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第2話【王命と屈辱、そして新たな地へ】

 しとしとと静かな雨が降る朝、アリアは宮殿の大広間に佇んでいた。重厚な石造りの廊下を進みながら、心には不安が渦巻いている。王からの呼び出し――あの婚約破棄以来、噂や冷ややかな視線に悩まされていたが、王の前で再びその話題が出るなど考えもしなかった。


 やがて大広間の扉が開かれ、王とその傍に控える一人の男性が見えた。その姿を目にした瞬間、アリアの心臓は一瞬だけ鼓動を止めたかのように感じた。


「……アルフォンス様……」


 冷たい青い瞳を持つ彼――かつての婚約者である王子アルフォンスは、王の傍らで静かに彼女を見つめている。だがその表情には、かつて彼女に向けていた温かな笑顔など欠片もない。彼の視線に宿るのは、まるで見下すような嘲笑。


「アリア・ヴェルノーク、来てくれたか」


 王の静かな声に、アリアは視線を向ける。王の顔は強張っており、まるで怒りを抑えているような表情をしている。


「この度、アルフォンス王子が婚約を解消したことで、貴族社会において君の家の名誉が大きく損なわれた」


「……」


 アリアは口をつぐんだ。家の名誉が傷ついた――その事実は否定できないが、婚約を破棄されたのは彼女の意志ではない。家柄が相応しくないなど、そんな理不尽な理由で破棄されたことを受け入れがたい思いでいっぱいだった。


「そのため、君にはその名誉を回復するための大きな責任がある」


 王の言葉が続き、アリアは思わず顔を上げた。だが王子アルフォンスは、それをあざけるかのような笑みを浮かべている。


 アルフォンス王子の表情にアリアの心は一瞬、激しい怒りに燃え上がった。唇をかみしめ、怒りを押し殺すようにして視線を王に戻す。


「それで……私に、何をお命じになるのでしょうか」


 王は静かにうなずくと、重々しい声で語り始めた。


「アリア・ヴェルノーク、君には未開の地で領主を務めてもらう。その地を開拓し、治め、将来、国に貢献できるよう整えるのだ」


「……未開の地、ですか?」


 アリアの声はかすかに震えた。未開の地と言えば、国の最も辺境にある厳しい地域である。そこは魔物がひしめき、人々が寄り付かない場所。簡単に成果が上げられるような地ではない。


「そうだ。未開の地の広大な森の領主を君に任せたい。」


「……なぜ、私がそこまで……」


「君の家は名誉を失い、信頼を損なった。だからこそ、君自身がその名誉を取り戻すべく、この命令を引き受けるべきだ。」


 王の言葉に、アリアは一瞬言葉を失った。確かに、ヴェルノーク家の名誉は失墜したが、彼女に責任があるとは思えなかった。


「ほら、せいぜい頑張るんだね、アリア。君みたいな家が王家に相応しくなかったのだから、これくらい当然だろう?」


 アルフォンス王子は自分を見下すように発言する。だが、彼女は王と王子の前でこれ以上の抵抗は無意味だと悟る。


「分かりました……その命、謹んでお受けいたします」


 アリアは静かに頭を下げた。心には怒りと悔しさが渦巻いているが、それを抑えて王に従う道を選ぶしかなかった。どうせこの宮殿にはもう居場所などない。むしろ、自分の力で新しい地でやり直せるなら、そのほうがいいとさえ思えた。





 王命を受けた数日後の夕方、アリアは父親に呼ばれて自室に入った。普段は温厚で穏やかな父の顔に、重い陰が差している。その表情を見ただけで、何かただならぬ事態が起こったことをアリアは感じ取った。


「お父様、大事なお話があるとのことですが……」


 父は一瞬ため息をつき、深く息を吸い込んでから話し始めた。


「アリア……実はな、私の爵位が公爵から男爵に一気に格下げになってしまった」


「え……?」


 アリアの頭が一瞬で真っ白になった。父が長年努力を重ね築き上げてきた地位が、一瞬にして奪われたというのか。思わず信じられずに父の顔を見つめる。


「理由は何故ですか?何故お父様が……」


 父は少し苦しげな表情を浮かべながら、意を決してその理由を語り始めた。


「どうやら、アリア、お前がアルフォンス王子を振ったという噂が広まっているようだ」


「私が……王子様を……?」


 アリアは思わず言葉を失った。確かに婚約破棄されたのは事実だが、彼女から拒否したわけではない。それにも関わらず、自分から婚約を破棄したと誤解されているというのだ。


「しかも、お前がアルフォンス王子を『顔がタイプではない』と侮辱し、さらに彼の顔を殴ったたという話まで広まっている」


「そ、そんな……」


 アリアは唇を噛みしめ、驚愕と怒りが入り混じった感情がこみ上げてきた。そんなことは全くの事実無根である。それにも関わらず、彼女の名誉が傷つけられ、家族まで巻き込まれることになるとは思いもしなかった。


「王もこの話に激怒していてな。それが原因で私の爵位は格下げとなり、さらに領土も没収されてしまった……」


「……それでは、私たちは、今の地を追い出されるのですか?」


 父は無言でうなずき、苦々しい表情で続けた。


「王の命令で、私たちは城近くの城下町の家に移り住むことになった。この屋敷も、長年暮らしてきた土地も、1か月後にはすべて手放さなければならなくなったのだ。」


 父の言葉はアリアの心を深く傷つけた。この屋敷での思い出、家族や使用人たちとの日々が、一瞬で過去のものになってしまうことが信じられなかった。


 しかし、父はなおも静かな声で続けた。


「アリア、王が君に下した開拓地の命令も聞いている。もし嫌なのであれば、私や母さんと共に国外へ逃げるという道もある。どうか無理をせずに、正直に言ってほしい。」


 父の優しいまなざしとその提案に、アリアの心は揺れた。家族と共に安全な場所へ逃れることができるなら、それも一つの選択肢だろう。だが――アリアは決意を固め、静かに首を振った。


「いいえ、お父様。私は、この命令を受け入れます。必ず開拓を成功させて、ヴェルノーク家の名誉を取り戻してみせます」


 その決意のこもった言葉に、父は一瞬目を見張り、やがて穏やかな笑みを浮かべた。


「……そうか。お前は、父さんに似て強い子だ。自分の信じる道を進むんだよ。」


 父の手がアリアの肩にそっと置かれ、その温もりに彼女は力を感じた。家族のため、そして自分の誇りのため――アリアは新たな覚悟を胸に刻んだ。

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