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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロマンチスト閣下〈短編〉

下ネタやソレを匂わす発言が多々あるため一応R15。描写はないのでR18ではありません。

ボーイズラブタグは同じくそれを匂わす発言があるため付属しています。基本はNLです。

また、女性に対して失礼な発言もございます。

主人公は口が悪いです。

以上が地雷という方はブラウザバックを推奨します。

私にとって「ソレ」は、愛すべき者との育みであり、愛の結果である。────エリザベート・クラックハース



******



エリザベート・クラックハースはブサイクである。豚鼻で筋肉質、豚やオーク等と揶揄されるのもしょうがないと言える。だが、彼女にとってそれらはあまり重要ではない。無いものは無いのだからと諦めてしまえる彼女はある意味潔い。

そんな彼女が最も重要とする事柄は何か、と問われればこの砦に滞在しているものならば誰でも答えられる。


「私は愛する者との恋を推奨する。愛の無い○○○(ピー)などクソ食らえ!」


以上が、彼女がこの砦に来た際に叫んだ言葉である。

誤解の無いように伝えたいのだが、彼女は確かに変人ではあるが狂人ではない。意味もなく以上のような発言をした訳ではない。


「何だ、女か。見目は悪いが、まぁいい。ヤらねぇ?」


彼女を見た開口一番の言葉である。もちろん、この台詞を吐いたクソは彼女に殴り飛ばされ、見事に馬の糞にまみれていた。馬小屋の前で騒ぐからこういうことになるのだ。そして、口を開いた彼女が言ったのが先程の言葉である。彼女の叫びは砦全所に響き渡り、彼女の来訪を知った彼らは例外無く聞いていた。

堂々と告げる彼女も彼女だが、これに懲りた様子もないクソもクソである。


これ以降も続く攻防は現在まで、彼女の勝利で終わっている。



******



エリザベート・クラックハースの頭は現在、怒りに満ちていた。それもこれも全ては目の前の唾棄すべきクソが原因である。こんなのでも中隊長であるというのがさらに彼女を苛つかせるが、そこは大隊長である、それまでの苦労を思い出し必死に怒りを収めようとする。

そんな彼女の苦労も余所にクソ──第二中隊隊長グラン・ツリンスは己の欲を隠そうともせず面倒くさげに口を開く。


「だーいたいちょー、いい加減にしてくれよぉ。あんなんじゃ、ここにいる全員が満足できるわけねぇだろぅ」

「うっせぇな、テメェ等で勝手に自家発電でもしてろよクソが」


結局は怒りを堪えきれずにこうなるのである。普段はもう少し丁寧な口調のエリザベートだが、この男相手だと取り繕うのも馬鹿馬鹿しい。いや、他の連中も大概ではあるが。

グランが言っているのは先の戦争に対する報酬の話だろう。とは言ってもこの男が出てくる時点で金や勲章の類いではないことは明白だ。


「百は越えてる兵士に十五、六人はねぇだろうよ」


やはりこれである。


「……元々、それ目的で国に要請してる訳じゃない。あくまでこの砦の召し使いとして喚んでるんだ」


まぁ、そんな建前は向こうも気づいてはいるんだろうがな。それをグランも理解しているようで納得はしない。


「そこをどうにかすんのが大隊長だろう。部下の不満が爆発してからじゃ遅ぇんだぜ?」


分かっていて言うのだから腹が立つ。

この砦は一番近くの村でさえ馬車で片道一日半もかかる。戦時中は長期の休みは取れないために、溜まっているものが多い。だからこそ、報酬で召し使いを呼ぶのだ。王都には女性軍人も少ないとはいえ居ることには居るのだが、ここに来たならば必ず使い潰される故にエリザベート以外はいない。召し使いはそのための応急処置と言える。

もちろん、エリザベートとてこのような人身御供は忍びない。だが、溜まってる連中を放って置く方が危ないのだ。実際、ブサイクなはずのエリザベートでさえ、何度その危険が身に迫っただろうか。特にクソ。要するに背に腹は代えられないのである。死者は出ていないのだから許してほしい。


