クレイモアの邂逅・3
…わずか数年のことである。
だが、気の遠くなるような時間であったのは間違いない。この深淵で、生き地獄を味わいつくした。
時間と共に火力を増す復讐心こそが、彼の命を細々と繋いで来たのだ。
胃の府にまで届く深手と折れ砕けて内臓をぶち破った骨…耐えがたい激痛に、呼吸さえままならず。
徐々に気配の途絶えて行く、仲間の気配。
動けぬまま、少しずつ、確実に腐り落ちて行く…己の肢体。
暗闇の中むしろ研ぎ澄まされた感覚は、耐え難い飢餓感と粘膜が割れるほどの渇きに悲鳴をあげてーーーー…
…殺す…殺す…、許す、ものか……っ。殺す…引き裂いて…、殺す…残らず…っ、喰いちぎり………あの女…磨り潰して…っ…喰らってやる……っっ
膨れ上がった恨みの念は、既に動けないはずの体を執念で動かした。
そうしてついに、手をかける。
すでに僅かになっていた同胞達の命をーー
◇
「…っ!……っ!!」
闇の中、メキョメリ…グシャリと嫌な音を響かせながら、時々毛皮があらぬ方向へ伸び縮みする光景は、空恐ろしい。
だが、グラノアは安堵していた。腐敗のため、毛玉の神経はほとんど死んでいたのだ。
…うわぁぁ…魔法って言うから、こう…フワッきらきらーみたいな感じで治るのを予想してたのに…感覚的には普通に外科手術だよコレ!?神経?最後に決まってるよ!まずはしっかり骨を元に…うあぁ痛い!音が痛そうで怖いっ!
お陰で痛みはあまりなさそうだが、何か圧迫する感覚はわかるのだろう。狼擬きは、息を詰めるように顔をしかめている。
グラノアは想像と違って生々しい治癒効果に、悪寒が走って仕方なかった。寒気のする腕を擦りたい。
これほど酷い有り様になるまで、一体どれほどの苦痛を耐えてきたのだろう。
これ以上は痛みが出ないようにと、出来る限りの注意を払うことにする。
…怪我はともかく、何でここまで内臓が傷んでるかなぁ?…腹膜炎起こしてそのまま腐ったみたいなーーとにかく体液を整えて、流れを応援しなきゃ。組織の再構成は…じっくり時間をかけないと厳しいかも…
グラノアのこの予想は、かなり正しかった。
内臓にまで達した怪我が元で、自身の体を消化液が蝕み広がり、単純に腐ってしまったのだ。
昔、穿孔性虫垂炎(盲腸に孔が開き、腸液が腹内部に漏れ腹膜炎を起こす)で1ヶ月以上入院したことを思い出し、思わず背中に震えが走る。
あの時の強烈で理不尽な痛みは、割りと気楽に生きてきたゆきでさえ人生を悲観させる程の威力があった。
八時間に渡る緊急手術の後も、膿を排出させるためチューブを直接腹から出して寝ていた、不自由な時間。自分を自棄にさせない気晴らしに、ベッドの上でひたすら虫垂炎のなんたるかをスマホで検索しまくったものである。
お陰で、内臓器官の働きやら配置やらを無駄に頭に叩き込んでしまったのは、今となっては良い思い出だ。
……はぁ…魔物…というか、アンダーグラウンドの生き物ってみんな底抜けにタフだよね…。この状態の体で手当てもしないで生き抜くとか信じられない。独りきり、しかもこんな場所でなんだから…本当に化け物だわ。
自分のことを棚に上げて、そんなことを思う。
大体、グラノアも自覚はないが正しく化け物である。
この世界の大概の魔物が毒耐性を持つが、ダークドラゴンともなればそもそも格が違うのだ。
あらゆる状態異常にありえない程の耐性を持ち、多少の怪我など翌日には綺麗サッパリなくなる異様な回復力と膨大な基礎体力。
飲まず食わずで100年や1000年くらい平気でやり過ごせたりするのだからとんでもない。
今のところ割りと平和で、そんな事態には陥ったことがない。お陰でグラノアは、自分のそんな異常性を知らないだけなのだ。
………ズズーーン…、ドドド……ゥ………
「…?」
思いがけず手間取っていたグラノアが、焦らずじっくり行こうと気合いを入れ直したその時。
闇に沈んだ谷間に、どこからか地響きが走った。音から判断するに震源はかなり離れていそうだ。
だが途端。
グラリと揺らいだのは、毛皮になかば隠された灰金色の眼。僅かに振動が体を揺する。
「…ぅっ………、…っ!」
「ーーえ?」
集中力は切らしていない。
魔力の循環にも細心の注意を払いながら、傷んだ巨体を無理させぬよう細やかに修復していた。
だというのに。
「…嘘…ここまで来て…」
「……、…。」
毛玉からの存在感が、急激に萎んで行く。
あれほどはっきりとした意思と威嚇を放っていた金色の瞳は、ぼうと虚空をさ迷い出した。
元々、体力は限界だったのだろう。
グラノアとの対話で最後の気力も振り絞ってしまった。
本人の体力を消耗させる治癒魔法に、耐えられる道理はなかったのだ。
ちょっとした振動で、張りつめ辛うじて保たれていた均衡が、崩れてしまったのかも知れない。
…ズドオォォーー…ガラガラ……
地を揺する音が、近くなる。
「…まだ…、まだよっ。生きたいのでしょうっ?しっかりしてよ!」
「…………、……………。」
「今まで踏ん張って来ながら、ちょっと揺れたくらいで…っっ」
ズドオォォオオンッ!!!!
