発見
5
旭展望台を出た一樹の車は、来た道を下り国道を横切って、今再び小樽運河に沿って走っている。運河周辺にある駐車場は、どこも大型の観光バスでいっぱいであった。
「本当にすごい数の観光客ね。」
こずえが言った。
「ああ、本当に。でも最近は日本人より外国の観光客のほうが多いらしいよ。なかでも台湾からのお客さんが多いらしい。台湾では今北海道観光がブームなんだって。」
「台湾から・・・。遠いわね。」
車は運河から徐々に離れ、それにしたがって観光客の数もめっきりと減った。大きなカーブを抜けたところで、昔懐かしいSLの黒光りした堂々たる姿が見えてきた。
「あれは何?」
こずえがSLの姿に気づいて一樹にたずねた。
「手宮の交通記念館だよ。北海道の鉄道はここからはじまったんだ。今は博物館のようになっていて中には子供の遊び場があるんだよ。」
こずえに答えながら、一樹はウインカーを右にあげた。
「さあここからは一本道だ。後20分ぐらいでホテルに着くよ。この道は夏の間はすごく混むんだ。なにしろ小樽水族館に行く道はここだけだからね。」
「でもさっきのトンネルも新しかったわよ。」
「気づいたかい。以前は古い道が、もう少し海側にあったんだよ。」
一樹は答えながら車のスピードを少し落とした。
「ほら、見えるだろう。」
言いながら一樹は窓の外を指差した。そこには、確かに以前使われていたと思われる、古い道があった。
「本当だ。」
「あの道を直角に曲がったところに小さなトンネルがあるんだ。道路が本当に直角に曲がっているから、事故が多くてね。みんなお化けトンネルって言ってたんだよ。あまりに事故が重なるから、今走っているこの立派なトンネルが作られたんだよ。」
「へえ。じゃあ以前よりは事故は少なくなったのね。あっ、海!」
トンネルを抜けると、右側に低い民家越しに日本海が見えてきた。車内にも磯風のにおいが流れ込んできた。一樹はウインカーを左に出した。その時こずえが言った。
「一樹さん見て。灯台のところにパトカーがいっぱい。何かあったのかしら。」
「ほんとうだ。ちょっと行って見ようか。」
左に切っていたハンドルをあわてて戻し、一樹は直進した。道は灯台を正面に見るところで行き止まりとなっており、一樹はすぐ脇の駐車場に車を止めた。何かの事件らしく、駐車場には早耳の新聞社の車が2台止まっていた。1台は全国紙のそしてもう一台は”北海道新報"の旗をつけたパジェロであった。駐車場から灯台まで人だけが通ることができる細い砂利道が着いていた。こずえの手を引きながら一樹は傾斜を上って行った。中ほどまであがったところで、警察の黄色いロープがはられ、警察関係者以外の進入を拒んでいた。一樹はあたりを見回して言った。
「沼倉先輩!」
北海道新報の腕章をつけた男が顔をあげた。
「貝塚!」
沼倉と呼ばれたその男は一樹の顔を見ると駆け寄ってきた。
「沼倉先輩。いや沼倉小樽支局長。ごぶさたです。」
「お前元気だったか。」
「はい元気でした。それより何があったんです?」
「うん実は・・・。それより貝塚そちらのお嬢さんは?」
「室蘭支社の西澤、西澤こずえです。総務にいます。」
こずえが答えた。
「そうか室蘭の。小樽支局の沼倉です。どうぞよろしく。」
沼倉はこずえの顔をまっすぐ見てそういうと、一樹に顔を向けた。
「貝塚、新しい彼女か?」
いたずらっぽい目をして沼倉が一樹に言った。こずえがつぶやいた。
「あたらしい?」
一樹があわてて
「違うよ。」
そして続けた。
「で、先輩何があったんですか?」
「灯台裏のがけ下で死体が発見された。自殺か他殺かはまだ分かっていない。」
「身元は?」
「加藤栄三。かまぼこ屋のカト蒲って聞いたことあるだろう。あそこの専務、若旦那だ。」
「そうなんですか?先輩さっき自殺か他殺か分からないって言いましたけど、ということは他殺の可能性もあるということですね?」
「ああ、亡くなった加藤にはかまぼこ屋の専務のほかにもうひとつの顔があるんだ。」
「何ですか、もうひとつの顔って?」
「まあそれは後で話すよ。それより貝塚今日は小樽に泊まりなのか?宿はどこだ?」
「あそこです。」
黙って二人の話を聞いていたこずえが振り返って山の上を指差した。
「ノイシュロスか。いいホテルだ。じゃあ貝塚明日の朝ロビーまで行くよ。話はそのときに。9時でいいか?」
「分かりました。じゃあ明日9時に」
「俺はもう少し取材していくから。じゃあな。」
一樹とこずえは坂をおり、車に乗り込んだ。来た道を引き返し、さきほど曲がり損ねた道に入り坂をのぼる。やがて山頂に今日の宿が見えてきた。