「元々、一時的な措置だ。ローテーションで休暇は与えられている。後は近くの村だろうが王都だろうが好きにすればいい」

「オイオイ、それこそここの野郎共を舐めてるぜ。王都じゃ男は狼っつー言葉があるの知らねぇの?」

「阿呆め。ここじゃ男は畜生っつーんだよ。そのまま畜生道に堕ちやがれ、クソ」


その後もぐだぐだぬかすクソを無視して部屋から追い出す。全く、事務仕事もろくに出来やしない。先の戦争での書類が未だ残っていた。ペンを取り、書類に向か──おうとしたところでまたしてもノックの音が響いた。


「入れ」


そう言うと入ってきたのはクソではなく、バカである。

もっと面倒なのが来た。無意識に顔をしかめれば、気にした風もなく相手は口を開いた。


「ヤらせろ」

「氏ね」

「何故だ」


この知能指数の全く感じられないバカは、第三中隊隊長ヨワン・アリスタルである。一に性欲二に性欲、三四とばして五にご飯という正真正銘のバカである。これならばクソの方がまだ話が分かる。こいつは理屈じゃない、本能で迫るのである。押されれば食われる。常に攻めの姿勢を求められるのだ。これだからクソよりも疲れる。


「テメェの飼い犬とヤってろ」

「飽きた」

「そういえばク──グランのやつも溜まっていると言っていたな」


あっさりと売る。何処かでクソが喚いているような気がしたが、問題ない。むしろ面倒が片付いて一石二鳥だ、実に喜ばしい。


「先程、ここを出たばかりだ。探せば近くに居るだろう」

「分かった」


バカが出ていき、またも静かになった執務室。数分後に汚い悲鳴が聞こえた気がした。

バカは男であろうが女であろうが気にしないが、クソは一丁前に女しか抱かない。今頃全力でバカから逃亡していることだろう。ざまぁ。

そうして時折破壊音が響く中、書類にサインしていく。クソが不幸な目に合っていると思うと心なしか筆が進む。


「よし」


最後の書類にサインし、筆を置く。大きく伸びをすると、バキバキと音がした。窓の外を見れば、太陽はすっかり沈んでいた。


「そろそろ夕飯か」

「大隊長」

「うおぉォッ!!」


予見なく届いた言葉に椅子から転げ落ちそうになりながら窓から机の前へと振り返る。クソ、バカ、と続いてそこに立っていたのは空気だった。


「何だ空気。いつからそこにいた」

「少し前です。それから私にはサシャ・リープという名があると何度言えば──」


この空気はクソやバカよりも遥かに大人しい。大人しすぎて空気と化す。実際、幾度の戦場を潜り抜けてきたエリザベートでさえ、声をかけられるまでその存在に気づけなかった。丁度気を抜いていた、ということもあるが戦場だろうと少し気をそらせば途端に所在が掴めなくなる。

