アフターストーリー①『あの日、何が壊れたのか』
岸田ユウは、最後のメッセージを送ったあと、スマホを伏せた。
【……わかった。さよなら】
返事は来なかった。
画面には、既読もつかないまま時が止まっていた。
けれど、わかっていた。
(もう……終わってたんだ)
*
いつからだったのか。
LINEの返信が遅くなったのは、春の終わりだった。
週末の予定を聞いても、「バイトかも」「まだ未定」とだけ返ってくる。
駅で待ち合わせた日は、どこか目が合わなかった。
笑ってくれても、そこに“温度”がなかった。
でも――ユウは信じた。
みなみは、そんなに器用なタイプじゃない。
気分屋で、強がりで、でも根は優しい子だ。
(疲れてるんだ。たぶん、そう。
俺が支えてやらなきゃ――)
*
思い出す。
最後のキス。
彼女の唇は、乾いていた。
触れた瞬間、彼女の目がふっと虚ろに泳いだのを、ユウは見ていた。
(……俺のこと、もう見てない)
それでも、離せなかった。
あのとき、手を繋ぎながら思った。
「ここで手を離したら、本当に失う気がする」
でも――
彼女の方から、手を離していたのだ。
*
あれから数日。
ユウは毎日、自分を責めた。
「もっと優しくしてたら」
「もっと早く気づけてたら」
「もっと、男らしくしていれば」
バイトも休みがちになり、食事も喉を通らなかった。
友達からの連絡も、何も返さず。
夜になると、スマホを握りしめて、未読の画面だけを見つめる。
――そのときだった。
「……あのさ」
学校の屋上。昼休み。
誰もいない時間を見計らってきたのは、クラスの女の子だった。
黒髪ボブに、真面目そうな眼鏡。
確か、名前は――春川 美羽。
同じクラスだけど、話した記憶はなかった。
「ユウくん……最近、ちょっとヤバそうだったから」
「……え、俺?」
「ごめん。変な意味じゃなくて。……でも、見てらんなかったんだ」
ユウは思わず笑った。
「俺、そんなヤバいオーラ出てた?」
「うん。正直、“捨てられた犬”みたいな顔してた」
「……あー、それは否定できないかも」
「だよね。でもさ――」
彼女は、ポケットから小さなチョコを取り出して、ユウの手に押しつけた。
「これあげる。義理とかじゃなく、栄養補給」
「……なんでこんなこと……」
「私も、去年まで似たようなことあったから。
好きな人にフラれて、自分のこと全部否定したくなって」
「……」
「でも、そういう時こそ、人にチョコ配るくらいがちょうどいいよ。
“あ、自分、まだ誰かに何かあげられるんだな”って思えるから」
ユウは、しばらくその言葉を噛み締めた。
(誰かに何かを、あげられる――)
(俺は、今……)
「ありがとう。なんか……救われたかも」
「ううん。私が勝手にやったことだし」
「でも、ほんとに……ちょっと、元気出た」
美羽は、静かに笑った。
彼女の笑顔は、どこか“似ていなかった”。
強がりの笑顔じゃない。
ちゃんと、自分の気持ちを込めた“優しさ”の笑顔だった。
(……俺、この子のこと、今まで見てなかったな)
*
その日、久しぶりにユウはしっかりご飯を食べた。
バイト先にも連絡を入れた。
授業のノートもまとめた。
まだ、みなみのことを思い出す夜はある。
身体の奥に焼きついた“手触りのない拒絶”を、夢に見る夜もある。
でも。
――誰かの笑顔をちゃんと見られるようになった自分がいる。
次第に、美羽と話す時間が増えていった。
同じ電車で帰る。
昼休みに同じベンチに座る。
お互いの好きな映画を語る。
彼女は“押しつけない優しさ”を持っていた。
一度も、「元カノの話はしないで」とも言わなかった。
「時間かけて、忘れられたら、それでいいと思うよ」
「それまで、隣にいてあげる」
そして春が来る頃、ユウはようやく気づいた。
(みなみのことは、もう“過去”になった)
(今、ちゃんと“好き”って思える人がいる)
満開の桜の下、ユウはゆっくりと手を伸ばした。
「……春川さん。俺、今でもまだ不完全かもしれないけど――
でも、それでも……君が好きだ」
「……嬉しい。私も、好きだよ」
その手は、ちゃんと熱を持っていた。
もう、何も冷たくなかった。
――ユウの物語は、ここから始まる。
彼は確かに傷ついた。
でも、“選ばれなかった男”が、誰かに選び返される未来がある。
それが、“もうひとつのNTRの結末”。