26話 静かな勇気
新しいシーズンを伝えていた桜は散り、少しずつ新緑で萌え始めようとする頃、俺は全力で学校の階段を駆け上っていた。無駄に広いためか、無駄に体力が奪われていく。
「やっべぇ~、時間が……」
俺は腕に巻いている時計で時間を確認をする。後三十秒で、もう遅刻だからあきらめなさい、を告げるベルが鳴ってしまう。
「負けるかぁ―」
全身筋肉痛から解き放たれた体で全力で走って階段を駆け上る。俺は自分の教室に続く、もう誰もいない廊下を休むことなく走りぬける。
後十秒、教室が見えてきた。後五秒、教室のドアの前に立つ。男らしく強引にドアを開けた瞬間に朝のホームルームを報せるチャイムが鳴った。
教室内は俺以外はみんな席に座っていて、立っている俺は急に恥ずかしくなり、コソコソと席に座る。
「おい、今日も学校休むのかと思ってたぜ」
座った途端目の前にいた、このクラス少ない男子の一人である佐多陽一が、半笑いながら話しかけてきた。
「二日も休むわけにはいかねえだろ」
俺は机にうつぶせになりながら答えた。俺はあの統戦の翌日は学校に行けたのだが、その翌日俺は見事に、風邪と筋肉痛という、神様がイタズラしたと思えないようなことが、俺の体を襲って二日程、学校を休んでいたのだ。
今日からは午前中だけだが、授業が始まるのだ。授業開始初日から休むわけにはいかなかったので、今日は少し無理して学校に来た訳である。
「刀破君、からだぁ、大丈夫?」
後ろから声が聞こえてきたので、顔を上げて振り向く。そこには少しオドオドしている志木雲雀が座っていた。
「あぁ、まだ少し体重いけど問題ないぜ」
「そぅ、よかった。でもすごかったねぇ。この前の刀破君」
その話を前で聞いていた佐多も。
「お前がお前でなかったようだぜ。刀破」
二人が言うこの前の俺。そう四日前にこのクラス代表を決める戦いがあった。そこで俺はクラス代表に立候補していた女性のパートナーとして、俺もこの戦いに参戦させられたのだ。
そこで俺は女性と戦った。一言でいえば完敗だった。自分の無力さをそこで知った。だがある場所で俺の記憶は飛んでしまった。最後に謎の男らしき声が聞こえたのをうっすら覚えている。
次に俺の記憶があるのは、俺の足に何故か瀬戸さんの鎖鎌が絡まっている所だった。その後俺たちが勝利したのだった。
その記憶がない間、俺はまたしても何かをしていたらしい。その証拠として俺の友人たちから、このように記憶にない事で興奮されているのだ。
「たまたまだよ。あれは運が良かっただけさ……?」
突然どこからか視線を感じたが、俺がその視線の元を探そうとする前に視線がなくなった。
「どうしたぁの?」
「いや、なんでもない」
三人で会話している途中で、教室の前の扉が勢いよく開いた。
「おっはよー。あ、成川君も来たのね。久々にクラス全員集結ね」
このクラスの担任である斬坂先生が、出席簿を教卓の前に投げつけて教卓の前についた。
「はい。見ただけで全員いるのわかったので、出席はとらん。面倒だから」
教師としてあるまじき発言をした気がしたが、クラス全員スル―。
「今日から授業が始まる。まぁ午前で終わって、最後はホームルームだから気軽にやれ」
みんな黙って担任の連絡事項を聞く。
「ぶっちゃけ、先生の方も授業なんてしたくない。この気持ちは生徒と同じだ。だからお互い気軽にやろう」
教師として爆弾発言をして、クラスのほとんどみんな唖然としている。
「じゃあ、連絡も済ませたし、鐘が鳴るまで朝の読書してね」
先生は教卓の椅子に座って、職員室から持ってきたらしい自分の本を読み始めた。それに続いて、俺も含めて本を読む。俺はちなみにブックカバーをしてラノベを読んだ。
好きなジャンルの本を読んでいると時間が経つのは早い。あっという間に時間は過ぎて、朝のホームルームの終わりを告げる鐘が鳴った。
「じゃあ、ホームルームは終わり。授業始まるけど、気軽にやりなさいよ―。じゃ」
そう言い残して、先生は教室をあとにした。先生がいなくなったら、クラスメイト達(ほとんど女子)は、俺のいない間でできた友人たちとお話をしている。
「あぁー。これから授業かよ。やだなぁー」
佐多はぶつくさ愚痴をこぼしている。まぁ憂鬱になる気持ちはよくわかる。俺もなっているから。雲雀は後ろで何か作業をしている音が聞こえる。きっと教科書でも出しているんだろう。
俺は授業が始まる前に体力を回復しておこう。そう思って机で寝る態勢をとる。十分という短時間だが、睡眠欲には勝てない。そんな理由で目をつぶろうとした時。