これで第一中隊隊長なんだから本当に困る。


「で、何の用だ空気」

「……貴女って本当に話を聞きませんよね。私だってそれなりに存在感あるはずなのに。他が酷すぎるせいで気づかれないって……」


要件を聞こうとするが、今度は床に手をついて落ち込みだした。あぁ、これはこいつに珍しい面倒なパターンだ。こうなると、クソ共とどっこいどっこいになる。


「あれですかね。私を認識しようと思わない危機感の欠如が原因でしょうか。だったら簡単ですね。大隊長に私の存在を知らしめてやりましょう」


ブツブツと何か呟いていたかと思えば、何かを決意したように勢いよく顔を上げる。


「よし。ヤりましょう」

「帰れ」


問答無用で部屋から追い出した。



あれから、色々と面倒になったエリザベートはまだ生き残っていたメイドに自室まで食事を届けてもらい、その日はそのまま自室にこもった。


翌朝。

憂鬱な面持ちで執務室にやって来たエリザベートを迎えたのは揃ったあん畜生どもである。絶望した。


「で、何の用だ、揃って。パーティか何かか?」

「なるほどなぁ、乱こ……」

「違います!」


クソの台詞を遮り、空気が叫ぶ。そういえば、空気は昨日みたいにさえならなければまともだったな。

バカはボーっと遠くを見ていた。朝に弱いらしい。寝癖そのままだ。

空気が咳払いをして注意を集める。


「昨日、大隊長に伝えようとして部屋から追い出されたのですが──」

「部屋から追い出されたのかよ、阿呆」

「貴様もだろうが!……ゴホンッ、追い出された訳ですが」


嫌な予感がした。


「王都より、緊急召集の命が下されました」





「トランシード領トラン砦大隊長エリザベート・クラックハース、中隊長サシャ・リープ、グラン・ツリンス、ヨワン・アリスタル、遠方からの帰還ご苦労であったな」

「はっ、いえ、陛下の命とあらば火の中水の中であります」

「今夜、宮殿で祝勝のパーティが開かれる。勝利の立役者である貴殿らにも参加頂こうと思ってな」


頭痛がした。

ドレスなどはこちらで準備した、という陛下の声を後にエリザベート他三名は専用の控え室に戻ってきた。ソファに腰掛け、膝に肘をつき指を組む。


「お前ら……分かってんだろうな」

「はい、貴族の方々に失礼の無いよ──」

「おーけー。ヤれば良いんだな」

「任せろ」

「テメェ等(ピー)すぞ」


やはりクソ共は黙っちゃいなかった。

一緒にするな、と空気が喚くがお前もハメを外せば似たようなものだ。


「いいか、お前ら。絶対に余計なことはするなよ?するなよ!?」

「グラン、これはフリか?」

「いや、止めとけ。これはマジだ。死ぬぞ」

「何で私まで貴方たちと一緒に……」


時間になり、各々、用意されていた服に着替え会場に着いた。

気が重くなる。

城の使用人によって扉が開けられる。中に入ればザワザワとした声に混じり不快な金切り音が聞こえた。


「まあ、トラン砦の方々じゃありません!?」

「ヨワン様だわ!」

「リープ伯爵のご子息までっ」

「あぁ、グラン様素敵」


きらびやかに美しく彩られた貴族令嬢方や奥方までもが色めき立つ。その声に思わず顔が引きつった。


「こんなのの何が良いんだ」

「顔」

「顔だな」

「顔ですね」


三人ともが迷うことなく声を揃えて答える。

そうなのだ。まことに不愉快なことにクソ共は例外無く顔が良い。

バカは、緩くパーマのかかった亜麻色の髪に妖艶な紫の瞳。垂れた目元には色気を顕すかのように黒子が一つ。整った鼻筋に透き通るような肌をしている。瞳の色に合わせた濃い紫のスーツが白い肌を浮き彫りにさせよく似合っていた。言いつけを守っているのか辺り構わず女性に迫ること無く、向けられる視線にふわりと微笑み返している。


「いいい今、私に微笑みましたわ!」

「いえっ、わたくしです!」

「私ですわ!」

「だからそれが余計だと……」


さらに色めき立つ声にため息が溢れそうになるが、抑える。気を取り直し空気へと目を向ける。

空気は、市政に住む女性なら誰もが想像するであろう理想の王子様像を地でいっている。黄金に煌めく髪とエメラルドのように輝く瞳。苦労性故の柔らかな雰囲気に似合わず意思の強そうな凛々しい眉。こちらは深緑のスーツを見事に着こなし、遠い目をしていた。しかし、そんな様子でも女性たちは嬉しいのか、目が合った合わないではしゃぐ。


「ワイン頂いてもよろしいでしょうか」

「止めろ。三人はさすがに御しきれない」

「お前、酒癖悪いからなぁ」

「……肉」

「空気、出番だ」


早速、どこかに行こうとしたバカを空気に押し付ける。何で私が……、と言いつつもバカの後を追っていった。その場に残ったのはエリザベートとクソである。


「おっ、あそこのねーちゃんレベル高ぇ。ヤらせてくれねぇかな」


去っていく二人を気にせずクソ発言をかますクソである。クソの視線の先ではエリザベートと違い、小柄で子リスのような可愛らしい雰囲気の女性が一人佇んでいた。迷子にでもなったのか、おどおどと周囲に視線をさ迷わせている。そして何かに気づいたのかピクリと肩を震わせるとこちらを振り返る。クソの舐め回すような視線に気づいたらしい。クソと目が合うとポンッと一気に顔を赤くしていた。


