第9話【カレー】
アリアが差し出した「ピッツァポテト」に夢中になっていたドラゴンは、あっという間に袋の中身を平らげてしまった。その美味しさに、彼はすぐに次の袋を求めるような目をアリアに向ける。アリアもドラゴンの様子に気づき、持っていた残りの「ピッツァポテト」の袋を開けて渡した。
ドラゴンは食べようとした一瞬、躊躇するような表情を見せたが、空腹とおいしさには抗えず、最初のようにポテトチップスを次々と口に運んでいった。サクサクとした食感と濃厚なピッツァ風味が口の中で広がり、まるで夢見心地のような表情で頬張るドラゴンを見て、アリアは思わず微笑んだ。
しかし、ポテトチップスを食べ終えた後、ドラゴンは深い後悔に襲われた。彼はかつての勇者の作ってくれた食事を最後に餓死して死を迎えるつもりだったのだ。しかし、今ではその想いを果たせなくなってしまった。ゆっくりと俯き、悔しげな表情を浮かべるドラゴンに、アリアは優しい声で尋ねた。
「改めてお聞きいたしますが、私にできることはないでしょうか?私はここに街を作り、誰もが安心して暮らせる場所を築きたいと思っています。その中で、勇者様の名声を取り戻すお手伝いができると思います。」
ドラゴンはその提案に耳を傾け、しばらくの間、思案するように目を閉じていた。そして重々しい口調で、ようやくアリアに向けて一つの頼みを口にした。
「……分かった。街を作ることは許可する。その変わり、かつての勇者が築いた名声を、どうか取り戻してほしい」
アリアは力強く頷き、「その願いを、私が引き受けます」と快諾した。
彼女の真剣な眼差しを受けて、ドラゴンも安心したように微笑んだ。その後、アリアはふと思いつき、「実は、私が開拓地で用意している食事もお口に合うと思うのですが.....いかがですしょうか?」と尋ねた。
ドラゴンは少し考え込んだ後、期待を隠しきれない声で尋ねた。
「その食事とやらも、先ほどのものと同じくらい美味いのか?」
アリアは自信満々に
「同じくらい、いえ、きっとそれ以上にご満足いただけるはずです」と胸を張って答えた。ドラゴンは満足そうに頷き、「では、ありがたく頂くとしよう」と言い、アリアとルークと共に開拓地へ向かうことにした。
帰り道、アリアはふと思い出し、ルークに尋ねた。
「ねえ、ルーク。人間と魔王の戦争について詳しく知らないんだけど、勇者様は人間にどんな評価を受けているの?」
ルークは少し考え込み、慎重に言葉を選びながら答えた。
「勇者の評価はそれほどよくないのです。歴史書には、魔王を倒した後、勇者が持つ圧倒的な力で世界を支配しようとした、と書かれているのです。それを止めるために、各国の王や貴族たちが手を組んで勇者に立ち向かい、見事勝利したと記録されております。」
ドラゴンはその話を聞いて、堪えきれずに怒りの表情を浮かべた。
「馬鹿なことを言うな。我が主が世界を支配するなど考えるはずがない。主は魔王を倒した後、静かに農村での暮らしを望んでいただけだ」
ルークもドラゴンの言葉に困惑し、何かを言い返すことができなかった。アリアはそんな彼らを見て、開拓地で勇者の名声を取り戻すための方法を考え始めた。
やがて一行は開拓地に到着した。そこにはいくつかの家が建てられ、開拓民たちがそれぞれの役割を果たしながら活気に満ちた日々を送っている。ドラゴンはその光景に驚愕し、目を見開いた。
「なんと……すでにこれほどの発展がなされているとは……」
アリアはドラゴンに微笑みかけ、「まずは食事をしながらゆっくりお話ししましょう」と誘った。彼女はカレーの準備を進め、ドラゴンのためにも特別に大きな皿を用意した。アリアはドラゴン分のカレーを作るため、追加分を作り始めた。
手際よく野菜を切り分け、肉を炒め、大鍋で煮込んでいく。徐々にスパイスの香りが漂い、辺り一面に食欲をそそる香りが満ちていく。カレーが煮込まれていく様子を見つめていたドラゴンは、つい鼻をひくつかせながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「この香り……なんと豊かな香りなのだ……」
アリアは微笑み、カレーとふっくら炊き上がったご飯をたっぷりと盛り付け、ドラゴンの前に差し出した。
「どうぞ、召し上がれ」
ドラゴンは一瞬躊躇したが、その香りに惹かれてゆっくりと口に運んだ。そして、カレーの濃厚な味わいが口の中で広がると、驚愕の表情から次第に満足げな笑顔へと変わっていった。
「これは……なんと素晴らしい……」
ドラゴンの目が見開かれ、カレーをひと口口に含んだまま、思わず呆然と立ち尽くしていた。口の中に広がる濃厚な香辛料と、じんわりと広がるコク深い味わいに、彼はまるで心の奥まで温かさが染み渡っていくような感覚を覚えていた。
さらにひと口、そしてもうひと口と、舌の上でとろける食感と絶妙なスパイスの調和が織りなす味わいを噛み締めるたび、自然と瞳が潤んでいく。
「この……深みのある香りと、優しくも力強い味わい……」ドラゴンは自分でも驚くほど穏やかな表情でつぶやき、思わず頬を緩めた。
「まさか、食べ物にこれほど心を動かされるとは……」
それを見ていたアリアは、ほっとしたように安堵の表情を浮かべた。ドラゴンが、まるでその一皿で長い孤独や悲しみを癒やされているかのように、夢中になってカレーを味わっている姿に、彼女は心から安堵し、少し微笑んだ。
(勇者の名声を取り戻すため、そしてこのドラゴンが平穏に暮らせるように……)
アリアは内心で静かに決意を固めた。目の前で、カレーの温もりに包まれ、安らぎを感じるような表情を浮かべるドラゴンの姿を見て、彼女は強く思った。この街を必ず立派に築き上げ、皆が安心して暮らせる居場所にしてみせると。




