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アンダーダーク パラダイム〈ドラゴンの娘の花冠〉  作者: あま太郎
第一部・異端のダークドラゴン
11/24

11.渇求

…サアァァァ…

常に暗いアンダーグラウンドの森中に白い光が広がった。

首を傾げるグラノアの動きに合わせ、瞬く銀の粒子がこぼれ落ちる。幼く小さな体が、ほわりと闇に浮かび上がった。


まさか…グラノア、なのか?


渋味の混じったダークドラゴンは、目を眇めた。

艶やかで煌めく黒い鱗は、見覚えがある。雄達を魅了して止まない、美しいダークドラゴンのロルド・ラミレアと同じだ。

だが、硬さよりもしなやかさが見てとれるスラリとした細めの肢体は、まだ小型の魔獣程度。抱き上げればすっぽりと腕に納まるそのサイズなら、楽に拘束できるに違いない。

幼さの見える大きな瞳は無機質な白だが、逆に目をひく。その濡れた輝きは幼く、何とも無垢だ。

──そして。

グラノアが動く度に、ふわふわと銀の粒子となって漂うのは、白光の魔力(マナミ)。それが常闇の森の木々の間を流れ霧散していく様の、なんと儚げなことだろう。


これが…グラノアの、真の姿とは……。


らしくもなくアグロィは、ドラゴンの巨体で茫然と立ち尽くした。今まで、小さな赤ん坊の姿に騙されていたことを知る。

弱い存在である人の、見るからに庇護欲をそそる赤子の姿ならば、弱々しく見えるのは当然であると考えていた。


なぜだ…なぜグラノアばかりがこうなる!