「これは……イケる」

「止めんか阿呆。まだ、王に面通しもしていないだろ」

「さっき会ったじゃねぇか」


つまらなそうにこちらへと視線を寄越すクソ。

こいつはバカや空気のような正統派な美形、というよりかはワイルドといった顔立ちである。短く刈り込んだ黒髪に何もかも見通すような灰色の瞳。造形は二人と同じく整っているが、薄い唇から見える八重歯が野性味を強くさせる。灰色のスーツを身に纏い、日に焼けた浅黒い肌が際立つ。

首に手を当てため息を吐く。その気だるげな仕草に女性たちが熱い視線を向けていた。


「そうは言うが、形式というものは重要だ。それさえ済ませれば後は好きにすれば良い」


クソから視線を外し背後に目を向けると、空気に引き摺られたバカが二人のもとへとやって来ていた。全員揃ったところで丁度よく、陛下の登場が告げられる。


「皆の者、今宵は無礼講じゃ。此度の勝利を皆で祝おうではないか!」


陛下の開催宣言の後、陛下への挨拶のための列が出来る。それに並びながらクソに言った台詞を空気たちにも伝える。


「ただし、ここでハメは外しすぎるなよ。やるなら別室でな」

「ん」

「はい」

「……」

「おい、ク──グラン?」


陛下が近づいてきたためクソ呼びを改める。

振り返れば、何事か不愉快そうに眉間に皺を寄せていた。もう一度問いかけるか迷うがそこで順番が回ってくる。


「では、今宵のパーティを楽しむと良い」


挨拶が済み、今度こそ別行動になる。バカは真っ先に料理へと突っ走り、空気は別室へワインのボトルを引っ提げ消えていった。


「お前は行かんのか」


どこに行くでもなくその場に佇んだままのクソ──グランへと声をかける。ただでさえ鋭い眼光が今は人でも殺しそうな程だった。


「良いんだよ。今は俺の担当だからな」

「は?」


意味が分からない。


「何を怪訝そうにしてんだ。……あぁ、そういやあんたは気にしねぇ質だったな」

「あ?」


何でもねぇよ、とまたつまらなそうに視線を外し嫌なものでも見たのか顔をしかめる。視線の先を追うが、女性たちが立っているだけで特に何もない。女性と見ればヤろうとするこいつらしくもない。

それからしばらくの間はグランが後をついて回った。オイ、本格的にどうした。


「ん」

「おう」


野菜の並ぶテーブルで料理を眺めている最中、声がしたと思えばいつの間にか背後にバカ──ヨワンが立っていた。手には食べかけと思われる肉類が皿にてんこ盛りにされている。グランはヨワンの声に答えると入れ替わりに別の料理のあるテーブルへと歩いていった。


「……うまそうだな」

「食うか?」


口をもごもごとさせながら皿を差し出すヨワン。立ち去る気はないらしい。料理に罪はない。ありがたくご相伴にあずかることにする。うん、やはり、うまいな。

と、そこで気づくが常日頃からボーッとしていることの多いこいつらしくなく周囲に気を張っているようだ。

変なものでも食べたのか。


「だから、一体どうしたんだ」

「ん?」


聞いたところで首を捻るだけである。

さらに時間も進み、パーティもいよいよおおずめとなった。そろそろ足が限界だ。慣れない靴は履くものではないな。


「別室で休憩するが、お前はどうする?」

「いや……なら着替えた場所、控え室にするといい」

「あぁ、元よりそのつもりだが……」


ヨワンはまだ料理を食べるつもりらしく会場に残るようだが、出口まではついてきた。じゃあ、と言って去っていく後ろ姿を見つめる。

だから、どうしたんだ。

首を捻りながらも扉を潜ると疲れが一気に出てきた。すれ違う使用人たちの目もあるため疲労を押し隠し、部屋まで戻る。滑り込ませるように扉を抜けると大きくため息を吐いた。