轟音。
地が割れ激しく体を揺すり、猛烈な土煙が舞う。
「ぶあぁ…っ。…ちょっと揺れた程度じゃないわコレ…」
振動に耐えられず、バラバラと崩れた土塊や岩が落ちてくる。
黒く巨大な生き物が、落下する勢いですぐ隣に降り立ったのだ。
それは凄まじい闘気を放ち、重い殺気を遠慮もなく撒き散らしている。
間髪、それは翼を大きく広げたと思うと、ブワリと羽ばたいた。
闇色の熱風が巻き起こり、グラノアと毛玉の上に絶賛落下中だった巨石やらあれこれが、土埃も全て纏めて明後日の方向へ吹っ飛んで行く。
ズガー-ン……ズズン…ガラガラ…
〈……ふん。仲間を取り込み得た力などと思いましたが……醜悪ですが、効率的ではありますね…〉
「え…サミオスッ!!?な…なん…ええぇえっ!?」
真横に立ったのは、サミオスドラゴンだ。
こんなにすぐ隣に立たれるまで、全く気づかなかった。あまりにも治療にのめり込み過ぎ、周囲の感知を怠っていたのだ。
魔力感知で視界を得ている故に、気がそれてしまえば正しく何も見えなくなってしまうのである。グラノアの最大の弱点だろう。
驚きのまま、グラノアは目を瞠った。
シンプルに盛り上がった筋肉が美しくも見える、闇を湛えた凶悪な迫力。
いきなり臨戦状態で目の前に降り立ったこのダークドラゴンは…その巨大で暑苦しい肢体のあちこちに、深手とは言えずとも鱗が剥がれ所々血が滲んでいたからだ。
それなりに、状況は尋常ではない。
そして、駄々漏れの怒気…一目で分かる。
本気も本気。サミオスは怒髪天の勢いで、超お怒りである。
目が合うだけで体を輪切りにされそうな冷え冷えとした鋭い眼差しは、怖さに鈍いグラノアでさえ、背にゾクリと怖気が走る。
治療中の狼擬きなどは、ピクピク白目を剥いていよいよ息の根が止まりそうになっている。
「あわわ…ちょっ、大丈夫っ?」
〈…そのまま続けて下さって結構です…ご命令に背き、且つお手を止めさせてしまい申し訳ございません。…危急の事態だったものですから〉
「ああ…うん。さすがにわかるけど…」
泡を食ったグラノアの言葉は、一体どちらへ向けての物か。
サミオスドラゴンは返答しながらも、グラノアとは反対側の闇を忌々しげに睨み据え動かない。
その背には、初めて見る緊迫感のようなものが漂っており。
あのいつも涼しい顔したサミオスが…?ドラゴンの体で怪我なんて…一体、何と戦って…
そこまで考えて意識を闇にずらした時だった。
……ヌルリ。
と、暗闇から出現したのは、三連結した列車程もある巨大なナニカ。
良く見れば、所々に暗濃灰色のボロボロに汚れた毛皮が散見できる。
灰金色で妖しげに濁る光がそれぞれ対となり独自に動き、爛々と…六つ。それがなぜかサミオスを通りすぎ、その後ろの自分にロックオンされている。
ゆっくり窺うようにこちらへ足を進める度に、チャリ…ずる…チャリ…ずる…と、異様な音を無音の闇に響かせていて。
思考を遮るように現れたソレを見て、グラノアは慌てて意識を引き締めた。
サミオスの怒りは、自分に向いていないことは確かだ。
そして、アレは不味い。
どうやっても、自分には敵いっこないシロモノに見える…生理的に。
「なに…アレ?」
〈…忌々しいことですが神喰狼です…。仕留め損ねた個体がいたようですね…〉
「神喰狼?」
〈はい。5年前に我々が全て叩き潰したはずでしたが…しぶとく生き延びていたとは…〉
神喰狼ーー
