第28話【幽霊?】
薄曇りの空の下、アリアは軽やかな足取りで家の扉を開けた。今日も平和な一日が始まる――はずだった。しかし、家を出た瞬間、異様な雰囲気に気づく。
数人の住民たちが、まるで待ち伏せしていたかのようにアリアを囲んでいた。みな困惑した表情で、何かを訴えたそうに視線を交わし合っている。
「おはようございます、どうかしましたか?」
アリアは眉をひそめながらも、穏やかに問いかけた。
一人の中年の女性が恐る恐る口を開く。
「アリア様……ちょっと、相談がありまして……」
その緊張感に押され、一旦家の中に案内することにした。
アリアはリビングに到着すると、住民たちに椅子を勧め、自分も対面の席に腰を下ろした。住民たちは戸惑い気味に顔を見合わせ、どこか不安げな空気が漂う。やがて、最年長と思しき白髪の男性が重々しく口を開いた。
「近頃、夜になると……青くて透明な人間の形をした幽霊を見かけるのです……」
その言葉に、アリアの顔は一瞬で硬直した。驚きが表情に現れないように努めたが、心の中では大騒ぎだ。
(幽霊!? なんでよりによって幽霊……! ホラー番組もお化け屋敷も大嫌いだった私が、そんなの相手になんかできない...)
手のひらにうっすらと汗が滲むのを感じながら、アリアはぎこちない愛想笑いを浮かべた。住民たちの真剣な目に応えようとするが、内心の混乱は収まらない。
「そ、そうなんですね……それは怖いですよね……」
声が僅かに震えているのを悟られないよう、アリアは必死に平静を装った。ふと横を見ると、ソファに座るグロスが、全く動じることなくオムライスを頬張っている。その様子に、アリアはほんの少しの苛立ちと、頼もしさの両方を覚えた。
「グロス、幽霊ってどうやって生まれるんです?」
頼るような声で尋ねると、グロスはスプーンを持ったまま面倒くさそうに顔を上げた。
「なんだ、そんなことも知らぬのか。」
溜息をつきながらも、一応説明を始める。
「幽霊というのは、葬式も供養もされないまま、何か強い未練を抱えて死んだ奴がなる。特に恨みとか怨念を持ってる奴は、呪いを持つ幽霊になって、それが放置されると魔物化することもある。」
「魔物化……?」
アリアはその言葉を聞いて、思わず息を呑んだ。背筋に冷たいものが走る。幽霊だけでも怖いのに、それが魔物になる可能性があると聞いては、恐怖がさらに募るばかりだった。
グロスはアリアの様子など気にも留めないように、淡々と続ける。
「まあ、だから基本的には聖職者が成仏させる。ちなみに幽霊は夜しか動けん。だから昼間は安心して外出していいぞ。」
最後に付け加えた軽い調子の言葉に、アリアは少し肩の力が抜けたものの、それでも心の中の恐怖は完全に消えない。
(この街にも教会と墓地を建てるべきだって前から思ってたけど……やっぱり必要よね。聖職者がいれば、こういう時に頼れるのに……)
住民たちが不安げに自分を見つめる中、アリアは小さく息を整えた。そして、なるべく落ち着いた声で答える。
「ちなみに幽霊はどこで見かけるのですか?」
アリアの言葉に一人の男性が口を開いた。
「一番最初に幽霊を見たのは、井戸のそばです。」
彼は、落ち着かない手つきで帽子を握りしめていた。
「夜中のことです。水を汲みに行ったら……青白い透明の女性がふわっと浮かんで……。その後子供の声も聞こえてきました。」
彼の声が震え始めると、隣にいた女性が代わるように話し始めた。
「私も見ました。夜、畑を見回りしていた時に、女性の人影が現れて……消えたり、現れたり……。」
彼女の手は胸元で震えていた。
「それだけじゃありません。」
今度は、若い男性が口を挟んだ。勇気を振り絞ったのか、少し声を張り上げる。
「昨日の夜、森の近くを警備していた際、見たんです。誰もいないはずなのに、人影が動いていて……多分女の人だと思います……。」
話を聞くうちに、住民たちの恐怖が伝染するかのように、アリアの背中にも冷たいものが走る。彼女は小さく息を吸い込み、なるべく落ち着いた表情を保ちながら、まとめるように問いかけた。
「その女性の幽霊を見たのは、井戸のそば、畑、そして森の近く……。それぞれ夜のことですね?」
住民たちは一斉に頷く。
「何か共通することはありませんか? 例えば、どこか特定の方向に向かっていたとか、決まった時間帯だとか。」
アリアの質問に、住民たちは互いに視線を交わしながら考え込む。しばらくして、中年の男性が首を横に振った。
「いや……時間も方向もバラバラでしたが、子供の声も聞こえるときがあるようです。」
その曖昧な答えに、アリアは考えを巡らせるが、具体的な手がかりは見つからない。それでも、情報を集めたことには意味がある。彼女は小さく頷き、住民たちを安心させるように微笑みを浮かべた。
「分かりました。私とグロスで調べて解決しますので、皆さまは夜はできるだけ家から出ないようにお願いします。」
その言葉に住民たちは少し安堵した表情を見せ、深々と頭を下げて感謝を述べると、家を後にした。しかし、静かになったリビングで、グロスは不満げに眉をひそめた。
「おい、何で俺が調べるんだ。ルークに言えばいいだろう。」
スプーンを置き、面倒くさそうに文句を言う。
「今ルークは王都に戻っていますから、無理です。」
アリアはきっぱりと言い放ち、にっこり微笑んだ。その笑顔に、一切の妥協がないことをグロスは感じ取った。
「いや、それでも俺はやらんぞ。面倒なことに巻き込むな。」
腕を組んで顔を背けるグロス。だが、アリアも負けていない。
「それであれば、明日からのご飯はご自分で作ってくださいね。」
その言葉に、グロスの表情が凍りついた。
「おい、それは卑怯だぞ!」
大げさに抗議するが、アリアはまるで聞く耳を持たない。
「じゃあ手伝ってください。」
満面の笑みを浮かべるアリアだが、その瞳は決して譲らない意思を宿している。
グロスはしばらく渋々と考え込んだ末、観念したように肩を落とした。
「……分かった、手伝うから飯は作ってくれ。」
その言葉にアリアはぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます!」
こうして、その夜、青い幽霊の正体を探るための調査が始まったのだった――。




