3話 春夏秋冬、 隠れ家で公子を護る侍たち
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嫁入り目前で破談!? 差し出される先は狂気の公子――幕末版・政略婚から始まる命懸けの恋!
幕末の炎の中で交差する、
理不尽、政治、陰謀、そして運命の恋の物語。
「つきましたよ」
気遣いのある声だった。
目を開けた。明け方だった。
駕籠から降りたとき、わたし・トミの目に飛び込んできたのは――やたらと大きなお屋敷だった。
広い庭、その真ん中には静かな池。恰幅の良いご主人は茶の縞の着物をまとい、小声でこっちにきなさいと手招きしている。
(ここ……庄屋さん? いや、もっと偉い人? 大きなお店のご隠居さんの別宅とか……?)
納屋のそばを通ると馬の匂い。鳥小屋、井戸、別棟に風呂場とお手洗いらしき建物がある。
勝手口をくぐると、土間に台所。朝から働く女たちの姿があった。
「おはようさん」
頬かむりをかぶったおばさんたちが、一斉にわたしを見る。
その目が皆そろいもそろって「かわいそうに」を語っていた。
(女衆がひとり、ふたり、三人……男衆は、二人? 全部で五人の使用人がいる)
「よく来たね」
「おやまあ、えらい別嬪さんじゃ」
取り繕うような声に背中を押され、土間から囲炉裏のそばへ通された。そこには、ふたりのお方がいらした。
(茶の縞の着物の人……六十過ぎくらいのおじいさん。この屋敷の主ね。奥から出てきたおばあさんが奥様……)
出会う人すべてが「かわいそうに」という目を向けてくる。
朝なのに、まるでお通夜のような静けさだった。
囲炉裏の火を見つめながら腰を下ろす。
(そういえば……江尻というお侍さん、いない。いなくなっている。他の侍たちも。……え、まさかトミ一人でここに置いて行かれた?)
胸がざわついた。
沈黙。
その中で奥様が、ふう、と深い息をつく。薄紫の小袖がよく似合う、美しいおばあ様。
鶏の鳴き声。
囲炉裏の炭が赤く怒り、白い灰へ変わっていくのを、ただただ見つめていると、おばあ様が火箸で炭をつついた。
「お名前をもう一度」
「え? ああ、ええっと、トミと申します」
「ああ、トミさん。そうですか。でも、もうそこまでで十分ですよ。生まれも育ちも言わなくてよろしい。ここは何もかも秘密の屋敷なんですよ」
おじい様も深い声でつぶやく。
「わしらの名も聞かないでくだされ。じいさん、ばあさんと呼べばよい。あっちの皆は、おばさんで通る」
「はぁ……」
おばさんが出してくれたお茶を口に含む。
香りでわかる。これは高級品だ。
一口飲むと甘みがふわりと広がった。
「おいしゅうございます」
「まあ、よかった」
おばあ様は少し頬を緩め、そしてまた哀れむような目でトミを見る。
(なんだか……居心地悪い。みんなの目が不安をかきたてる。
今ごろ旅籠ではお客様が出発するころ。みんな忙しく動き回ってるだろうな……。
……おじい様とおばあ様、ずっと黙ってわたしを見てる。
江尻様はどこへ?)
その時だった。
屋敷の外から怒鳴り声。
おばあ様がひぃっと肩をすくめる。何を言っているのかは聞き取れない。
バタバタと足音が聞こえる。
江尻様が駆けてきた。
「トミ、ご挨拶に行くぞ」
しかし、おじい様が制した。
「おトミさん、今日は奥の間でゆっくりしなされ。ご挨拶は明日でも明後日でも、あのお方のご機嫌の麗しいときにできましょう。……姫様部屋は、奥にありますから、お荷物を運びましょう」
(姫様?)