分厚い暗濃灰色の毛皮は、外部からの衝撃をゴムのように吸収し反らし、多少の魔法なら軽く弾く。石化狼や人狼などといったあらゆる狼系の魔物の最上位種だ。
基本的に小さな群れを形成し、暗闇でも恐ろしく鼻が利くため、およそ生き物が住めないような穴蔵の奥深くなど思いがけない場所に隠れるように生活をする。
魔法の扱いも上手く、顔の一部や襟巻き状に得意属性に由来する鉱石を生やしているのが特徴である。
グラノアは一瞬、光の玉を放ろうとして、思い直す。
ほんの1センチ先も見えぬ闇ではあるが、サミオスは最初からあの神喰狼を睨み据え、確実に捉えていた。
(うっ…もしかして余計なことをしたかしら…)
(まあ、そうですね。配下は勝手に着いてきますから、貴女様は思うように動けば良いのです…)
うん…確かにそう言ってた。もしかして、サミオスには見えてる?
グラノアはそう思ったが、実は違う。
いくらドラゴンとは言え、こうまで完全たる闇に埋もれたなら視認は出来ない。
ただ、匂いや僅かな熱、空気の流れや音といったものを敏感に鱗で感じ、位置や動きを把握しているに過ぎない。
それも圧倒的な情報処理能力があるからこそ、この程度で対応出来てしまうのだ。
思うように動け…ね。…なら、私のやることは…。
神喰狼か…ともう一度口にしながら、グラノアは自分が今治療している毛玉に意識を戻した。
驚きはしたが、治癒魔法は続行中である。
「…おお」
思わず感嘆が漏れる。
残り少なかった魔力を、自分で体力に変換して持ちこたえていたようだ。
が、それももう、幾ばくもない。
空いていた左手に魔力を込めると、グラノアは毛玉に触れた。
〈…そのような汚いモノに触れるとは正気の沙汰を疑いたい所ですが…あちらは見なかったことになさりたい。というのは良く分かりました〉
「ぅぐっ……こちらを見もしないでそういう指摘をしますか。というか、続けて良いと言ったのはサミオスでしょう?」
〈…出来ましたらそんなモノ、捻り潰してしまいたいですがね。…まずは、アレから潰さなければなりません〉
「…アレはともかく、こっちは潰さないで下さいませ。ねえ、神喰狼ってあのような姿なのですか?その…あれではまるで…」
〈…死に損ないが足掻いて、化け物になったのでしょう。…貴女が助けようとしているそれも、神喰狼の子供でございますよ〉
グルルルォォオオオーーーオオォンンーーー
ビリビリと下腹に響く遠吠えが、谷間を揺るがす。
それが皮切りだった。
それまで瞬きすらせず睨んでいたサミオスドラゴンが、闇色の闘気を纏い踏み込み突進した。巨体に似合わぬ猛烈なスピードで飛び出したのだ。
強靭な体躯をそのまま凶器に、体当りを仕掛ける。
神喰狼は横に素早く飛び退く…が、逃れた方向から重い一撃をくらい吹っ飛んだ。
体をくるり回転させ、鋭い鱗をしならせた太い尾が突進の威力そのままに、振り子のように反動まで乗せて叩きつけられたのだ。
体勢を整えようとたたらを踏む腐った後ろ足を掴み、背負い投げのように振り上げ地に叩きつける。
仰向けになった腹に牙を突き立てんと、ドラゴンの牙を剥き出し獰猛に食らい付こうとしたが、すばやく飛び起きた相手に後ろ蹴りを喰らい、だがその爬虫類な巨体で器用にバック転しほとんどの威力を流したようだ。
追って来た神喰狼の顎が間合いを瞬時に詰めると、着地したドラゴンはそれを避けるように体を捻り、裏拳をお見舞いする。
ドパン!と強烈な破裂音と共に神喰狼が後ろに吹っ飛んで行った。
うわー…なにあれ。カンフードラゴン……?
