1話 ~紗生の憂鬱~
「はぁ...また俺かよ」
そう言って、俺はクラスの掃除当番表に目線を落とした。
今月に入って何度目だ...と嫌気が差した。
ここ、桜下高校の掃除の形式は、毎日出席番号順である。
そして、今日の教室の掃除当番は金子のはずだ。
しかし、掃除当番表が、如月の名前に摩り替えられていた。
まあ、摩り替えなんてすぐにバレるじゃん。
と思うだろう?
たしかに、俺が先生にチクればいい話なのかもしれない。
しかし、俺がチクった後、先生が真相を問い詰めた時に、ぼっちの俺の意見を肯定してくれる奴なんて生憎ウチのクラスには一人もいない。
オマケに、金子の野郎はいわゆる「ビッチ」というヤツで、スクールカースト上位の男子陣が金子を擁護するのだ。
結果、俺のようなスクールカースト最底辺の奴が、金子に責任を押し返そうとしたところで、クラスの連中は、掃除当番はお前だっただろと言わんばかりの圧力をかけてくるのだ。
「やるしかないか...はぁ...」
まあ、どうせ何を言っても結局はやるしかないのでとっとと掃除を終わらせて家に帰ろう。
...思えば、学校に自分から話しかけれる人がいるのって小学生が最後かもしれない。
小学校6年生の時隣の席だった渡辺くんが最後だ。
中学校上がったあたりから、友達と呼べる人数が0人になってしまった。
おそらくは、俺の目が異常に吊り上がっていて、とても悪ぶっているように見えるからなのであろう。
俺自身、中学上がりたての頃に、自分の外見がいかついと思ったことは多々ある。
それが災いして、中1の初めに、不良だと誤解されて一人も話しかけてこなくなったのだが、俺は俺で、不良というイメージを払おうと必死に努力した。
...具体的には、牛乳一気飲みしたり、箒で魔女やったり、アニメ好きをクラスで公開したり。
その結果が、「ヘタレでイジり(イジメ)甲斐がある、顔だけヤンキー」という最悪なポジションになったわけだ。
「本当...笑えるな」
高校生になったら、漫画やラノベのように主人公補正がかかって、せめて一高校生として当たり前の青春を謳歌できるんじゃないかという下らない願望はあった。
しかし、今、高校1年生の秋の時点で何も変わらない為、そんな願望はとっくに捨てた。
そして、普段はぼっちなことを気にしない俺がこんなに憂鬱になっているのはもうひとつ理由がある。
「なあ、如月。対人部に入部しないか? きっと君を立派な人間にしてみせるぞ」
生活指導担当である橘友香教師の何気ない一言。
部活動の勧誘である。
まあ、教師から話しかけられるだけまだマシじゃんと思う奴もいるかもしれないだろう。
しかし、対人部の勧誘とは、今の自分は社会から見れば「可哀想な生徒ですよ」と言われているのと同義だ。
対人部というのは、桜下高校にしかない特別な部活動で、「社会に適応するのが苦手な生徒を教師が見抜き、コミュニケーション能力を養うことを目標とする部活」というもの。
このユニークな部活動に、周りからはコミュ障部(笑)と嘲笑されている。
まあ、普通に暮らしてて、教師側もぼっちな生徒に声をかけて、お前はぼっちだから対人部入れ。
なんてのもよっぽどぼっちに見えないと失礼というものだろう。
つまり、今日で高校側から公式に俺がぼっちだということが認定されたわけである。
俺は入るつもりなんてないが。
入部することによってまたバカにされる種が増えるだけだし。
まあ、対人部は非公式というか、正式な部活というよりはサークルに近いものらしく、誰が所属しているとかは学校側も公開してないらしいけど。
...どんな奴が入ってるかは気になるけど。
「ふぅ...色々考え事してたら早く掃除が終わったように感じた。ラッキーラッキー」
自分でも気づかないうちにもう掃除を終えていたらしい。
俺の掃除スキルは、押し付けられることによってもの凄く上手くなり、そのお陰で教室はピカピカだ。
まあ掃除スキルなんて全くと言っていいほどいらないが。
これで明日は金子が担任の教師から褒められること間違いなしだろう。
さて、掃除も終わったし今日は家に帰るとしよう。
本当に、高校というものは酷くくだらなく、酷く退屈なものだ。