第12話【から揚げ】
アリアが視察役の前に運んできたのは、こんがりと揚がったから揚げと、その隣に盛られた真っ白なご飯だった。から揚げは彼の拳ほどもある大きさで、表面は薄い衣で包まれ、黄金色に輝いている。
視察役の鼻をくすぐる香ばしい香りが漂い、思わず胃が鳴るのを感じたが、この料理を見たのは初めてだったため、警戒心も拭いきれなかった。
さらに視線を横に向けると、そこには輝くような白い粒が盛られている。視察役はそれが「食べ物」だという確信が持てず、視線をアリアに戻して尋ねた。
「これは......一体何だ?」
アリアは微笑みながら、「こちらは白米、そしてこれはから揚げです」と答えた。その名を耳にした視察役は、不思議そうに皺を寄せる。どちらの料理も聞いたことがなかったからだ。
「それで、どうやって作ったんだ?」と視察役がさらに問うと、アリアは微笑を浮かべつつ、「白米は今後の特産品にしようと思っていますので、詳しくは内緒です。から揚げのほうは、ここで飼っている鶏から取れた新鮮な肉を使って作ったんですよ」と答えた。
視察役は戸惑いを隠せず、知らない料理に一抹の不安を覚えたが、から揚げから漂う香りに食欲をかきたてられ、試しにから揚げを一口かじってみることにした。口に入れた瞬間、衣がサクッとした食感を残し、中からあふれるジューシーな肉汁が口いっぱいに広がった。
肉の旨味が濃厚で、程よい塩加減が後を引く。視察役は思わず目を見開き、次の一口に手が伸びている自分に気づいた。今まで食べたことのないおいしさに、ただただ驚嘆するばかりだった。
から揚げを堪能した後、次に白米を一口含んでみた。ほのかに甘みを感じる白米が口の中でほろりと解け、から揚げの旨味をさらに引き立ててくれる。
この組み合わせの美味しさは格別で、視察役は自分が思っていた以上に白米とから揚げの魅力に引き込まれていくのを感じた。気がつくと、どちらもあっという間に平らげていた。
「これは…」と呟きかけてから、プライドの高い視察役は慌てて口をつぐみ、「まあまあだな」とやや無愛想に応じた。
アリアはその言葉に微笑みを返し、「ありがとうございます。お気に召したなら何よりです」と穏やかに応じた。視察役に再び礼を述べ、さらに先ほどのお願いについて、開拓民の増員や種の供給の件を改めて伝えた。
視察役は一言「分かっている」と答え、町をあとにしたが、馬に乗りながらふと振り返り、開拓地の姿を目に焼き付けた。この未開の地が、本当に開拓されるとしたら、国そのものが大きく発展することに繋がるだろうと考えながら、急いで王のもとへ帰路を急いだ。
視察役が帰った後、玉座の間では、聖女ミリアが王と第二王子アルフォンスと対面していた。彼女の表情は穏やかでありながら、その瞳には鋭い光が宿っている。
「王よ、伺いたいことがございます」とミリアは柔らかな口調で切り出した。
「先日、森での開拓地に物資を送られる際、なぜ求めていた量の半分しか送られなかったのか、ご説明いただけないでしょうか?」
この情報はミリアは教会がもっている諜報部隊を通じて収集した情報だった。教会は戦力を持つことを禁止されているため、かわりに秘密裏に諜報部隊を作成して、情報収集を行い、教会に対して敵対者がいないか常に把握しようとしているのだ。
そして、今回の物資の原因が、アルフォンス王子の策略にあることも把握済みだった。しかし、あえてそのことには触れず、王に真実を探らせる形を取った。
王は怪訝な表情を浮かべ、聖女の問いに答えた。
「私は、アルフォンスが言ったとおりの物資を送らせたつもりだ。何か誤りがあったのか?」
王はアルフォンスに視線を向けると、鋭く問いかけた。
「アルフォンス、どういうことだ?」
アルフォンスは一瞬、表情を曇らせたが、すぐに冷静さを取り戻し、とぼけた様子で答えた。
「父上、私も詳しくは存じませんが…部下が間違えた可能性もございます。開拓地の状況には特に問題はないと報告を受けておりますが…」
王は眉をひそめ、アルフォンスを一喝した。
「国難の対応は最優先事項の一つだ。無責任に部下のせいにするな!
それと、半年後にお前はアルスレイア王国の姫と婚約を取り付けたのだ。このような対応が続くと、いつか我が国に泥を塗ることになるぞ!」
アルフォンスは「失礼しました」と頭を下げた。
ミリアは心の中で思案を巡らせた。ここから東にあるアルスレイア王国の姫はその美貌で名高く、世界中の貴族や王たちが結婚を望んでいたが、すべてを断り続けていた。
しかし、北にある軍事力が強大なイエール王国との抑止力を強化するため、我が国との同盟の強化を図るために、姫は渋々我が国の王子と結婚を了承したという経緯がある。そして本来、この結婚相手には第一王子のラインが選ばれるはずだったが、アルフォンスが野心的な策略でその座を奪い取ったのだ。
ミリアは改めてアルフォンス王子に視線を向ける。彼はとても野心家で、策略については頭が働くのだが、他の人の犠牲を気にしない人間でもある。この方のせいで自国に国難が降りかかる可能性があると....
一方、アルフォンスは苛立っていた。物資を提供させて、アリアが開拓を成功させるようなことがあれば、父の評価も上がり、その功績に伴い、公爵に戻る可能性もある。そうすればあのアリアの父が元の役職に戻るかもしれない。
あいつは自分の裏の顔に気づいてそうなため、今回アリアを使って家ごと追放しようとしたのだが、預言のせいで面倒なことになった。
アルフォンスはアリアの開拓事業が成功し、彼女が王からの信頼を得て評価を高めていく様子を想像するだけで不安が募った。王の忠告にも関わらず、彼は心の中で密かに決意を固めた。
「今後アリアが功績を上げ、名を知られるようなことがあれば…徹底的に邪魔をしてやろう.....」