緊迫した場面だというのに、グラノアはサミオスの戦い方に全力で引いてしまう。ドラゴンの戦い自体それほど多く目にしてきた訳ではないが、あれはおかしいだろう。
この流れるような慣れた動き。
サミオスは意外にも、肉弾戦タイプのようなのだ。
体の大きさはほぼ互角。いや、サミオスの方が若干小さいか。
俊敏さは、明らかに神喰狼の方が一枚上手のようだ。
あの巨体に腐った筋肉で、一体どのようにしてあれほどのスピードが出せるのかと不思議に思えば、神喰狼が動く度にチカチカと魔力の小さな爆発が起こっているのが感知出来た。
足場や背後に上手く魔法を使って、あり得ない速度と動きを可能にしているようだ。
それであっても、ここはアンダーグラウンドを抉るように割る谷底である。
巨体同士が暴れまわるには、かなり狭い。
神喰狼の素早さは活かしきれていないのが現状だろう。
グオォォオオオゥゥ!!ギャアアァァアア!
ズズンッーーーズガーン!!!
そんな怪獣達の壮絶な戦いによる轟音や激震、咆哮を背にして。
ポウ…と、治療中の巨大な毛玉が、グラノアの魔力を受け淡白く発光し始めた。
乾いた笑いを首を振って散らし、気を取り直してそれを見る。
「神喰狼……………の、子供…?」
グラノアは、魔力譲渡を試みていた。
魔力を体力に変換できるのなら、話は早い。
自分が馬鹿みたいに保有している魔力を、貸して上げれば良い。
「…………出来損ない…だがな」
あれ、話せたの?と目を丸くすれば、毛玉…神喰狼の子供は苦々しげに鼻に皺を寄せる。
プイと反らした横顔はどこか擦れており、何故だろうか。どこか暗く澱んで見えた。
そんな表情が何となく見える程、治癒魔法の効果が出てきたのだろう。
「出来損ない?…ならまさかあっちが…」
…神喰狼本来の姿なのだろうか。と、思わず視線を向け、うげ。と慌ててこちらに向き直った。
ゲッソリと肩を落とす。
あれは、本物の化け物だ。
腐敗が進み、裂かれた腹からは内臓がはみ出し引きずっている。
頭部は3つ。
その姿はどこぞの黒い門番のよう。あれは犬だったが、巨大な暗濃灰色の狼の頭達がそれぞれ個別にサミオスに攻撃を繰り出していた。
こちらも傷みは激しく、目玉が飛び出したり、ずる向けた毛皮の下から頭蓋が見えている頭まである。
離れてなお強烈な腐敗臭を撒き散らす粘着性の黒い涎は、ポタリと落ちると地をくすぶらせ、濁った煙をあげていた。
それを相手取り、非常に嫌そうな顔をしたサミオスドラゴンが、組み付いたり離れたりぶつかったりをしている。
ドラゴンの鱗はあの涎の強酸性さえ弾くようで、グラノアはひとまずホッとした。
うわぁ…。怒っていたのは、あれかな?本当は触りたくないんじゃ…
サミオスの先程の台詞を思い出し、心の中で合掌する。
「…違う。あいつは…みんなを喰って、取り込みやがったんだ。正真正銘、化け物だよ」
「え」
「ーーーちっ、早く治せ…っ!あいつは母さんを…みんなを喰った…っ」
グルル…と、悔しそうに唸る神喰狼の子供。
グラノアは、ようやく合点がいった。
「つまり、あれは神喰狼とは違う、化け物になっちゃった姿なのね?」
「そうだっ…」
「あなたのお母様は、取り込まれてしまったの?」
「…くっ。…母さんは強かった…!だけど弱っていたから…っ」
なるほど。と、グラノアはひとりごちた。なら彼のやり残したことは、母親の仇討ちなのだろう。
「………あなたの名前は?」
「…ヴァルド。ヴァルド・ドゥンケル…。でも、精霊はいない」
へ?と目を瞠るグラノアに、舌打ち混じりに繰り返した。
「俺には、なつかなかった…精霊はいない。だから」
出来損ないなのだ…と。
神喰狼の子供…ヴァルドは、恥じたように大きな顎を俯かせた。
