アフターストーリー②『再会、そして地獄』
駅のホーム。
冷たい風が吹き抜ける2月の夜。
コートの襟を立てながら、佐伯みなみは自販機の前に立っていた。
ホットコーヒーを選ぶつもりだった。
でも、気がつけば、指はただ液晶の光をぼんやり眺めていただけだった。
寒さなんて、とうに感覚が鈍っている。
(……終電、逃したかも)
(でも、帰っても誰もいないし)
財布の中には、小銭が数枚。
アパートは駅から徒歩20分。
バイトは週3の接客業。
契約社員だった仕事は、半年前に辞めた。
同棲していた滝沢とは、1年前に別れた。
いや、“捨てられた”の方が正確か。
「飽きた」「重い」「都合の悪いときだけ連絡すんな」
そう言われて、LINEはブロックされた。
泣きながら家にすがった日、母親は「恥ずかしい」と顔を背けた。
(……なんで、あんな選択したんだろう)
(あたし、なんで……)
頭を抱えながらしゃがみ込んだとき。
ふいに、見覚えのある声が聞こえた。
「……え、久しぶり……?」
顔を上げた瞬間。
そこにいたのは、岸田ユウだった。
変わっていた。
高校の頃よりも背が伸び、雰囲気が柔らかくなっている。
でも、目だけはあの頃のまま。まっすぐで、優しい目だった。
隣には、ひとりの女の子がいた。
黒髪ボブ。
控えめな笑顔。
けれど、ユウの腕に自然と手を添えている。
「……みなみ?」
その名前を呼ばれた瞬間、全身の血が凍るようだった。
「……ユ、ユウ……」
「……久しぶり。元気……そうじゃない、な」
その声に、すべてが詰まっていた。
「ごめん。紹介するね、春川美羽。今の……彼女」
みなみの心臓が、ずきりと鳴った。
「あ、はじめまして。……高校、一緒だったんですよね」
美羽の笑顔は、何も責めていなかった。
ただ、ユウを心から信頼している人間の笑顔だった。
「……うん、知ってる。知ってるよ……」
みなみは、足元を見つめた。
ヨレたコート。濡れたスニーカー。
汚れた鞄。ノーメイクの顔。
全部が“見られたくない自分”だった。
「駅でなにしてたの?」
「……べつに、終電、逃しただけ」
「そっか」
ユウは、それ以上なにも聞かなかった。
「……ごめん、行こっか。寒いし」
そう言って、美羽の肩にそっと手を置いた。
「……」
「じゃあ、みなみ。体調とか……ちゃんと気をつけて」
その言葉だけを残して、ユウは背を向けた。
(なんで……)
(私が、あのとき、全部選んだはずだったのに)
(あたしが、捨てたはずだったのに)
(なんで、“捨てられた”あんたが、笑ってんの)
その場に、座り込んだ。
靴の中は冷え切っている。
指先はかじかんで、スマホの通知を消すこともできない。
誰も連絡してこない。
滝沢も、親も、友達も――いない。
でも、ユウはいた。
隣に、別の誰かを連れて。
(あたし、全部失った)
(あのときの“快感”と引き換えに、なにもかも)
自販機の明かりが、みなみの影を白く照らしていた。
凍ったままの足元。
濡れた地面に座り込んだまま、
彼女は、ひとり、動けなかった。
――彼女の物語は、もう終わっている。
それを知らないのは、本人だけだった。
完。
あとがき
個人的にNTRの結末はこうあるべきだなーって思う。…でもまあ一時の感情が人生台無しにって言うのは頭では分かっててもやってしまう人が多くいるのも事実。
…個人的には今もう一つ書いたまま1年ぐらいエタってる、絶賛ntr現在進行形の話(――キスしてみませんか?~ツンデレ同級生に振られた俺は、グイグイ来る後輩に迫られて――?~)の結末をどうしようか悩んでたので、この話を書きました。
不幸のまま終えるのか、はたまた救いがあるのか悩みすぎて…(トホホ)