女として当然ですから」
うむ、一日に千度見ても足りない位にうちの義妹は綺麗で可愛い。
親友が昔、『大和撫子とか淑女とか清楚って言えるよな、外見は』と評価していたのを思い出した。
適切な表現だと俺も思う。
可憐で触れば消えてしまいそうな妖精たる義妹だが、実は結構豪胆なところがある。
俺や親友が、肉体と道具で殴りあうとすれば、彼女は言葉と情報での殴りあいに特化しているといえる。
俺達がチンピラや悪魔の眷属、果ては宇宙連邦兵を相手に大立ち回りしている間に、総長や悪魔、総司令と舌戦を繰り広げていたのが彼女だ。
命掛けの状況で、他の追随を許さない才覚と眉一つ動かさないポーカーフェイスを武器に立ち回るのが彼女だ。
親友もそうだが実戦を経験する度に研ぎ澄まされているのが恐ろしくも頼もしい。
「あ、そろそろ目的地の駅ですよお兄様」
家から交通機関に近いのは最良の条件ではあるが、至福の時間が短くなってしまうこのジレンマ。
「ああ、たしか駅前の広場で待っているって言ってたな」
家の近所はいわゆるベットタウンである。
コンビニやスーパーなどあるが、やはり都心比べると不便ではある。
そのため、駅周辺は平日はともかく休日も待ち合わせスポットとして人は多い。
「何でしょう、あの人混みは? 駅前でイベントがあるなんて話は聞いていませんけれど……」
義妹の言葉を肯定するように人混みができていた。
よくよく観察すれば広場中央のオブジェを中心に取り巻いているようだ。
「まさか兄さんの仕業ですか?」
「それはないだろう、あいつは目立つのが嫌いなタイプだぞ」
「ですよねぇ。でも、それならば一体何が起こっているのでしょう」
「あいつが先に来ている筈だから、詳しいことはあいつに聞けば分かるだろう」
漏れ出る声を聴く限り事故などの悪いことではないようだが。
むしろ綺麗や美しいという単語が幾つも聞こえてくる。
正直、今ここで声を大にして張り上げたい。
うちの嫁が世界で最上の美だと。
でも、それをすると義妹からの容赦のない鉄拳と親友からの抉るようなボディブローを食らうのでお口チャックだ。
見ればほら、いつでも殴れる体勢になってる。
口を開いた瞬間がTHE・ENDだ。
とはいえ、顔を真っ赤にして殴ってくるのもまた可愛げがあって一興だ。
親友は漆黒の眼差しで抉りこむので最恐だが。
「あいつを探すついでに何が起きているか見てみようか」
「そうしましょう。私も気になりますし」
人混みをかき分けて俺たちは見た。見てしまった。
よく分からない生物のオブジェ。
その土台に拵えたベンチ。
そこには、
「……なるほどね」
「わぁ、綺麗です……」
我が義妹に勝るとも劣らない美少女が居た。
●
そんな彼女は周囲を気にせずに読書に没入していた。
本の内容が面白いのか薄く浮かんだ笑みを浮かべていた。
「ふふっ」
ふと零れた微笑に男達の目は釘付けになる。
男達を引き寄せるその美貌は傾国の美少女といえるだろう。
だが、
「なーんか違和感があるんだよな……」
長年この町に住んでいるが彼女を見たことは無い。
引っ越してきたという話も聞いていないので、この町の住人ではないだろう。
しかし、強烈な既視感を覚えてしまう。
「お兄様?」
「あーいや、何か見覚えがあるような気がしてな」
「それは少し前に兄さんが買った外出用の服装だからじゃないですか?」
「あー、それかー」
疑問はあっさり解けた。
服を買い換える際、服装に自信が無いという親友のため俺と義妹の3人で相談して買った服だ。
見ればその時買った服と同様のものだ。
服装が被るとは珍しいこともあるものだ。
派手すぎず無難に纏めた男物の服装であるが、彼女は身長もあり、スタイルも良いせいか自然に着こなしていた。