「お疲れ様です」

「何だ。お前もここだったのか」


空気──サシャはソファに腰掛け、持ってきたワインのボトルを開けていた。顔がそこまで赤くなっていないことから、それなりにセーブしていたようだ。実のところ呑兵衛のこいつらしくない。


「お前ら三人、何企んでる」

「はい?」


一人ならまだしも、三人共とはおかしすぎる。どうせくだらないことだろうが。


「……何もないですよ。特に貴女は気にしないでしょうし、こちらの自己満足です」

「はぁ?」


いいから飲みましょう、と無理やり酒に付き合わされる。仕方なくソファの対面に腰掛けた。


「あ、うまい」

「でしょう」


メイドの方に交渉して手に入れたんです、とサシャは得意気に語った。日頃無下に扱われている反動だろうか。カワイソウニ。

そうして飲み進めていくことワイン三本。


「──ですからぁあ、私は空気でないとぉお、何度言ったら気が済むんですかぁあっ」

「お、おう」


しまった。絡み酒だったこいつ。


「大体、グランもヨワンも面倒ばかり私に押し付けてぇええ。……大隊長も大隊長ですよっ少しはこっちを頼るとか──」

「サシャよ、水を飲まないか。飲むよな。よし、私が直々に持ってこよう」


そう言ってさっさと席を立つ。サシャの引き止める声が聞こえたが、無視して部屋を出た。使用人にでも水を頼もう。バケツ一杯。

そう決め、辺りを見回せば丁度一人のメイドが廊下の角を曲がるのが見えた。


「すまない、君、水を……」


くれないか、と声をかけようとしたところでけたたましい嘲笑が響いた。

見れば、メイドの他に幾人かの令嬢がいるのが確認できる。その中には先程グランがヤろうとした子リスの子もいた。


「あの噂は本当だったのですね。『トラン砦のオーク』!あの三人の方々と肩を並べているのを見たときは思わず笑ってしまいそうになりましたわ!」


身に覚えのある話にピタリと動きを止める。


「よくあんな見目で人様の前に出られますわよねっ私だったら恥ずかしくて死にたくなります!」


子リスのように可愛らしかった顔は厭らしく歪められていた。

あの男も人を見る目がないな。いや、ヤれれば別にどうでもいいのか。であれば、この子の方が見る目がないらしい。


「グラン様たちも本当に可哀想ですわ。あんなオークにこき使われるなんて!」


噂話にご本人登場程冷めるものはないだろうし、ここは引き返して別の使用人をあたるとしよう。

そう思い、後ろに退いた背が何かにぶつかる。


「あっ、すまな──」


言いつつ振り返った先には般若がいた。オバケ屋敷か。

冗談は程ほどにグランへ声をかける。


「おい、顔が般若だぞ」

「サシャはどうした」

「それなら部屋で酔いつぶれて──」

「使えねぇ」

「サシャが泣くぞ」


苛立たしげに髪をかき回し、足音荒く令嬢たちに近づいていく。


「おい、グラン──」

「テメェ等、いい加減にしろよ」


大きくはないが怒気の込められた言葉は重く響く。戦場でのグランに慣れているはずのエリザベートでさえかけようとした声を止めたのだ。その怒気を向けられた令嬢たちは一様に顔を青くさせて固まっていた。しかし、そのうちの一人がグランの背後にいたエリザベートに気づくと、瞳に怒りの色が過る。


