5話 ~橘先生の策略~
「よし、今日は何事もなく帰れるっぽいな...」
対人部という部活動の体験を行った後日の放課後。
廊下の喧騒を離れ、俺は自分の靴箱に向かう。
「にしても、昨日は酷い目にあった...」
昨日は本当に大変な一日だった。
金子から掃除を押し付けられ、学校から公式ぼっちを認められ、挙句の果てには3人の同年代の女子から数々の罵倒を喰らいまくって...
あいつら、外見はめちゃくちゃ可愛いんだが、あれは流石にねぇよ...
「まあ、これで数学の単位を落とすことはなくなったし、一応苦労した甲斐あったわけだが...」
ちなみに、俺は数学がかなり苦手だ。
毎日が暇なので、勉強は人並み以上にしていて、成績は上の下程度はある。
しかし、数学だけは毎回赤点常連なのだ。
まあ、「1」がついたことは一度もないのだけど、今学期は結構ヤバめだ。
ちなみに、金子の成績は「1」だらけ。ざまぁ。
ああいうビッチはさっさと学校をやめてしまえばいいのに、と思う。
どうせ学校の規則を守らないのに、学校側は何故やめさせないのだろうか。
しっかりルールを守っている生徒からすれば、ああいう奴のお説教のたびに授業が中断されるから中々邪魔なんだよな。
まあ、とりあえず今日は早く帰ろう。
あの教師に捕まるのはもう御免である。
「あれ、手紙?」
靴箱を開け、靴をとろうとした瞬間、頭に引っかかった。
俺の靴の上に、差出人不明の桃色の封筒が置いてあるのだ。
自分の靴箱の隣を開けてしまったかなと思ったが、この靴は正真正銘俺の物である。
「俺宛ってことだよな...中見てもいいんだよな...?」
誰に尋ねてるわけでもないが、こういう出来事は初めてなのでついテンパってしまう。
まあ、大体考えられるセンとしては、スクールカースト上位の奴等が仕組んだ告白ドッキリとか、ラブレターに見せかけた脅迫文とかそこらだろう。
...いや、少しは期待しちゃうじゃん。男の子だし。
封筒を開封し、中を見ると、一枚の手紙のような物が入っていた。
以下、手紙の本文だ。
「親愛なる我が教え子の如月へ
やっほ~橘お姉さんだよ★
今日も、昨日一緒に行った空き教室に来てくれると嬉しいな★
来てくれなきゃ...泣いちゃうゾ?」
思いっきり破り捨てた。
なんなんだよ。橘先生のキャラが分からねえよ。
とりあえず、なんで彼氏ができないのかって一面を知っちまった気がするよ。
「おい如月。教師からの呼び出しを踏み倒そうとするとはいい度胸だな」
俺が手紙を見て破り捨てたのと同時に、物陰から橘先生が出てきた。
どうやら、俺が手紙を見た後の反応を伺う為、ずっと身を潜めていたようだ。
...仕事しろよ。学年主任だろうが。
「今さっきの手紙を書いた本人とは似ても似つかない話し言葉っすね。いい歳して恥ずかしくないんですか?」
「恥なんてもう今の私にはない。恥をかなぐり捨てて生徒を正しい方向へと導くのが私の使命である」
いや、最低限の羞恥心は持てよ...
「俺の正しい方向は家への方角です。正しい方角を導いてくれてありがとうございます」
「いや、違う。カムバック。君の正しい方向はこっちの空き教室だ」
そっちの空き教室には、社会不適合者しかいないのだが...
正しい方向も何も、逆におかしな方向まっしぐらだろう。
「いてて、持病が。早く家に帰らないと死んでしまう病の発作が酷い。早く帰らなくては」
「病名にセンスなさすぎだ。別に帰ってもかまわないが単位はやらんぞ?」
本当にこの教師は...
まあ、昨日の約束を反故するよるつもりなら、バックの教育委員会さんにチクるだけだが。
「昨日約束したじゃないですか。体験来たらプレゼントって。もう体験には行ったんで、それでくれなかったら詐欺ですよ? じゃ、帰ります」
「そうか。でも私は、何日間来たら1単位、なんて指定していないぞ?」
「...」
汚いっ...!! なんという狡猾なやり方...!!
「要するに、如月は今私についてくる以外の選択肢はないということだ」
「...凄い狡猾なやり方ですね。まるで福本先生の作品に出てくるようなやり方だ」
「よせ、そこまでの策略家ではないよ。さて、君は今回の数学の単位習得が中々厳しそうではあったが、どうする?」
俺は、黙って先生についていくのであった。