着る人間が変わると印象が変わるものだと感心していると一人の男が彼女に近寄った。
「ナンパか?」
見るからにチャラチャラした男は明らかに下心の篭った目をしていた。
「ねぇ彼女、待ち合わせ? 良かったら時間潰しに近くの喫茶店でお話しない?」
瞬間、彼女の雰囲気が変わった。
本から顔を上げた彼女に笑みは無い。
「お断りします」
鋭い三白眼で男を見つめ、真顔で即答する彼女。
纏う雰囲気は不満げなものに変わっていた。
「そんなつれない事言わないでさ、飲み物とか奢るよ?」
それでも男も引かない。
これ程の上玉を簡単に諦めたくはないのだろう。
頑なに断り続ける彼女にしつこく迫る男。
そのやり取りは徐々に加熱し、
「いいから来いよ!」
痺れを切らした男が彼女に手を伸ばす。
だから、
「――そこまでにしとけよ」
手を掴んで抑える。
流石に危ない事は見逃せない。
数瞬の睨み合いの末、男は周囲の目に気付いた。
「……チッ」
分が悪いと判断したのか男はその場から離れる。
「全く、危ないところだったな」
男を掴んでいたとは反対の手を放す。
「何だ気付いていたのか」
放っていれば顎を打ち抜かれた男が地面に転がっていただろう。
「結構な使い手であることは本を読んでいた時から分かっていたからね」
何せ隙が全く無かったからだ。
本を読みながらも周囲に気を張る程の使い手はそうは居ない。
知る中でも親友や道場の人たちぐらいだ。
「ほう」
何故か笑みを浮かべる彼女。
まさか、戦闘狂の類なのか。
そういうのは親友にお任せしたいのだが。
「せっかくの休日なのに災難でしたね」
対応に困っていると義妹がやってきた。
よし、理由を付けてこのまま義妹とフェードアウトしよう。
試合を申し込まれても面倒だ。
この手合いは関わらないのが吉だからな。
「それじゃ、俺達はここで――」
「――助けてくれてありがとー!」
言葉を遮って腕を絡めてきた。
豊かな双丘に埋もれた腕がその感触を返してくる。
「ちょっ!?」
「ああいう手合いは苦手でねぇ、危ないところを助けてくれたお礼に何でもするよ?」
それどころか更に密着してくる。
まるで義妹に見せ付けるかのように。
「なっ、いやこれは違うぞ!」
義妹を見ればジトっとした目で俺達を見ている。
このままでは変な誤解をされてしまう。
「ちょっと離し――っ!」
彼女の目を見て分かった、これは故意犯だ。
だって目が物凄い笑っている。
具体的には悦びの方向で。
何故だか知らないが勘弁して欲しい。
臍を曲げた義妹を宥めるのは割と大変だからだ。
力尽くで引き離す事も視野に入れた時、義妹が言った。
「そんな事してますと、あとで悶えることになりますよ姉さん」
『え?』
思わず出た声が彼女と重なる。
「いや、姉って……ええぇ?」
俺達と義妹の交友関係の中で姉と呼ぶ者は居ない。
義妹を引き取る前の家でも一人っ子だった筈だが……。
俺と同様に混乱している彼女を置いて義妹は答えた。
「だって、女性なのに兄さんは合わないですよね? なので姉さんです」
俺達は固まった。
その直後の事は思い出したくない。
とりあえず、親友の黒歴史がまた一つ増えたとだけ言っておく。
●
ちなみに、義妹が親友だと見破ったことについては、
「何で親友が女になっているって分かったんだ?」
「お兄様と兄さんの事で私が分からない事なんてありません」
凄くふわっとした答えが返ってきた。
それが当然という顔をしているので何度聞いても答えは同じだろう。
親友はなんともいえない顔をしていたが、俺の顔も似たようなものになっているだろう。
義妹には嘘が通じないという事を知った日であった。