「お言葉ですが、何故グラン様がそのようなことを?そちらの方に命じられたのであれば──」


ドンッ、と令嬢の言葉を遮った拳が廊下の壁へと突き刺さる。顔の横に拳が突き立てられた令嬢は今度こそ顔を真っ青にしていた。


「命じるだぁ?この女はそんなつまらねぇこと命じやしねぇよ。これは俺が勝手にやったことだ。文句があんなら俺に言いやがれ」


こいつを思って言ったことに逆上されるとは思っても見なかったのだろう。真っ青を通り越して白くなり始めた令嬢がさすがに哀れに思えてきた。


「おい、グラン。その辺にしておけ。王都の令嬢にその殺気はきつい」

「チッ」


苛立ちを反らすように一つ舌打ちをすると、控え室の方へと引き返していく。

後に残るのは疲れたようにため息を吐くエリザベートと思い出したように呼吸を繰り返す令嬢たちである。


「あー、何だ。お前たちも噂話は勝手だが、人の通るようなところでするもんじゃない。それ以外でなら噂話だろうが陰口だろうが好きにするといい……私もこれで失礼する」


微妙になった空気を前にこれだけ言いきったエリザベートを褒めて欲しい。場の空気は実に冷えきっていた。やはりご本人登場はやめた方がいいな。

控え室の扉の前ではグランが腕組をして立っていた。なかなか戻ってこないエリザベートを待っていたらしい。 ようやく戻ってきたエリザベートに口を開──


「お──」

「だーいたいちょーぉおお!!」


──こうとしたところで目の前の扉が勢いよく開かれた。開いた扉の奥からサシャが半泣きでエリザベートに跳びついてくる。


「どこに行ってたんですかぁあ!心配したんですよぉお!!」

「テメェ……ッ」


遮られた上、無視されたかたちとなったグランは再び般若の形相になる。


「どうした。何かあったのか」


そんな状態にも声をかけてきたのは相変わらず両手に料理を引っ提げたヨワンである。


「おい、ヨワン。この馬鹿が酔いつぶれやがったせいで作戦失敗だわ!」

「なんと」

「ごめんよぉおお!!」

「──作戦?」


置いてきぼり状態で話を進める三人の言葉にエリザベートは首を傾げる。

グランは口を滑らせたことに気づいたのか思わず、といったように口を押さえる。


「どういうことだ。説明をしてもらえるよな──三人共?」


低く響いた声音に、グラン他二名も冷や汗を流しながら固まっていた。





「……つまり、何か?私の精神衛生を保とう作戦?」

「厳密には、私たちがとてつもなく不愉快な気持ちになるので後手になるより先手を打とう作戦、です」


話を聞くうちに酔いが覚めたらしいサシャが小さく縮こまりながらも答える。何だその、えらく長い作戦名は。

要するにエリザベートがガキのような悪口を聞かずに済むようにさりげなく誘導しようという話だったらしい。だからこそ、パーティでは交代で人がついていた訳だ。結局、失敗したわけだが。


「だから、酒は控えろっつっただろーが」

「それについては誠に申し訳ないと……」

「まあまあ、肉でも食って落ち着け」

「テメェもだよ。いつまで肉食ってやがる。てきとーなところで引き返して来いっつっただろ」


これは珍しい。あのクソなはずのグランが説教を垂れている。いつもならサシャの役割であるはずだというのに。

しかしまぁ、そんな事情だったというならこいつらの行動もありえるのか。本気で精神薬の類いを疑い始めていたぞ。


「変なものを食った訳じゃなかったんだな」

「「ヨワンじゃあるまいし」」

「おい」


フム……。であればこれは、礼を言った方がいいのか?

この三人がエリザベートのためを思っての行動には違いない。


「そうか……。それは、あり──」

「まぁ、これで王都での問題も片付いたし、後は好きにヤれるか」

「ん、ならこっちでの良い店を知っている。任せろ」

「貴方たちと来たら……もういいです。私も飲み足りなかったところです。少し、飲み直してきます」


「「「大隊長、ツケで頼む(みます)」」」


「お前ら……」


そうだった。こういう奴らだった。

こんな奴らに一瞬でも感謝しようとした私が馬鹿である。

エリザベートは固く拳を握り締めた。



その夜、三つの汚い悲鳴が上がったのは当然の結果である。






後日。

かき消えたエリザベートの感謝の念だが、僅かながら残っていたようで三人の仕事机の上には小さなお菓子の袋が置かれていた。

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