4
日曜の昼。
いつもの待ち合わせ場所。
ユウは少しだけ遅れてやって来た。
「ごめん、待った?」
「……ううん。今来た」
口元だけで微笑む。
本当は、15分前からずっと立っていた。
でも、心は“遅れて来てほしかった”と、どこかで思っていた。
「今日は、映画? それともどっかカフェ行く?」
「……なんでもいいよ。任せる」
「え、ほんとに? じゃあ俺のおすすめの……」
ユウの声は、優しい。
何も変わっていない。
中学からずっと、変わらずに真っ直ぐで、不器用で。
――なのに。
(……なんで、何も感じないんだろ)
(前は……こうして話すだけで嬉しかったのに)
*
カフェの席。
向かい合うテーブル。
ユウが「そういえばこの前さ」と笑う。
それに合わせて頷く。
でも、心の奥はずっと冷たいままだった。
(……この空気、滝沢なら壊してくる)
(あいつなら、退屈させない)
(触れずに“揺らしてくる”)
そう思った瞬間、ユウの手が、そっとみなみの指に触れた。
「あのさ……最近、ちょっと距離、感じるんだ」
みなみは顔を上げた。
「……そう?」
「うん。LINEもそっけないし、目もあんまり合わせてくれないし……。なんか、俺、嫌われた?」
「そんなこと……ない」
でも、声がこもっていた。
本気で否定できなかった。
ユウは少し黙ったあと、ふっと笑った。
「じゃあさ――ちゃんと伝えてもいい?」
「え?」
「好きだよ、みなみ」
その言葉と同時に、手をぎゅっと握られた。
でも。
(……つまんない)
(さっきの滝沢のLINE見た時の方が、ドキドキした)
それは残酷な“事実”だった。
「……みなみ?」
「……うん」
「今……手、握ってるの、気づいてる?」
「気づいてるよ」
「なら……どうして、何も言わないの」
「……」
ユウの目が、不安に揺れていた。
「……なあ。キス、してもいい?」
「……いいよ」
口は、そう答えた。
でも。
ユウが顔を近づけて、唇が触れた瞬間。
みなみの中の“なにか”が、何も反応しなかった。
(熱くない。……濡れない)
(このキス、何も響かない)
「……ありがとう」
ユウは照れたように笑う。
その笑顔を、みなみは見ていられなかった。
「ごめん。……帰っていい?」
「え?」
「体調、ちょっと悪い。ほんと、ごめん」
ユウは戸惑っていた。
でも、止めることはなかった。
帰り道。
電車の窓に映る自分。
口元には、キスの痕が残っているはずだった。
でも、何も残っていなかった。
代わりに、スマホの通知が震える。
【滝沢:どうだった? 楽しかったか?】
みなみは、返信しなかった。
でも、既読はついた。
すぐに、次の通知。
【滝沢:身体は、嘘つかねえからな】
(わかってる)
(もう、自分がどっちを選んでるか)
(“誰に抱かれたいか”なんて、本能が全部答えてる)
ベッドに倒れ込んだ。
手をスカートの奥へ伸ばす。
ユウにキスされた唇に触れても、濡れなかった。
でも――滝沢の名前を思い出すだけで、ショーツは音を立てるほど濡れていく。
「……なんで、こんな……」
(最低……最低……)
でも、指は止まらなかった。
――その夜、ユウからのLINEは既読にすらされなかった。