僕と柴崎
弁当に、必ずうさぎりんごを入れてくる奴がいる。
名を、柴崎という。
柴崎は友達が僕くらいしかいないから、彼の弁当の中身を知ってるのは、多分高校で僕しかいない。
弁当は日によって、おにぎりだったり、焼きそばだったり、サンドイッチだったりしたが、必ずと言っていい程うさぎりんごが入っている。
あまりにも気になるので、ある日一緒に弁当を食べている時に、それとなく聞いてみた。
「なあ、柴崎」
「何だ?」
「それ、いつも自分で切ってんの?」
それ、と僕は柴崎の弁当に入っている、うさぎ型のりんごを指差した。
「いや、母親。何でか、必ずうさぎにするんだよ」
「柴崎が頼んでる訳じゃないのか?」
「頼んでないけど、断る理由もないからこのままにしてる」
「へえ、そうなのか」
元々食事中に会話をする方でもない僕達は、その後黙々と弁当を平らげた。
柴崎と僕の関係だが、友達かというと少し違うと思う。
強いていうなら、利害が一致した関係。
要は、人見知りで友達を作れなかった男二人が、互いがぼっちにならないように一緒に居るというだけだった。
例えば、体育の二人組の時。
例えば、修学旅行の組分け。
何かにつけてグループを組ませたがる高校という場所で、こういう相手がいるのは非常に有り難かった。
周りから見れば、いつも一緒にいる柴崎と僕は、非常に仲の良い二人組に見えていただろう。
実際、文化祭でたまたま遭遇した両親が僕の隣を指して「友達?」と聞いてきた時も「そう、友達」と答えた。
柴崎は、何も言わずただ僕の隣で笑っていた。
まあ、柴崎の方も、家族に僕を友達だと紹介していたので、お互い様である。
その時の僕の反応も、柴崎と同じくただ無言で笑っているだけだった。
一年生のある時、柴崎が風邪をひいて数日学校を休んだ。
あまり話した事のないクラスメイトの一人が、「心配だね」と僕に言ってきた。
柴崎がいないので、仕方なく僕が一人で弁当を食べている時だった。
「そう、だな」
僕は曖昧に返事をした。
正直柴崎が心配というより、このまま柴崎が戻ってこなければ一人になってしまう、という方が不安だった。
数日後、柴崎は何事もなかったかのように登校してきた。
昼食の時に休んだ理由を聞くと、「インフルエンザ」と返ってきた。
その一年後、僕もインフルエンザで数日学校を休んだ。
昼食で、母の用意してくれたおかゆを食べている時、僕は一人で弁当を食べる柴崎を思い浮かべていた。
もしこのまま熱が下がらず僕が死んだら、柴崎はずっと一人で弁当を食べるのか、なんて事まで考えていた。
数日後、僕は熱も下がり普通に登校した。
昼食の時、柴崎に休んだ理由を聞かれた。
「インフルエンザ」と僕が答えると、柴崎は少し笑った。
「来年は俺じゃねえか」
少しして意味が分かった僕は、思わず苦笑した。
そうして二人で弁当を食べながら、暫くの間くすくすと笑っていた。
三年間も一緒に居た割に、僕達がちゃんと会話をしたのは数える程しかない。
その数少ない一回が、この時である。
ちなみに僕も柴崎も、三年生は皆勤賞であった。
そんな柴崎との三年間を思い返しながら、僕は今日も柴崎と昼食を食べている。
卒業式後、打ち上げに行くというクラスメイトの誘いを断り、僕達は柴崎の部屋で昼食を食べていた。
卒業式にも関わらず、母さんは弁当を作ってくれた。
卒業おめでとう、の文字が海苔で書かれた、今日に相応しい弁当である。
ちなみに目の前に座る柴崎は、昨日の残りだという、温かいうどんを啜っている。
「なあ、柴崎」
「何だ」
「うさぎりんご、本当は自分で切ってただろ」
「ばれちまった、な」
柴崎が、照れ臭そうに笑う。
柴崎の母が用意してくれたりんごは、皮が全て剥かれていた。
「何であんな嘘ついたんだ?」
「恥ずかしくなったんだよ、俺がうさぎりんご作ったなんて言うの」
つまり、こういうことだ。
年の離れた妹のいる柴崎は、当時妹を喜ばせるため、うさぎりんごをうまく剥けるように練習していた。
その練習で使ったりんごは、妹のお昼のおやつと柴崎の弁当の両方に使われた。
うさぎりんごを気に入った妹は、毎日りんごをうさぎにして欲しいと柴崎に頼んだ。
いつしか、毎日のうさぎりんごを作る担当は柴崎になった、というのが真相である。
「柴崎、妹いたんだな」
「おう、今年から小学生」
「全然知らなかった、文化祭にも来なかったし」
「幼稚園行ってたからな、妹」
「成程」
「で、お前は?兄弟とか」
「僕、一人っ子」
「ああ、ぽいわ」
「ぽいって何だよ」
昼食を食べながら、軽口交じりで話をする。
もっと早くこれが出来ていれば、僕達は友達になれたのだろうか、なんて思いが頭をよぎる。
「なあ」
「何だよ、柴崎」
「俺達、友達にならねえ?」
ふいに発せられた言葉に、少しだけ驚いた。
同時に、少しだけ泣きそうになった。
そうか、僕達はまだ、間に合ったんだ。
「ああ、友達になろう」
僕は、笑って答える。
願ってもない提案だった。
だって僕達は、きっと凄く相性がいい。
三年間、ずっと二人きりで一緒に居れるくらいには。
「そうか、よかった」
僕の言葉を聞いた柴崎も、ほっとしたように笑った。
卒業式の日、高校生活で初めての友達が出来た。




