リトル・アーケイディア ―PROLOGUE―
以前投稿していた長編小説を再編するにあたり、プロローグを書かせてもらいました。
本編はシリーズ設定をしているのでそちらから読みに行っていただけると嬉しいです。
レプリック・ドゥ・ランジュ。私、雪村奏。桐谷沙紀。豊口理央。そして、王生翔子、橋本悠理、もちろん四条玲佳も含めて。6人のメンバーで始まったアイドルグループ。
その結成15周年ライブが今日、この5000人を収容できる東都国際ホールで開催される。
開場時間の1時間前、嵐の前の静けさといった雰囲気の会場を、私はステージ衣装のままで歩いていた。
数十分前まで設営の大詰めでざわざわしていたが、それも今はぴたりと鳴りを潜めていて、時折スタッフさんの短いやり取りが一瞬交わされるくらいだった。
不思議な気分だった。色々な思い出が浮かんでくるような感覚がありつつ、どこかぼんやりとしたまま頭の中で霧散していく。客席の通路を通り、時折意味もなく座席に手を伸ばして触れながら、私は奥へ奥へと進んでいく。
そして会場の一番後ろの席に着くと、ゆっくりと振り返った。
その位置から、改めてステージの上へと視線を落とす。
いつもステージ上では一番後ろの席のお客さんも意識してパフォーマンスをしていた。けれども逆の視点からみるとやっぱり見え方は違う。
今日、この席に座るお客さんは、どういう風に私たちを思ってくれるのだろう。楽しいと思ってくれるだろうか。感動してくれるだろうか。幸せだと思ってくれるだろうか。今日のこの日が大切な一日だったと、そう思ってくれるだろうか。
「奏ちゃん、やっぱりここにいたんだ」
そんなことを考えていると、不意にそう声をかけられた。
「沙紀さん」
すぐ近くの出口の扉から、こちらもステージ衣装になっていた桐谷沙紀が姿を見せる。
そして沙紀は奏の傍まで近づくと、同じようにステージに視線を向ける。
「不安?」
沙紀の問いかけに、
「まさか」
ふっと奏は苦笑を漏らす。
「だって、今日は心強い仲間が来てくれるんですよ?」
そう言って、ステージの後方と両脇に配置されたビジョンに目を向ける。
今日はそこにステージのライブ映像と、結成初期の録画映像を入り混ぜて流す演出をする予定だ。
「そっか」
沙紀は表情を柔らかくするが、わずかに声のトーンが落ちる。
「私は、少し不安かな。勢いがあったあの時と、今とを比べてさ。お客さんの中には、『自分が応援していたのはあの時のあれが良かったからなんだよな、15年おめでとう、ありがとう』みたいに気持ちを一区切りつけてしまう切欠になっちゃんじゃないか、ってさ」
それを聞いて奏も苦笑いを浮かべてしまう。否定しきれないからだ。
「だとしても、やることは変わらないよ。そう言う人にもさ、『レプリック・ドゥ・ランジュを推してて一番楽しい日だった』って思わせてやろうよ」
いつだって、そんな風に前向きな姿勢を崩さなかった奏を、沙紀は少しまぶしそうに見ながら、
「よし、じゃあそろそろ楽屋に戻ろうか。『心強い仲間』に会いにさ」
そう言って沙紀は奏の手を引きながら会場を出る。
「え、それって翔子のことですか? 私としては今更どうってことはないんですけど」
奏は王生翔子とはプライベートでも頻繁に会うので物珍しさは欠片もない、という意味でそう言うが、沙紀はこらえきれないという風に笑い声をあげる。
「いやー、でも面白かったよ。翔子ちゃん、こんな衣装恥ずかしすぎる、って顔真っ赤にしながらグズグズ言っててさ。理央ちゃんに怒られてて、私思わずげらげら笑っちゃったよ」
「それは確かに見たかったかも!」
奏もくすくすと相好を崩して、控室の前まで到着する。と、沙紀がドアを開けながら悪戯っぽい笑みを浮かべて振り返った。
「それに、間に合ったよ。何とか都合つけてくれた」
え、と思う間もなくその姿が目に入る。
「……悠、理?」
思わず、声が震える。奏の視線の先には、あのころよりもぐっと大人びた表情で、穏やかに微笑む橋本悠理の姿があった。
アイドルファンの記憶に生涯残ると言われた、あの時。伝説の歌姫とうたわれるようになったあの日の衣装を身にまとって。
これは、楽園をつくろうという誓いを立てた少女たちと、それを支えることを責務と考える大人たちの物語。
漠然とした理想論から始まりながら、周囲を巻き込み、加速度的に熱を増しながら目指す道が鮮明になっていく。15周年のライブに至るまでに経た、得難い経験と痛みを伴う別れ。その一つ一つを詳らかにしていこうと思う。