弱々しくとも─ドラゴンの姿になりさえすれば。

目が見えずとも─あのラミレア様の娘なのだから。


そう自分に言い聞かせ蓋をしてきた、いくつもの不安。今それが、唐突に具現化してしまった。


この常に暗く寒いはずのアンダーグラウンドで、温もりさえ放つ異質な魔力(マナミ)。やわらかそうなうすい鱗。

不安そうな顔でよたよたと、真っ直ぐ歩くこともままならない不安定さ。

その姿はふんわりと淡く輝き、目立つことこの上なくて。


──ありえない。

強者の権現たるダークドラゴンとしては、ありえないのだ。


ああ…この子は、長生きは出来ないだろう……襲ってくれと、その全てからして誘ってしまう…。


これほどに人目をひいては、闇にまぎれることは出来ない。加えて、頑強さの欠片も見えない小さく儚い風情ときては…もはや、なすすべもないのでは。

呆然としたのは、一瞬だった。アグロィはすぐさま人形(ひとがた)になりつつ、背のマントを外す。


〈キュウン?(お父様?)〉

「…屋敷へ戻ろう…。大丈夫だ、私がついている…」


今だかつてなく穏やかに微笑むと、アグロィは自分の魔力(マナミ)で作った黒いマントで、グラノアを包みこんだ。

光の粒子が外に漏れないのを確認し、小さく安堵する。


魔力(マナミ)で包み隠せば誤魔化せるようだな…。


人目に触れさせてはならない──腕の中にいるこの存在は、正しく弱点そのものだ。

しかも、群れの中心たる雌。果たして、どれだけの影響をもたらすのか……。


〈キュアア…キュキュィイン?(ヘンシンできた?…なんかおかしくない?)〉

「ああ、大丈夫だ…ちゃんとドラゴンに変身出来ている。…もう心配はいらない」


ピタリ。とマントの中身が動きを止める。


「…む、どうした?」

〈キュルルル…!キュンキュンキュアアー!?(うわああ、すごい…!わたしのいいたいことがわかってる!?)〉

「うむ…?そうだな、何となくだが理解は出来る。そんなに驚くことだったか?」


なぜか成立する会話に、グラノアがマントの中でのけ反った。ぷるぷると震える黒い塊を、アグロィは苦笑混じりに優しく抱え直す。


「今までも何となく聞き取れていただろう?何もかわりはない」


そうだ。今までと何らかわりはしない。自分が、グラノアを守り隠すマントになれば良いだけだ。

今回、視力を失いはしたが…むしろ側にいる理由になる。かえって好都合かも知れない。


「ふむ…」

〈キュルル…キュウウウ~(ううっ…おとうさま~…)〉

「ああ…お前も私と話したかったのだな……私もだ。話したいことは沢山ある」


そうだ。今までは隠してきたものを、この子にならば──いや、むしろ必要なことだろう。

アグロィは力強く立ち上がり、大股で踵を返した。

早く──一刻も早く。私の全てを、我が子へ注がねば。


「──まずは、お前のこれからを考えよう。私も共に行く」

〈キュウ。キュウン、キュキュキュウ……(うん。おとうさま、ありがとう……)〉

「──っ!?」


瞬間。

グワッ!!と、アグロィの心拍数が跳ね上がった。

何とか歩みを維持出来ているが、それはもうロボットのようにただ足を動かしているに過ぎない。

懸命に平静を装いながら、アグロィはハクハクと口を開いた。


「なにが…、なぜだ…?」

〈…キュウン。キャアキュキュル、ギュル、ギュルルン?(…ずーっとね。おれいをいいたかったの。ようやくつたわってうれしい…このあいだのたたかい、おとうさますごかった。けが、だいじょぶだった?)〉


ああ。

ああ…やはりこの子は。


素早く辺りを警戒しても、人の気配も、獣さえいなかった。先の咆哮やらブレスやら魔法やらを、放っていたのが幸いしたようだ。


「私は大丈夫だ…怪我など気にする程もない。…お前が無事で、本当に…ああそうだな…。本当に、良かったと思う……」


勘違いでも、願望からくる幻聴でもない。あの日、グラノアから気遣われた時の衝撃は、こういうことだったのだ。

アグロィは、左手で顔を覆った。見える口元は歪んでいる。


自分はずっと、この言葉を求めていたのだ。

感謝され、認められることを。

知らなかったのだ。

こうして気遣われることの、心地よい温かさを。


黒いマントの包みに、アグロィは顔を埋めた。サラリと流れた長い白髪から覗く浅黒い耳が、いつになく赤黒かったのを、マントに包まれ目の見えないグラノアには、気づかれていない。


やがて森がきれると、はるか遠くに巨大なロルドの城が見えた。

アグロィは静かに前を向く。


「生きるのだ…グラノア。私を糧にし、このアンダーグラウンドを生き延びてみせてくれ」

〈ギャ!ギュルアアア~!(それ!だからおもいんだってば~!)〉

「うむ?私は重くはないが?」


賑やかな黒い包みを抱えて、アグロィは大きく跳躍した。


ザザザッ

黒い森の木々が、風に大きく揺られる。丸い月は、青みがかっていた。

竜王の魔力(マナミ)に包まれた空は、しだいに夜へと変化し始めている。

そう。きっと、変化する時分だったのだ──。




「アグロィ──子作りをするのじゃ!!」

「ははっ!ぇ!?い、いえ…その、しかし…」


とんでもない会話が聞こえて、うとうとしていたわたしは思わずパッチリと目が冴えてしまった。


うわぁ…子供が寝てる横で、ナニをやらかすおつもりで?ほらほら、お父様も困ってるじゃないかね。


夜。

お母様のお部屋にあるベビーベッドの中で、本来(ドラゴン)の姿になったわたしは解放感いっぱいに安らいでいた訳だ。


なんだか不思議な感覚。

自分の中では、赤ん坊の姿こそが、今のわたしのあるべき姿のつもりでいたのに。本当は違っていたのだと、つくづく痛感する。

目が見えない不安を上回る、この気持ちよさ。心の安定っぷり。

うん…夜はドラゴンになって眠らないといけないらしいが、いつもこの姿でも良いくらいだ。


…ダメだと言われたけどね。なぜだ。


「このような子ができるというのなら、どんどん励むべきじゃと思わぬか?のう、そう思うじゃろう?」

「お、落ち着いて下さいませ!…次の産卵まで数百年は空けるのが通例では…うっ」


どさりと沈むベッド。くっつくように隣り合うわたしのベッドにも、振動が伝わってくる。


ひえぇ…お母様がすごく積極的だ!声もいつにも増して艶っぽいし、本気だよこれ…お父様っ、頑張れ!