思わずグラノアは、彼の額に嵌まった大きな鉱石をマジマジと眺めた。
この石が割れていたのは、そういうことだったのか。
確か…神喰狼の鉱石に精霊が惹かれて来るんだっけか?話には聞いていたけど、本当なのね…
その精霊がいない、とは。
つまるところ、精霊の力を借りる魔法である以上、その威力は弱くなる。もしくは魔法を繰り出せない、ということだろうか。
魔法の扱いが巧みで、それが強力な武器でもある神喰狼。
先程の出来損ないだという言葉に、彼自身の重く深い嘆きの匂いを感じたのは、思い違いではなさそうだ。
「…周りと違うって、それだけで辛いものね…」
特に、狭く集団生活をするような神喰狼ならば、なおさらではなかろうか。
グラノアは、何となく日本の学校をしみじみと思い出していた。
「…そんなことはどうでも良い。早く治してくれ!」
「…あー…。でも、普通なら死んでるくらい酷い状態だったのよ。…大体、怪我らしい怪我を魔法で治すのは私も初めてなの。もう少し落ち着いてやらせて欲しかったわ」
何事もなかったように意識を戻し、落ち着いて現状を見てみる。
何しろ、治癒に並行して魔力を譲渡しているのだ。
戦い方を知らない自分が魔力タンクになるのはやぶさかではないが、さすがのドラゴンなグラノアでもやり遂げる自信はあまり持てない。
この巨体に、この損傷度。
魔力を全て使いきったことはまだないが、果たしてどうなるのかは、まだ知らない。
それでも、昏倒くらいで済めば良いなぁ…くらいは考えている。
「な…ん、だと?」
「あ、でも練習だけは沢山やって来ましたから、そこは心配しないで下さいませ」
にこ!と、可愛らしく微笑んでみた。
グラノアは安心させようと思ったのだが、逆効果だったらしい。ヴァルドの頬はひきつっている。
思いも寄らない話だったらしく、仕舞いにはぐうぅ…と唸り歯軋りをし始めた。
「お前は…俺を助けると言ったぞ」
「ええ。助けられると思ったの」
「なら、責任持って助けてみせろ」
「…それを言われると、頑張らざるを得ない訳だけど…」
なら、さっさと頑張れよ!と視線に力がこもる。
何だろう。ヴァルドは魔物とは思えない聡明さがある気がしてならない。
命を助けるという行為に責任を持つべきだ。正にグラノアが肝に命じた思いである。
これで子供だそうだが、読心術でも持っているのだろうか。
良いように言いくるめられグウの音も出ないグラノアは、代わりにぷくぅと頬を膨らませた。
そりゃあね。仇を打つならサミオスが頑張ってる今がチャンスなのは分かるけども、私もまだ色々と初心者でして…
「…あのドラゴンは、喰われるぞ」
「ーーえ?まさか」
「言っただろう。あいつは俺の母さんを取り込んだ…母さんは昔、この国の王…竜王の腕を喰い千切り神喰いと呼ばれる所以となった神喰狼だ」
グラノアは、パチパチと二度瞬く。
サミオスが?喰われるの?………………サミオスが…
しばし呆けた後。
突然、白い爆発が起こった。
否ーーーグラノアが全身に、白い魔光を纏ったのだ。
闇に閉ざされ轟音と怒号に揺れる谷間に、その眩い光に照らされ、みるみる内にかつての毛並みを取り戻して行く神喰狼の姿。
少々苦し気に呻いたようではあったが、知ったことではない。
「ーーーとっとと回復しちゃいなさい!!」
「お前っ、ぐっ…さっきと言ってることが、違…っっ!」
急激な回復のためか、体力のほとんどがグラノアの魔力が元になったからか。
確かに幼さの残った柔らかくモコモコした毛皮は、なぜか暗濃灰色が斑に散った、美しい白銀だった。
額に刺さるように生えた真っ黒な石は、相変わらずヒビだらけ。
それでも彼はもどかし気に立ち上がると、膝をついたグラノアをふわふわの尾でひと撫でしながら、やや甲高い遠吠えを上げたーーー