「なに寝ようとしてるの?」
どこからか軽い殺意がこもった声が聞こえてきた。同時に俺の眠気は何処かへ飛んでいった。
俺が顔を上げるとそこには一人の女性がいた。
「どうしたんですか? すみれさ……グホッ」
何の警告なしでいきなり俺の襟を掴んで、俺を引きずり始める。あまりにも突然の事だったため、俺は椅子から落とされ、引きずられてしまっている。
そのままの状態で廊下に出され、廊下も引きずられた。まだ知り合ってもない多くの同級生にこんな姿を見られないように抵抗をしたが、さすが女性。男の力でどうにもできず、されるがまま引きずらるのであった。一昔ならこんなことなかったろうに。
気がつけば、人気の少ない部屋に連れ込まれていた。壁にはたくさんの本棚があり、そこにはたくさんの資料で埋め尽くされている。教室の真ん中には大きなテーブルと移動式電子黒板がある。何かの会議室なのだろうか? 俺が考察し始めた所で、後ろから殺意を感じた。恐る恐る俺は後ろを振り向いて、殺意の根源に話しかける。
「どうしたんですか? ――すみれさん」
今俺の前にいるのは氷原すみれ。我が一年E組のクラス代表であり、俺を護衛執事にした女性である。
「どうもこうもないわ」
すみれさんと視線があってしまったが、すぐに逃げた。理由は簡単、すみれさんの目が怖かったのだ。すみれさんは俺自身よくわからないのだが、人の心が読めるとか。彼女の何もかも見透かされるような目が怖かったのだ。
俺一体彼女に何をしたっけ? こんなにされるような行為したっけ? 頭の中の記憶を振り返っている途中で、彼女はレイピアを取り出して、俺の目の前に突き出した。
「よくもこの私に連絡なしで、学校を休んだわね」
…………え? 俺の全思考回路が停止した。
「私の許可なしで護衛執事が休むなんて、いい度胸してるわね」
「え? でも――」
「いい訳なんていらないわ」
刃を俺の開いた口の中に入れてきた。刀の刃は潰して斬れる事はないと思うが、口の中に刀が入ってるのはいい気分ではない。
「んぅーんんぅうああぁあ(だってすみれさんの連絡先を」
心から必死に弁解してるつもりなんだが、舌を使えないので、こんなみじめな声で弁解中。
「…………」
ただ黙って俺の目を見てくる。このまますみれさんの目を見ていたら、すみれさんの世界に吸い込まれるような気分になる。
「なるほどね。そう言えばそうだったわね」
すみれさんは一人で勝手に納得してくれたのか、俺の口からレイピアを抜いてくれた。俺はとりあえず落ち着くために口で深呼吸をする。口から呼吸できる事がこんなに素晴らしい事なんて、当たり前にやってるからこそ気付けない行為。
だがすみれさんはそんな俺に追い打ちをかける。
「携帯だしなさい」
「え?」
突然の要求に戸惑っているのに、すみれさんはまるで最初から知っていたかのように俺の携帯があるケツポケットから携帯を奪取。勝手に人の携帯を操作し始めた。
「な、何やってるんですか!?」
俺は慌てて取り返そうと試みるが、両目を足裏で攻撃された。
「な$#%&%”!」
床に倒れ、両手で蹴りを入れられた顔を覆い隠す。マジ痛い。てかすみれさん、スカートなのに蹴りをしてくるとは……。
男一人床で悶え苦しんでいる状況でもすみれさんは、顔色一つ変えないで、両手で携帯を操作している。暫くして、床に何か落ちる音がした。
「終わったわ。今度ミスしたら覚えておきなさい」
すみれさんはそのまま無人だった教室を後にした。俺は自分の顔の痛みも引いてきて、すみれさんが落とした物を拾う。彼女が床に置いていった物は俺の携帯。
「すみれさん一体……ん?」
携帯を拾い、携帯の画面を見る。
<氷原すみれのプロフィールを登録しました>
「……普通に言ってくれれば」
教えたのに、と言おうとしたが口が塞がった。言い終わる前にふと、彼女の過去をふと思い出した。彼女からして見れば、人に頼んで何かをしてもらうって行為がもしかしたら、俺が考えている以上に勇気がいる行為なのではないかと。
キィーン・コォーン・カァーン・コォーン。
授業が始まるを報せる音が、この部屋にも鳴り響く。
「やっば、授業が!」
俺は急ぎ足で無人の部屋を後にするのだった。
こんにちは、りょーすけです。
どこでも発表は緊張しますね。それが社会人だとなおさら。
今回は新章突入の前置き的な感じです。
次回からも頑張って書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。
では次のお話まで、ではでは。