わたしは良く聞こえるよう、潜っていた布団を少しだけ押し上げた。

いや、変な趣味とかないよ!ちょぴりね、こっそり。

やはり二人の子供としては、両親の仲は気になるのだ…大好きなお父様を応援したい。


お母様の気配が、高揚してるのが、わかる。ちょっと息が荒く感じるのは、やる気になっているからだろう。

対するお父様は…え、押し倒されてるのはわかってたけど、何だか縮こまって小さくなってるような…そんな魔力だ。

うわ、一瞬の僅かな水音。お母様、もしや舌舐めずりしましたか、今?


「ふふ…子がある程度育つまでは、次の産卵など余裕がなくて出来ぬからな…じゃが」


サラサラと軽いものが滑り落ちる音がして、ベッドがゆっくりときしんだ。はぁ…と熱い吐息が聞こえたと思ったら、ちゅる…と(なまめ)かしい音と、時おり漏れる色っぽいくぐもった声。


はうぅ!気配だけなのに、音の暴力ですよこれは…!


なにも見えない。

見えないのに、迫るお母様の色気が凄まじくて、わたしは鳥肌ものだ…いや、実際は鱗が逆立っていることだろう。

必死で身を引いていた様子のお父様が、息を飲んだのがわかった。

なんだろう。この、ジンと頭の奥が痺れるような、かすかな甘い匂いは。


しばらくすると、お母様のうっとりした声が聞こえた。


「ふふ…グラノアは良い子じゃ…現にそなただけで回っておるではないか。のう?」


ぶる…と、ベッドを伝ってお父様が震えたのに気づいて、わたしまで息を飲む。

組み伏せられているだろうお父様の気配が、何だか苦しそうだ。


「…っ……ラミレア様も、お人が悪い」

「なぜじゃ?妾は事実を言ったまで。…グラノアは、そなたがおれば大丈夫じゃろう?………魔力(マナミ)操作といい、姿といい、このようなドラゴンを妾は知らぬ。この子はきっと、強い群れを作るじゃろう…間違いないわ」


えへへ、わたしが良い子だって。良い子だなんて言われると、照れ臭い。


確かに、お父様がいればわたしはいつでも安心感に包まれる。でも、まなみ操作?とは何だろうか。それにわたしのこの姿は、やっぱりどこか間違ってるらしい…これは練習が必要だ。あと、わたしが強い群れを作るとはどういうこと?


「──っ…私の魔力(マナミ)は下の下であることは、ご承知でしょう?…くっ、こ、これ以上は、御身に…触ります、ぞ」

「くくく、なんという顔をしておる。強みなど時代によって変わるものじゃろう?それに妾の魔力(マナミ)は潤沢じゃ…そなたの力になろうものを、相変わらずつれないのう」


くつくつと小さく笑ったお母様は、けれどもわたしには嬉しそうに聞こえた。

ぷちゅ…と、再びの水音攻めが。お父様の唇に吸い付いたようだ。


うわわわわぁ…口がっ!お母様の小さいはずのお口が、すごい迫力で仕事してます!おかしいよね?筋肉質で体の大きなお父様の方が、なんで飲み込まれそうに聞こえるんだろね…?