「あ、あの、トミは姫様ではありません。ただの旅籠の娘で……。ここがどこなのか、何もわからなくて……どなたか教えていただけると……」
江尻様は首を横に振る。
「何も知らないほうが良い。名や所を尋ねるな。……ご主人、わかりました。それでは皆を集めてくだされ」
集まったのは、台所の女衆三人、外から男衆二人、そして十歳ほどの女児。
江尻様は皆を見渡して言った。
「今日から《《トミも》》世話になる。名前も所も話すでない。これは命令じゃ。
そして、我らのことはこう呼べ。責任者は――《《春》》。あの背の高い男だ」
春さんが軽く手を挙げた。
落ち着いた眼差し、判断力のありそうな男。責任者らしい風格がある。
「物品調達と金の勘定は夏」
夏と呼ばれた二十過ぎくらいの男が立ち上がった。
「はい、今から夏と呼んでください」
(あ、この人……《《つきましたよ》》と言った人だ。声でわかる)
「力仕事は秋。若いから何でも用事を言いつけてよし」
十五歳ほどの少年が、ぎこちなく頭を下げる。
顔には緊張と誠実さがにじむ。
「そして連絡役が、わし。冬だ。冬さんと呼べ」
(冬さんは……江尻様。紋付きの羽織、袴を身につけている。やっぱり偉い人だったんだ)
そう言うと、冬さんはひらりと馬に乗り屋敷を後にした。
残った春さんは、いつの間にか袴を脱ぎ、仕立ての良い紺の着物に着替えてた。ご主人と並んで茶をすすりながら、静かに状況を見ている。
夏さんと秋さんは、早速外で薪割りを始めた。所作は手慣れており、どこから見てもただの使用人。
けれどその目つきには鋭さがあった。
(変装がうまい……。この人たち、何者だろう)
春さんが声をかけてきた。
「トミは、わしと奥さん、そしてあの頬かむりのおばさんたちとだけ話すように。男たちとは話すな。……騒動が起きるやもしれん」
(騒動……って、何!?)
頬かむりのおばさんが近づき、優しい声で告げた。
「おトミさん、布団を敷いたよ。夜通しの道行きだったんだって? 休んだ方がいいよ。この屋敷は、いつ何が起こるかわからんので」
「それでは……お言葉に甘えて」
奥の小部屋に入り、風呂敷包みを開く。
母様にもらった鏡が入っている。
鏡に映る自分は、疲れ切った娘だった。
そのとき。
「おい、三浦! 何とかできぬのか?」
大きな怒鳴り声で目が覚めた。
「江尻はどこじゃ!」
「江尻様は長府にお戻りになりました」
「ええい、役立たずが!」
(夏さんは……三浦さんっていうのね。やっぱりお侍なんだ)
「早うせんか! ぼんくらめ!」
(この声……まさか、あのお方? わたしが仕えるという)
怖い。
布団を頭までかぶった。
(関係ない……寝よう……)
しかし、勝手口で戸の軋む音がした。
お勝手のおばさんの声が聞こえる。
「どうしたの? ええっと、夏さん」
「キツネ狩りに行きたいそうだ。無理と言ったら釣りに行く舟を出せと。できぬと伝えたら、ここは牢獄か座敷牢かとお怒りになり……剣術や弓の稽古を命じられ……。ねえ、春さん。あのお方にわかるように伝えてください。遊んでいるのではない、潜伏中で外出は無理なのだと」
春さんの深い息が漏れる。
「舟など出すな。きっと釣りではなく台場の視察になる。剣術も弓もおやめいただこう。……癇癪を起こされれば怪我人が出る。村人に噂も立つ。幕府の目明しが来れば、江尻様が腹を切ることになる。我らも処分は免れぬ。屋敷の主も……」
「こうなれば、姫の出番ではあるまいか」
「何をおっしゃる。あのおトミさんが怒鳴られるのか? かわいそうに、会わせられない」
「じゃあ、何のため連れて来た?」
「本人の気持ちを聞こう。連れてこい」
その時、襖が開いた。
おばあ様が顔を出した。震える手で風呂敷包みを押し付けてくる。
「おトミさん。悪いことは言わない。何も見なかった聞かなかったことにして、歩いて帰りなさい。今ならまだ大丈夫。とんでもないお方なのですよ。あの方に、顔を見せてはなりませんよ」
恐怖と優しさの入り混じった、震える声だった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
いかがでしたか?
時代を越えても通じる女の強さ。
そんな想いを込めて書きました。
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次回もどうぞお楽しみに!
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