成島くん日常譚 教室と非常階段
シリーズ四作目、単体でも楽しめるハズ。
俺の名前は成島愛己。
テストの点がすこぶる良いわけでも、運動が飛び抜けてできるわけでもない、どこにでもいる高校二年の男子だ。
ただ一つ、他人と少し違うところを挙げるとすれば、自分でも見惚れるほどの整った容姿だろうか。
窓の外では蝉の声が降り注ぎ、終業式を終えた教室は夏休みの話題で浮かれていた。
「なあ、夏休みの最初に肝試しでもしようぜ」
誰かの一言に、浮かれた空気は一気に膨れ上がる。
「おぉ、いいねぇ」
「男子と女子でペア組んで、肝試しとかどう? 青春じゃん!」
話が具体的になるにつれ、どこか悪巧みのような雰囲気が教室を満たしていく。
そのときだ。
「男子? 男子? 男子、ダンシング!」
後ろの席の奴が突然立ち上がり、腰をグネグネさせ、両手を大げさに振り回し始めた。
「出た!」
「バカだろお前!」
「コロポックルたけおかよ!」
教室は爆笑に包まれる。
ふざけているクラスメイトと目が合った。
――期待に満ちた視線だ。
笑い声に包まれながら、心の奥にわずかな逡巡が生まれる。
――ここで俺が乗るべきか。
周囲を瞬時に見渡す。
呆れたようにため息をつく者、困ったように笑う者。
きっと、もっと真剣に夏休みの予定を話し合いたいと思っているんだろう。
だが、身を張って笑いを取っている仲間を見捨てていいのか?
そして、俺自身――ここで乗らなければ、今のクラスでの居場所がなくなってしまうのではないか?
……迷う。
しかし、何度考えても結論は同じだった。
「男子、男子ダンシング!!」
俺は立ち上がり、ステップを踏みながら声を上げた。
勢いでアドリブのダンスを踊り出す。
「おい成島! お前までやるなよ!」
「やめろ、二人でダンスバトルすんな!」
「なんだその無駄にカッコつけたダンス!」
再び大爆笑が広がる。笑いの渦に身を置くと、ほんの少しだけ安堵する。
――よし、これで“俺らしさ”は保てた。
期待に応え、笑わせることができた。
だが、同時に話し合いの空気は完全に途切れてしまった。
この選択は正しかったのか……?頭をかすめる思考を振り切り、胸の奥に残るわずかな不安を抑え込む。
そのとき、不意に声がかけられた。
「成島くん」
視線を向けると、そこに立っていたのは音羽美玲。
学内にとどまらず、誰もが認める才色兼備の美少女が、まっすぐ俺を見つめている。
「ちょっといい?」
返事を待たず、音羽はすっと近づいてくる。
白くしなやかな指先が、容赦なく俺の襟を掴んだ。
「借りていくわね」
教室に響いたその一言で、空気が一変する。
俺は目で助けを求めたが、クラスメイトは誰もが呆気に取られた表情で、音羽に連行されていく俺を見送るしかなかった。
♢
襟首を掴まれたまま、俺は音羽に非常階段の踊り場まで連れてこられた。
蝉の鳴き声がぬるい風と共に吹き込み、昼の空気をだるく揺らしている。
「さて、ここなら落ち着いて話せるわね」
音羽は壁にもたれかかり、まっすぐ俺を見た。
「ごめん、音羽さん。……大きな声は苦手だったよね」
俺がそう切り出すと、音羽はわずかに目を伏せて沈黙する。
その一瞬の静寂に、心臓が妙に跳ねる。しかし彼女はすぐに視線を上げ、涼しい顔で言った。
「気にしないでいいわ。そんなことより――掃除の予定を決めたいの」
「ああ、掃除ね」
夏休みの予定なんて白紙だ。どこかへ遊びに行くあてもない。
「まあ、特に予定はないし。音羽さんの予定に合わせるけど?」
俺がそう答えると、彼女はかすかに唇の端を吊り上げ、満足げに頷いた。
「ありがとう。それじゃあ、掃除は三日に一度にしましょうか」
「……へ? なんで普段より多くなってるんだよ!」
思わず声が裏返る。普段から十分やっているのに、それを夏休みに増やすなんて。
音羽は俺の抗議を意に介さず、肩をすくめる。
「当たり前でしょ? 家にいる時間が長くなるんだから、その分散らかるのも早いのよ」
「散らかすのお前だろ!!」
俺のツッコミに、音羽は楽しそうに小さく笑った。
「あなたが片付けてくれるから助かるわ」
「執事かなんかだと思ってる? あくまでクラスメイトなんですけど」
音羽は俺をまっすぐ見つめ、ふっと真剣な目をした。
「……でも、成島くん。私がお願いできるのは、あなたくらいなのよ」
音羽と関わるようになってわかったことがある。俺は、この目に勝てない。
声音は軽口のように聞こえるのに、不思議と拒むことができない。
「……仕方ない。三日に一度、な」
「ふふ、やっぱり素直ね」
音羽は目を細め、子どもみたいに笑う。
俺はゆっくりとため息をつき、少しだけ強がる。
「……まったく、人使いが荒いお姫様だな」
「あら、決定権は成島くんにあるのに」
涼しい顔でそう言い返してくるあたり、本当に図太い。
やがて、音羽がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、夏休み……あなたはどこかへ行く予定はあるの?」
「そりゃ家族と田舎に行くくらいかな。それ以外は家でダラダラしてると思う」
「でしょうね」
「おい」
即答で切り捨てられ、俺は肩をすくめるしかなかった。
「だったら予定は合わせやすいわね」
「え、なんの予定?」
「掃除と……あと、勉強会」
「勉強会!?」
「期末の成績、上がったでしょ? あれは私が手伝ったことが大きいと思うけれど」
痛いところを突かれた。確かに今回は先生に褒められるほど点数が伸びた。
俺が渋い顔をしていると、音羽はすっとスマホを取り出した。
「じゃあ、連絡先を交換しましょう」
「えっ」
「予定が変わることだってあるでしょう?」
俺の返事を待たずに、画面を突き出してくる。
「いや、そんないきなり……心の準備が」
「連絡先なら成島くんの方が多そうだけど? 嫌なの?」
真正面からまっすぐ見つめられる。逃げ場がない。
嫌なわけじゃない。むしろ――。
「QRコードの出し方って、知ってる?」
意外にも、音羽はいきなりキョトンとした表情をした。
「あ……はい。ここを押して、読み取って――」
まさか俺が音羽に操作を教えることになるとは思わなかった。
交換が完了すると、音羽はスマホを胸に抱き寄せ、満足げに微笑む。
「助かったわ、成島くん。これでいつでも呼び出し放題ね」
そのいたずらっぽい笑みと、さらりと言い放たれた言葉に、俺は視線を逸らすしかなかった。
「音羽さん……それ、もう執事どころか奴隷じゃないか?」
「ふふっ、うまいこと言うのね」
音羽は軽く笑ったあと、少しだけ真顔になった。
「……でもね、私、クラスで笑わせてるときより、こうして文句を言いながら付き合ってくれる成島くんの方が好きよ」
不意に胸の奥を掴まれるような感覚に、言葉が詰まる。
蝉の声が遠くで鳴き続けているのに、耳の奥では自分の鼓動ばかりが響いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
後ろ襟を掴まれて引っ張られると転けないようにするのが精一杯になります。
成島は離された後文句言わなくて偉いなぁと書いた後に思いました。
夏休み編を描いたら連載版を作ろうと思います。