もうわたしは、ドキドキしすぎて訳がわからない。いけないと思っているのに、耳に意識を集中することを止められない。


音をたててお父様を解放したお母様は、ふふふ…と怪しく微笑んだ。その笑い方が、こう…なんというか、欲しくて欲しくてたまらないという欲が、溢れている。

ああ…お母様は、本当にお父様が好きなんだな。と、わたしでもわかった。


そう思ったら、体が動いた。そっと布団を下げて、静かに寝たふりを再開する。


うん…大丈夫だよ。わたしはただの赤ん坊。何にも知らない赤ちゃんなんだ。二人が隣で愛し合ったって、気づかないふりを貫いてやろうじゃないか。


そう気を反らせば、あれだけ生々しく感じ取れていた二人の状況が、ほとんどわからなくなった。


「そう考え過ぎるでない…そんなそなたじゃからこそ、妾は……くくく。グラノアに近しい兄弟もおれば頼りになろう?……遠慮するでないわ」


布団越しにお母様の声がしたと思うと、ふわりと匂いが強まった気がした。




ぶわり─と、匂いが強まった。あらがうことの許されない、ドラゴンの雌の匂い。


ぐう…これほどの匂いでは、最低でも7日はおさまらぬ…ラミレア様は本気だ。まさかグラノアの横でこんな浅ましい真似をすることになるとは……


もう観念する他はない。

すでに息の上がりはじめているアグロィは、腹をくくって隣を見やった。

横のベッドには膨らみがある。身じろぎもせず、すやすやと眠っているのだろう小さなドラゴンが中に居る。


「ふむ…そうじゃな。グラノアには再び眠っていてもらおうか。そなたもその方が集中できよう?」


アグロィの言いたいことを察したのか、ラミレアは左手を軽く振る。

黒い霧のようなものが風を伴い、小さなベッドを覆うも、それは一瞬。強力な睡眠微風(スリープウィンド)のマギアで、よりいっそう深い眠りに入ったのがうかがえた。

解除しない限り、グラノアは目覚めないだろう。


「…ラミレア様に、感謝を…くぅっ」

「ふふふ…妾が邪魔されたくなかったのでな…来い、アグロィ!」


──ビリリリ…ッ、ビリッビリリリリリリ!


ラミレアの寝室から、音にならない咆哮が轟く。重厚な扉が、振動に細かく震えた。


グラノアの耳には、音も何も届かない。

あの状況で爆睡したのかい、わたしはっ!?と叫んだのは、数日後に目覚めてからの話である。




そんな激しい夜の、とある別の寝室でのこと。


「あのアグロィが、やっと奴隷を連れてきたそうですわね…ライオス」


扇からチラと顔を出したのは、美しく口を弓なりにするエリアーデだ。

深紅の瞳も、満足そうに細められている。


「は、はい…。そのようで…」

「よくやったわ…。今夜はあのはぐれモノも部屋に戻っていないみたいですし、わたくしも軽く挨拶してさしあげて来ようかしら」


楽しげにつぶやくその様子に、ライオスが汗を吹き出した。


「いえっ、それはなりません…っ。」

「…あなたの用意した者なのでしょう?」


わからない。という風に小首を傾げる。

確かに、上司のさらに上司が、実は第三分家の第一継承者だとわかれば、現場の士気は変わってくるに違いない。

だが、慌てるライオスはどうにも顔色が悪かった。


「…その…、奴隷商人からアグロィが買い上げたという報告がなくてですね…」

「…は?」


ピシリ…と何かが固く浮き立つ音。


「で、ですから…あの、やつめは城下町の奴隷市には、やって、来なかった…と…」

「………………………………つまり?」


ビキビキビキ!…さらに増えたようだ。


「…どうやら、王都まで出向いて購入してきた…よう、でして…」


ズゴゴゴゴ…と幻聴が聞こえて来るかのような迫力で迫るのは、凄まじい殺気。

それを清楚な顔で優しげに微笑みながら、静かに滲ませて見せるエリアーデの額には、いく本もの青を通り越した黒い筋が見える。

間違いなくラミレアの娘であるといえるその姿に、ライオスはぶるりと巨体を震わせた。

だが、どこか頬が高揚しているのは、何を期待してのことなのか?


寒い夜は、更けて行った。

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