その9
おはよう、
後ろから声がした。
えっ、おはようって・・・
今って何時??
わたし、あれからどうしてたの?
どうやらわたしは、テレビをつけたまま
テーブルに頭を置いて寝てしまったみたい。
お風呂にも入らず着替えもせず、制服のままで。
振り返ると昨日と同じ笑顔のあの人がいた。
あれが死人・・・・
ほんとに?
死人がそんな笑顔できる?
あの人が言った。
探していたものが見つかったんだ。
探していたもの。
それってもしかして・・・
だから、今から彼女に会いに行ってくるよ。
お世話になったね。ほんとに、ありがとう。
だめだ。
いったら、だめ。
だって、あなたは彼女にもう会えるわけないの。
その事実を本人に気づかせたら、だめ。
そんなこと知ったら、悲しすぎるよ。
なんとかしないと・・・・・
わたしは玄関を出て行こうとする
あなたの前に手を広げて立ちはだかる。
ねえ、まって!
その女性よりわたしのが絶対にいいって!
昨日のように、また無言。
お願いだから、いかないで。
もう少し一緒にいようよ。
わたし、また前の顔の
見えない生活に戻るんだよ。
あなたともっと話したい。
顔を見て、笑っていたいの。
男は首を少しだけ振って、
ごめん、もういかないと。
一生の、お願い・・・だから。
そう言って、わたしはあの人の体に寄りかかった。
わたしが、自分から男を抱きしめてる。
こんなこと初めて。
ちゃんと感覚はある。
なんで、これで死んでるの?
そんなの嘘・・・
だれか、嘘と言って。
昨日のようにまたナミダが出てきた。
そのナミダが、抱きしめてる
あなたの身体に一粒、落ちた。
と同時に・・・
あなたの首元から、うっすらと
赤い血が流れはじめた。
そっか、きみは知ってたんだね。
首から流れる血が少しずつ増していく。
まるで、男の体中が泣いてるようだった。
真っ赤なナミダが男の体を赤く染めていく。
でも、顔だけは元のままの優しい笑顔。
それを知らせないように、隠そうとして
ぼくを止めようとしてくれたんだね。
やっぱり優しい子だよ、きみは。
目の前にあったあなたの顔が
少しずつうっすらとぼやけてきた。
ナミダのせい?
抱きしめてる身体の感覚も
風船みたいにやわらかくしぼんでいく感じ。
あなたがわたしの身体を離そうと腕を伸ばす。
ちゃんと見て。
これがぼくのほんとの姿だから。
体の赤みは消えうっすらと透き通っていた。
向こうの部屋の景色が身体を通して見えてる。
そして、こう言った。
きみはもう、マネキンなんかじゃないよ。
その心がぼくにはちゃんと見えたんだ。
昨日のナミダも、そして今のナミダも・・・
それがきみの持つほんとの優しさなんだよ。
きみの暖かい心が伝わって
赤い冷たい血をかき消してくれた。
ちゃんと前のぼくに戻してくれたんだ。
だから、これからはその心で
ほんとの幸せ見つけてね。
そして・・・
そのときには君の心を相手に
素直に今みたいに伝えるんだよ。
そういい残してあなたの身体は
完全に部屋の景色に消えてしまった。
これもまた、夢?
わたしはずっと長い夢を見てるだけ?
でも・・・
玄関の下には彼女の写真が落ちていた。
裏にはちゃんと住所まで書かれている。
やっぱり、これも現実だったんだね。
じゃあ・・・
あなたは、わたしの気持ちを変えるために
そのためにわたしに出会ってくれたの?
死んでもう彼女を救うことは
できないことを知ってたのに・・・
どうして、わたしを・・・
こんなわたしを見捨てず、
身をもって伝えようとしてくれたの?
わたしは、ぼーっとしたまま
玄関を出た。
すると、そこにはいつもの光景があった。
通り過ぎる人間の首のうえに、顔があった。
あなたが消えたから顔が戻ってきたの?
いや、あの人の顔がちゃんと戻ったから
わたしの目にも顔が戻ってきたの?
あなたは、必死に探してた。
大切なもの、だからと言っていた。
それはわたしにとっても大切なものだったから?