第3話【開拓に向けて】
後日、アリアは自宅でまだ曇りがかった空を見つめながら、今後の開拓の計画に思いを巡らせていた。この未開地で家族の名誉を取り戻すべく、自らの力を尽くさねばならない。しかし、未知の困難が待ち受けているのも事実で、少なからず不安を感じていた。
そんな思いに耽っていると、扉を軽くノックする音が響いた。
「アリア様、失礼いたします」
静かな声が響き、現れたのはまるで貴族のような風貌をした長髪の男性だった。しっとりと光る髪が肩まで流れ、優雅な仕草で丁寧に頭を下げる。
彼の身につけている服は、まるで執事のようなデザインでありながら、どこか洗練された貴族の装いを思わせるものだった。その端正な顔立ちにアリアは一瞬、目を奪われた。
「私は、今回アリア様の開拓を補佐するルークと申します。未開地での生活や管理において、微力ながらお手伝いをさせていただければと思っております」
彼は深々と頭を下げ、恭しく言葉を紡いだ。その静かな気品に、アリアも思わず丁寧に応対する。
「よろしくお願いします、まさか補佐をつけて頂けるとは思ってもおりませんでしたから、大変助かります」
「いえ、私こそこのような大任を任せていただけることを大変光栄に思っております」
彼の真摯な表情に、アリアは少し疑問を抱いた。王子を殴ったといわれている自分に対して、何故補佐につくことが光栄だと言うなのだろう。
「もしよければなのですが、どうしてそこまで光栄だと感じているのか、聞かせていただけますか?」
彼は少し微笑を浮かべながら頷いた。
「アリア様のご父君、ヴェルノーク公爵はとても立派な貴族として知られています。領民一人ひとりを愛し、平等に接し、領土経営にも優れた手腕を持っておられます。
その成果によってヴェルノーク家は高い地位にあったのです。しかし、ご父君は王に対しても思ったことを率直に進言する性格であり、それゆえに一部からは嫌われてしまうこともありました。
だから、今回アリア様がアルフォンス王子に事を起こした件も、何かしらの陰謀があったと思っております。私は貴方が王子を殴ったとは思っておりません。
」
彼の言葉には深い尊敬が込められており、アリアも父の信念を改めて誇らしく思った。
「そういってくださり大変感謝いたします。心が少し......救われました。」
アリアの言葉に、彼は静かに頷きながら続けた。
「ただ、私も疑問に思っているのですが、なぜ王はアリア様のようなご年若い少女にこのような大役を任せたのか……」
彼の視線はアリアに注がれ、穏やかながらもその瞳に疑問の色が浮かんでいた。確かに、アリア自身もそのことには疑問を抱いていた。なぜ、自分にこのような重責が課せられたのか――。
「私も、それがよくわからないのです。ただ、これが王の命令である以上、全力で取り組むしかありません」
アリアがそう答えると、彼は少し頷き、話題を切り替えた。
「そうですね、では開拓の計画について早速話を進めていきましょう。今回、同行する者は約100名です。その人数でまずは拠点を築き、次に土地を広げていく予定です」
彼は手元の書類をめくりながら、具体的な計画を話し始めた。その内容は、未開地における生活環境の整備から、食糧の確保、そして治安の維持に至るまで、詳細なものであった。
「未開の地での生活はとても過酷になります。まずは拠点を作り、皆が安全に暮らせる環境を整える必要があります。地図をお持ちしましたので、ご確認ください。一度、未開の地を調査した部隊の記録がありますので、こちらをもとに地図を作成しました。」
彼はカバンから大きな地図を取り出し、アリアの前に広げた。地図には未開地の水源とどのような魔物がいたなど描かれている。
「ここに湖があります。水源を確保できるため、拠点としては適しているかと思われます。しかし、この辺りは魔物も多く、防衛の準備をしっかりと整える必要があります」
「確かに、この湖を拠点にするのは良い考えかもしれません。ただ、防衛をどうするかが重要ですね」
アリアは地図を見つめながら、彼と話し合いを続けた。どこに防御壁を築くか、見張りを配置する場所、食糧の保管場所など、細かい点まで議論が進んでいく。その中で、彼の洞察力や分析力の高さが次第に浮き彫りになっていった。
「そして、開拓に必要な物資もありますね。木材、石材、鉄などの資源が特に必要ですが、現地で調達するには限界があります。王に手紙を送り、必要な物資を支援していただく必要があります」
彼が紙とペンを取り出し、必要な物資のリストをまとめていく様子に、アリアも改めて真剣な表情を浮かべた。自らもペンを取り、共にリストを作成し、手紙に書き込んでいく。二人で意見を交わしながら、次々と物資の種類や数量を決めていった。
気がつくと、窓の外はすでに夕方に差し掛かっていた。陽の光が薄れ、辺りが少しずつ赤く染まり始めている。
「いつの間にか、こんな時間になっていましたね」
アリアは疲れた表情で笑みを浮かべ、ようやく一息つく。その瞬間、扉が勢いよく開き、慌てた様子のメイドが駆け込んできた。
「ア、アリア様、大変です!」
メイドの様子に、アリアと補佐の男性は驚き、すぐに視線を向ける。
「どうしたのですか、そんなに慌てて」
「聖女様が、アリア様にお会いしたいと、ここに訪ねて来られているのです!」
「聖女様……?」
アリアは驚愕の表情を浮かべた。聖女といえば、父からその話を聞いたことがある。聖女はこの国の教会において最高の地位を持つ存在であり、その影響力は国内外にまで及ぶ。信者も多く、そのために王でさえ無視できない存在なのだという。
「な、なぜ聖女様が私のところに……面識もないというのに」
アリアは頭の中で状況を整理しようとしたが、全く思い当たる節がない。なぜ聖女が自分の元を訪ねてきたのか。その理由が全く見当がつかない。
ルークも驚いた様子で、冷静さを保ちながらも一瞬戸惑ったように見えた。
「いずれにせよ、聖女様がいらっしゃった以上、無下にすることはできませんね」
彼の言葉にアリアも頷き、覚悟を決めて席を立つ。聖女の訪問には何か重要な意味があるのかもしれない。そう考えつつ、アリアはメイドに案内を頼み、彼女と共に聖女がいる部屋へ向かった。